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第1話 八時の鐘と最初の改稿

八時の鐘は、いつも一秒だけ早い。

その鐘の音を合図に、王立大広間の重厚な扉は開かれる。今日も、昨日と同じ結末が待っている——婚約破棄の公開儀式だ。


「ユリア・ノートン、君との婚約を——」

王子リヴィウスの声は真っ直ぐで、残酷で、まだ誰のものでもない。私は深く一礼した。礼の角度を、昨日より三度だけ浅くする。


拍手は起きない。代わりに、最前列の伯爵が咳払いを一つ。床の大理石が微かに震え、螺旋状の模様が光を反射する。——ここが入口。舞台の始まりだ。


私は扇子で口元を隠し、床の継ぎ目に視線を落とす。そこにあるのは、小さな羊皮紙。世界の根幹を記す《フォルトゥナ・スクリプト》。私だけが読め、そして改稿できる紙。


——鉛筆の音。


私は床下の白い余白に、たった一行だけ書き足す。


伯爵、台詞を言い間違える。


「こ、こ……婚約、破綻——いや、破棄、ではなく——」

伯爵の声は途切れ、王子の眉が一瞬だけ迷子になる。聴衆のざわめきが小さく波打ち、広間の空気が揺れる。


扇子の影で私は笑う。舞台は、もう私のものだ。


王子は眉をひそめ、聖女アイリーンは微かに口を開ける。涙は流れない——いや、流す意味がない。今、彼女の涙の代わりに、私が舞台を操っているのだから。


「ユリア、君は……」

王子は言いかけて止まる。私は目を伏せ、脚本の次の一行を思案する。


——どうやって、今日のこの“断罪劇”を、少しだけ違う結末に変えるか。


私は小さく息を吸い、鉛筆を持つ手に力を込めた。毎朝繰り返される婚約破棄は、私にとって舞台の開幕の合図。

そして今日、私の最初の改稿は、小さなざまぁ——小さな勝利として、伯爵の失態を観客に見せるのだ。


「こ、これは……」

伯爵は顔を赤らめ、隣の貴族たちがくすくすと笑う。王子は唇を引き結び、聖女は困惑する。大広間の空気は、微妙に私の意のままに揺れる。


——小さな改稿は、小さな因果を生む。

それがどれほどの波紋になるか、誰も知らない。


扇子の先で床下の白紙を押さえ、私は次の一行を考えた。

毎朝八時、私は世界を少しずつ書き換える。

誰も気づかない、けれど確実に、私が舞台を支配している証として——。


今日は、私の第一回目の改稿の日。


舞台の幕は開かれたばかり。観客も、伯爵も、王子も、誰もが私の演出の中で踊らされる。


そして、最後に——私は心の中で小さくつぶやく。


「今日も、世界は私の台本通りに……動く。」

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