特別編② ちゃみ子、クレーンゲームに敗北する
書籍版
『脱力ゆとりギャルちゃんは、全力で僕に寄りかかって生きることに決めた。』
8月25日、オーバーラップ文庫より発売です!
放課後、ふとした思いつきで立ち寄った駅前のゲームセンター。
入った瞬間、ちゃみ子が立ち止まった。
「あれ、かわいい」
目を奪われていたのは、クレーンゲームの中のウサギのぬいぐるみ。
表情がゆるく、どう考えても癒やし特化型のビジュアルだ。
「あれ、私の横にいたら無敵」
「何と戦ってるんだよ」
そうツッコんだけど、ちゃみ子の目はすでに真剣だった。
1プレイ200円。地味に高い。
「一発で取れるわけないだろ。やめとけって」
「大丈夫。見えてる。あの子の落とし方が」
「なんでそんな達人ヅラしてんの」
「私、得意な気がする」
根拠のない自信のように聞こえるが、ちゃみ子がクレーンゲームをしているのを見たことはない。
なのでひとまず静観してみよう。
「出撃だ」
「かっこよ」
ちゃみ子は、100円玉を2枚投入。レバーを操作する。
ウィンウィンウィン……と機械音を立てながら、アームが動き――。
「お?」
持ち上げた、と思ったら――。
ぽとっ。
「あっ」
瞬殺だった。
「……………………」
無言のまま、ちゃみ子は財布からさらに小銭を取り出した。
「まだやるのか?」
「このままで終われると思う?」
「かっこよ」
だがやはりその自信に、根拠はなかったらしい。
2回目も3回目も、結果は変わらず。
むしろウサギは手の届かない位置へ転がっていく。
「あの子、ツンデレかも」
「違うと思う」
「こっちが本気出さないと、振り向いてくれない系」
「ちゃみ子が下手なだけだと思う」
「さうが酷いことを言う……」
ちゃみ子は無言で4回目に突入。
が、やはり落ちる。
「さう、これ両替してきて……」
そう言ってちゃみ子は1000円札を突き出す。
「もうやめとけって。我慢すれば高めのアイスが買えるぞ」
「私の心はアイスよりも、ぬいぐるみ」
なぜかポエム調で懇願された。
根負けして、僕は両替してきてやった。
「これで最後にしとけ。取れなかったら諦めること」
「はい。ちゃみ子、いきます」
「かっこよ」
そして5回目、失敗。
「ちゃみ子、撃沈です」
「かっこわる」
うなだれるちゃみ子を横目に、僕はなんとなく、ゲーム機の構造を観察した。
ぬいぐるみの位置。
アームの開閉タイミング。
重心。
滑り具合――
いけるな、これ。
「ちょっと貸してみ」
「さうにできるわけがない」
「物は試しだ」
僕はアームを左、前、微調整する。
そして、ボタン。
アームが下がり、ウサギを持ち上げる。
そのまま――ぽとん。
落下口へ、きれいに収まった。
「……え?」
ちゃみ子は小動物みたいに驚いていた。
「なんで」
「わりと簡単だったよ。位置がよかった」
「あんなに、ツンだったのに……」
ゲットしたぬいぐるみを見つめ、ちゃみ子はぽつりと呟く。
「さう」
「何?」
「責任取って。この子のパパになって」
「なんでだよ」
その帰り道。
ぬいぐるみを抱えたまま、ちゃみ子がぽつりと言った。
「ありがとう」
「どういたまして」
「モフ夫も、お礼を言ってる」
「そんな名前になったの? あと男だったの?」
その後、モフ夫はちゃみ子の家のソファに正式配属されていた。