特別編⑥ ちゃみ子、裁縫するさうに母を感じる
書籍版
『脱力ゆとりギャルちゃんは、全力で僕に寄りかかって生きることに決めた。』
本日、オーバーラップ文庫より発売です!
ちゃみ子宅にて掃除中のこと。
「さう〜、とれた〜」
ちゃみ子がソファからそう言ってきた。
一瞬、「まさか乳歯が……!?」と思ったが、ソファの背もたれからブラウスのボタンをつまんだ手が伸びていて、思わずホッとする。
糸が完全にちぎれていて、布からぶら下がるようにぷらんとしていた。
「……自分で縫えるか?」
「分かりきったことを聞かないで」
「だよな」
しかしなぜそんなに偉そうなのか。
「明日も学校だし、今日中に縫うか」
「よろ〜」
「頼み方なんとかしろ」
「よろぴ」
「『ぴ』が増えただけで印象は変わらんが?」
「よろぴぴぴ」
「…………」
僕はちゃみ子にデコピンしつつ、カバンから裁縫セットを取り出した。
テーブルに裁縫セットを広げて準備していると、ちゃみ子はすぐ隣に座っていた。
「なんだ?」
「見たい」
「そうか。好きにしろ」
「する」
「見て覚えるなら、なおよし」
「ウケる」
「ウケを狙ったわけじゃないが?」
チクチクとちゃみ子のブラウスにボタンを縫い付けていく。
「さう、うまいね」
「家でもやってるしな」
「さすが。針さばき、しなやか」
「そんな表現あるかよ」
「さうの手を、見てると……なんか眠くなる」
「それはただ眠いだけだろ」
ふと、隣に座っていたちゃみ子が沈んでいく。
「何してんだ?」
「飽きた」
「おい」
「ひざ、借りま〜す」
「フランクにお願いするな」
「ひざまくら縫いが、今のトレンドらしい」
「テキトー言うな」
ツッコミつつもされるがままにしていると、ちゃみ子は満足そうに僕の太ももに頭を乗せてきた。
そのまま、目を閉じてぽつり。
「なんか、安心するね」
「そうか?」
「母を、感じる」
「感じるな」
同級生の、しかも男子に感じるな、母を。
ちゃみ子は完全に寝る体勢に入った。
しゃべらず、目を開けず、ただ呼吸している。
相変わらず無防備すぎる。
その顔を見ながら、僕は淡々と縫い続け、ついには完了した。
「できたぞ」
「……………………」
早すぎるだろ、完全睡眠に入るまで。
仕方なく僕は、ちゃみ子を起こさないよう、その場で宿題を始めるのだった。