第2話 最初のざまぁ、そして王子の迷い
八時の鐘が再び鳴る。
今日も、大広間の扉は重く、そして正確に開いた。昨日の改稿の結果が、まだ私の目には見えない。——けれど、空気が微かに違うことを、肌で感じた。
王子リヴィウスは、昨日より少しだけ眉をひそめている。
聖女アイリーンは、いつも通りに膝を揃え、視線を床に落としている。だがその微妙な震え——涙ではなく、感情の波——を私は見逃さない。
「ユリア・ノートン、君との婚約を——」
王子の声が始まる。
昨日の改稿は、伯爵の失態だけではない。王子自身も、台詞の途中で引っかかりを見せる。
——私の手の中で、すべてが少しずつ変わっているのだ。
私は扇子の影で唇を押さえ、床下の白紙に視線を落とす。
鉛筆を持つ手が微かに震える。改稿は、危険でもある——大きく書き換えれば、記憶が失われる。
でも、初めてのざまぁの感触を味わった私は、もう止まれなかった。
王子、台詞を途中で詰まらせる。
「え、えっと……君との婚約を……」
王子の声が詰まる。観客のざわめきが一段と大きくなる。聖女は目をぱちぱちと瞬かせ、視線を宙に泳がせた。
私は心の中で小さく笑う。
昨日の小さな勝利が、今日のさらなるざまぁを呼んでいる。
——舞台は、私の意のままに動いている。
すると、王子の表情が一瞬だけ柔らかくなる。
眉間のしわが消え、口元がわずかに緩む。
「何……?」
王子は自分の声に驚いたようだった。私はその変化を逃さず、次の一行を書き加える。
聖女、涙を見せずに目を逸らす。
アイリーンは、ほんの一瞬だけ目を閉じ、呼吸を止める。
その間に、観客席のざわめきは増し、伯爵の顔色も青ざめる。
すべてが、昨日の私の改稿の延長線上にある——巧妙に、そして静かに。
「王子、どうして……?」
聖女が小さな声で尋ねる。王子は答えられず、目だけが私を探す。
——そう、今日のざまぁは、王子にさえ及んでいるのだ。
私は扇子の影で微笑み、もう一度床下の白紙を押さえる。
今日の改稿は小さく見えて、実は世界の因果に小さな亀裂を入れた。
——王子が迷う、聖女が戸惑う、その間に、私だけが静かに舞台を支配する。
鐘が八時一分を指す。
大広間の空気が一瞬止まり、すべてが固まる。
その間に、私は心の中でつぶやく。
「世界は、少しずつ、私の台本通りに……動き始めた。」
そして、私は小さな勝利の余韻を胸に、次の一行を考え始める。
——明日、もっと大きなざまぁを。