第6話 さうじゃなきゃ、やだ
先の『ちゃみ子事変』は、我が1年A組に小さくない衝撃を与えた。
あの誰に対してもテキトーであったちゃみ子が、ここまでひとりの人物に懐くなんて、誰も想像だにしていなかったのだ。
ちゃみ子事変に伴い、僕への評価も様々聞かれた。
天然記念物級に可愛くて無防備なちゃみ子が、精神的にも物理的にも頼る相手として、葉山朔と言う男子は相応しいのかどうか。
大多数は「まあ葉山なら任せても大丈夫だろう」派だった。
これも日頃の行いの賜物か。
いや任されても困るんだけど。
とはいえ「葉山だって男」「私だってちゃみ子のお世話したい」「羨ましくて殺しそう」など少数反対派の意見も聞かれた。
無視するにはいささか過激な連中もいたため、納得させる必要があると判断。
そこで翌る日の放課後、執り行われることとなったのは、三者面談だ。
「さう……帰りたい」
「何か用事でもあるのか?」
「ポテチ食べて、ドラマ見たい」
「……ちょっとだけ付き合え。イチゴやるから」
昼に食べ残したやつだけど。
人払いした放課後の教室。四つ並べた机の向かいに、ちゃみ子。
その反対側には僕、そして江口が座っている。
「まさかこんな大役を任されるなんて! もしかして私、無個性キャラ卒業した⁉︎」
江口はこの場にいられることに大興奮していた。
この三者面談は、主にちゃみ子の本音を聞き出すためのものだ。
なぜ僕に頼るのか。
僕がそれを聞き出す役であり、江口は第三者としてそれを把握して、他のクラスメイトに伝える。
ちなみになぜ江口なのかというと、クラスで最も影が薄いため、ちゃみ子もほぼいないものとして包み隠さず話してくれそうだから、とのこと。
本人は知らない。そして今後も言うつもりはない。
これだけ喜んでいるのだから、せめて幸せな夢を見せてあげようと思う。
「あ、ちょっと待って、くしゃみが――はぁあぁんっ、しょんっ!」
「……なんだ今の」
謎の奇声を上げた江口は、顔を赤らめながら告白する。
「ごめん葉山くん……実はあれからずっと、エチチなくしゃみを意識してたら、いつしか戻らなくなっちゃって……」
「…………」
「こんな私だけど、友達のままでいてくれる?」
「お大事に」
「サジ投げた! サジのカラーンッて音した今!」
江口が無個性女子から、たまにエチチなくしゃみをする無個性女子にランクアップしたところで、本題に入る。
「それじゃちゃみ子、いくつか聞いていいか?」
「んあ」
「……イチゴうまい?」
「ぬるい」
「だろうな」
それでもちゃみ子は食べる手を止めないので、今のうちに質疑応答を始める。
「なんでここまで、人に頼る?」
「めんどくさいから」
「何が?」
「だいたい、人生、ぜんぶ」
すごい。人の世を全否定している。
「そう言われるとそうだよね。面倒くさいことばっかだよねぇ。勉強とか勉強とか」
「共鳴するな江口」
ツッコミを入れると江口は、「えへへ」と言って頭を掻く。
「ちゃみ子ちゃんはずっとそんな感じなの? 子供の頃から、スーパー面倒くさがり?」
この江口の質問に、ちゃみ子は小さく頷く。
「なちゅらるぼーん」
「自信満々で言うことじゃないが」
「なちゅらる……ぼーんっ」
「なんで2回言ったんだよ」
普段はまともにしゃべらないくせに。
「んふ……響きが好き。好きな言葉は疲れない」
好き嫌いの基準さえも分からない。
ちゃみ子の言語感覚は非常に難解である。
「そんな面倒くさがりで、よく今日まで生きてこれたな」
「いや葉山くん大げさ……って言いたいけど、確かにそうだね。小学校とか中学校の時はどうしてたの?」
「みれぃがいたから」
「みれい?」
前にも聞いた単語だ。おそらく人名なのだろう。
イチゴのおかげで上機嫌なのか、ちゃみ子は比較的饒舌に話す。
「隣んちの……おさなじみ」
「幼馴染な」
