特別編③ ちゃみ子、脳が宿題を拒否する
書籍版
『脱力ゆとりギャルちゃんは、全力で僕に寄りかかって生きることに決めた。』
本日、オーバーラップ文庫より発売です!!!
土曜の午後。
エアコンは28度、風量は弱。
僕はちゃみ子の部屋で、麦茶を傍らに宿題をしていた。
「むり……」
床から小さな声が漏れる。
スズムシより弱々しい声量だったが、聞き逃さない僕は偉い。
ガラステーブルの対面側、ちゃみ子はアザラシのように床に投げ出されていた。
「なにが無理なんだよ」
「脳が宿題を拒否している」
ちゃみ子の目線の先には、開きかけて閉じかけたノート。
そこにぽてっと置かれたシャーペンが、まるで「続きは任せたぞ」と遺言を残してるみたいな角度で止まっていた。
「『今ならできる気がする』って言って始めたばかりだろ」
「それ、さっきの私の言葉……今の私とは、和解できない」
「人格分裂してんのかお前は」
さっきは「やれば終わる」と当たり前のことを言ってたのに、今は「終わらせなければ始まらない」と当たり前のことを言っている。
「どこが分からないんだよ、教えるから」
「分からないとかじゃない。めんどくさい」
「そうか。元気でな」
「さうが私を諦めた……」
僕はため息をつき、ちゃみ子のノートを覗き込む。
「途中までできてるじゃん。あともうひと踏ん張りだろ」
「精神的にむり……」
早口で説明しようとした瞬間、ちゃみ子は床に沈みながら言葉を切ってきた。
「もうひと踏ん張りすると、心が破裂する」
「そんな繊細な心でよく生きていられるな」
「果たして私は生きているのか……」
「安心しろ、たぶん生きてる」
ちゃみ子はぬいぐるみを抱えてくるっと寝返り、ノートを睨む。
「勉強は、精神に悪いから、反社会的」
「反社会活動の一種じゃねえよ。むしろ健全だわ」
「健全って、疲れる」
意味不明な議論の帰着である。
「私、将来数学使う予定ないし」
「人はみな生きているうちは数学から逃れられないんだよ。税金とか払うんだよ」
「さう払って」
「ヒモかお前は」
「お金は私が出す」
「僕の方がヒモだった」
「さうは私のヒモ〜」とか言いながら、ちゃみ子はノートをそっと閉じようとする。
しかし僕がそれを食い止める。
「最後までやらなきゃブロッコリー食わす」
「ブロッコリーハラスメント……」
「ここまできたら最後までやった方が自分のためだ」
「ブロッコリースプラウト……」
「かいわれみたいなヤツな、それは」
結局は最後まで宿題を完了させることに成功した。
僕の努力が実を結んだ瞬間だった。
ヒモになることも、ヒモになられることも、絶対に許さん。