「それ。なんで『な』をふたつも……ひとつでも疲れるのに……」
そんな理由で否定しないでほしい、言葉を。
「幼馴染の子に、今までずっと頼ってきたんだね」
「うん」
「その人はどうしたんだ?」
「おちた」
「落ちた?」
「受験」
「おお……」
「やんごとなき事情だねぇ」
つまりこれまでの人生における世話係が別の学校に行ってしまったがゆえ、ちゃみ子はたったひとり懸命に、この学校へと通っているわけだ。
いやそれが普通なんだけどね。
「それで、そのみれいちゃんの代わりに頼っているのが、葉山くんってわけだ」
「そう。私はさうに寄りかかって生きることに、決めた」
そう言ってちゃみ子は、小さな拳をグッと握る。
グッじゃないが。
「僕は了承していない」
「さうに決めた」
「ポ◯モンみたいに言うな」
「まあ実際、葉山くんは頼りがいあるもんね〜」
江口はうんうんと頷きながら語る。
「昨日のちゃみ子ちゃんの世話する姿を思い返してみても、ソツがないどころか、ひとつ先の行動をしてるところさえあったからね」
「そう。さうはすごい」
「ちゃみ子ちゃん、良い寄りかかり相手を見つけたね!」
江口はちゃみ子へグッとサムズアップ。
ちゃみ子も同様に返す。
グッじゃないが。
「でもさ、頼る相手を葉山くんに、限定しなくても良いんじゃない?」
ここで江口も、やっとまともなことを言い出した。
そう、そういう話だ。
「なんで?」
「だって葉山くんひとりじゃ大変だしさ。何より男の子と女の子だからね〜」
「男の子と女の子?」
「昨日の更衣室みたいに、葉山くんじゃどうにもならないこともあるしさ。あとはまあ、距離が近すぎるせいで間違いがあったらアレだし……」
「間違いって?」
「ま、間違いは間違いだよ」
江口の顔色が怪しくなっていく。
頬を赤らめて、僕をチラチラと見ている。
すまないがその話だと、男の僕は下手に助け舟を出せない。
当たりどころによっては一瞬でセクハラ認定されてしまう。
自分でどうにかしてくれ。
「間違い……」
「そう。間違いったら間違いったら間違い!」
「セックスのこと?」
「ほわっっ⁉︎」
あまりにストレートな単語がちゃみ子の口から飛び出し、江口は驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになる。
「セッ……そ、そんな言葉を言っちゃいけません!」
「エッチなこと?」
「エッ……そ、そそそそそうだよ! えっちなこと! えっちでせっくすなこと!」
「落ち着け、江口……」
江口が暴走し始めたので、ここでバトンタッチすることに。
江口の肩を叩くと、「ちゃみ子ちゃんに汚されましたぁ……」と意味の分からないことを言っていた。
「ちゃみ子、あのな……」
「さう、エッチなことしたい?」
「…………」
上目遣いでそう言われると、流石に直視できなくなることから、やはり僕も男子なのだと自覚する。
そういえばこいつ、ギャルだった。
見た目だけじゃなく、そういうことへの線引きの緩さもギャル基準なのか。
と、そんなことを考え出していたら、ちゃみ子のやけに豊満な胸に自然と視線が落ちてしまう。
身長は低いのに、なんてアンバランスなことか。
ほんと、何を食べたらそんな大きく育つのか――。
「……その話は一旦忘れろ」
自らを制すように、僕は話題を引き戻す。
「くっついて寄りかかって歩いたり、膝枕したりは、女子同士ならそんな珍しいものじゃないけど、男女でそれをやるのはあまりよろしくないんだ」
「私は別に気にしない」
「ちゃみ子が気にしなくても、周りが気にするんだよ。だから僕じゃなくて、クラスの別の女子とかに頼れないか? 勉強とかなら僕がいくらでも……」
「やだ」
会話に変な間を作りがちなちゃみ子にしては、珍しくノータイムで即答。
その理由は、至ってシンプルだった。
「さうじゃなきゃ、やだ」