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第29話 みれい降臨

 梅雨の時期のある晴れた土曜日。


 気温も上昇して散歩日和だ。

 街を歩く人々は皆どこか浮き足立っているように見えた。


 そんな中、僕とちゃみ子はというと、部屋の中で怠惰な睡眠を貪っていた。


「……ん、16時前か」


 ちゃみ子宅のリビングのソファ。

 陽がちょうど差し込む14時から始まる昼寝のゴールデンタイム。

 例によってそんな時間を、僕とちゃみ子は過ごしていた。


「ちゃみ子、起きろ」

「んん……」

「寝過ぎたら身体に良くないし、夜眠れなくなるぞ」

「ぎゃう……」


 なんだぎゃうって。

 威嚇かどうかももう怪しいぞ。


 起きようとしないので、僕は遠慮なくちゃみ子の髪に触れる。

 やはり最初の頃と比べると随分と綺麗に整った。

 僕も素人ながら、よくやったと言える。


 あとは本格的な夏に向けて、もう少し軽くしてやるべきだろう。


「髪……」

「ん? なんだ?」

「食べないで……」

「食べねえよ。なんで不安になったんだよ」

「んふ……食べそうな目をしてた」


 どんな目だよ。

 流石の僕も髪を飲み込みたいとは思わねえよ。

 ちょっとモグモグしたいとは、思わなくもないが。


「さう、元気になった?」


 ずいぶん今更な質問だが、そういえばちゃんとは聞かれていなかった。


「ああ、もう大丈夫だ」

「よかった。これで私のお世話ができるね」

「ああ、本当だな」


 桃に続いて高熱を出したのは、5日ほど前の月曜日。


 火曜日も学校バイトともに全休をいただいたのち、水曜日から登校した。

 バイトも木曜日から復帰した。

 そうして今ではもうピンピンだ。


 余談だが、バイトのシフトは減らすことにした。


 初任給をもらってひと月。

 色々とやりくりしていった結果、シフトをいくらか減らしても問題ないことが分かったからだ。


 なので週に早朝シフトと夕方シフトをひとつずつ、削らせてもらった。

 桃と母親は、それがいいと大きく頷いて納得していた。


「夕方のシフト全部なくせばよかったのに」

「その分、ちゃみ子のお世話にあてろってか」

「それ以外に何がある」

「何様なんだお前は」


 ちゃみ子は「んふんふ」と笑った。

 ちょっと強く返すと、ちゃみ子はなぜか嬉しそうな反応をする。

 ツボが変なギャルである。


「そしたら私の髪はもっとかわいくなるし、さうだって私の髪にいっぱい触れるから……うぃんうぃん」

「ああそうだとも。でもそういうわけにはいかないんだよ」


 家族のために頑張る。その意思に変化はない。

 でも心配かけない程度に、頑張る意味を認識して頑張るのだ。


 頑張れば頑張るほどアドレナリンが出てると勘違いしていた、頑張りハイは卒業した。


 なので学校でも適宜江口を頼ってみたり、バイトでは山菜さんと適度におしゃべりしてサボっている。

 家でも桃となんでもない時間を共有している。


 そしてちゃみ子と、こうしてゆるい時間を過ごしている。

 とりあえず、誰かに寄りかかれるよう頑張っている。


「ちゃみ子」

「ん……?」

「ごめんな、あの時……馬鹿なこと言って」

「…………」


 いつの何のことか、すぐに分かったのだろう。

 ちゃみ子は僕の頬を撫でる。


「いいよ。さう、弱くてかわいかった」

「……かわいいは余計だ」

「んふ」


 あの雨の日のバイト帰り……ちゃみ子を拒絶しようとした時。


 愚かな僕はすべてをちゃみ子のせいにしようとしていた。

 ちゃみ子といるから僕はダメになるのだと。


 今思い出しても腹立たしい。

 過去の僕を殴りたくなる。


 眠くなるのもタスクへの意識が下がるのも、どう考えても頑張りすぎていたせいだ。

 キャパオーバーなのに、脳が麻痺してできると思い込んでいた。


 そんな中、ちゃみ子のゆるゆる感にあてられたことで、身体が正常な状態に戻ろうとしていたのだ。


 あの時の僕はどうかしていた。

 そしてあのままだと、どうにかなっていた。


 本当に、ちゃみ子と出会えてよかった。

 茶化されるから言わないけど。


「さう」


 どうやら完全に目を覚ましたらしいちゃみ子が、ふと呟く。


「ツインテにして」

「なんだ、珍しいオーダーだな」

「なんか、したい」


 そういう気分とのことなので、早速僕はブラシと髪ゴムを手に、ソファに座るちゃみ子の背後に立つ。

 そうしてまずはブラシで全体を梳かしていく。


「うむ。やっぱり髪のコンディションが最高だな」

「じがじさん」

「ああ、そうだ。僕の功績だこれは」

「変態じがじーさん」


 変態ジジイみたいに言うなよ。


「だってほら、ブラシの通りがあの頃と全然違うだろ」

「それは、そう。みれぃも褒めてた」


 やっぱ分かるんだな、みれいさんには。


 ちゃみ子の幼馴染で、隣の家に住むみれいさん。

 話を聞く限り美容にこだわっていそうでセンスが良さそうな、まだ会ったことない人だ。


「みれぃ、さうすごいって言ってた」

「そりゃどうも……ん?」


 ひとつ、違和感を覚えた。


「ちょっと待て。みれいさんに僕のこと、言ったのか?」

「え、うん。ずっと前に言ってるよ」

「そ、そうなのか……?」


 てっきり内緒にしているものと思っていた。

 だって恋人でもない他人の男、しかも変態を家にあげるなんて普通言えることじゃないし。


 何よりみれいさんも、知っていたなら止めそうなものだけど……。


 その時だ。

 玄関の方からかすかにカチャという音が聞こえてきた。


 さらには……。


「あっ!」


 そんな若い女性の声が、こちらまで届く。


 玄関の扉を開錠してきた。

 つまり鍵を持っているということだ。

 そして若い女性の声。それはつまり――。


「みれいだ」

「っ……マジか」


 突然のみれいさん来訪に、僕は一気に心臓が高鳴る。


 先ほどの「あっ!」は、玄関にある僕の靴を確認し、発した声だろう。

 みれいさんは今ここに、僕がいることが分かっている。

 その上で家に入ってきた。


 出会い頭になんて言うべきか、なんて考えている間もなく、その軽やかな足音は僕たちのいるリビングに近づいてくる。

 そして、ガチャっと勢いよく扉が開いた。


 そこにいたのは――ギャルだ。


 アッシュグレーの長髪で、背が高くスタイルが良い、触れ込み通りおっぱいも大きい、大人びた顔立ちの、ちゃみ子とは真逆のギャル。


 彼女が、みれいさんなのか。

 みれいさんは僕を見つけると、ぱあっと表情を輝かせる。


 そして、陽気な声で言い放つのだった。


「じゃあ――ウチのおっぱい揉むっ⁉︎」

「じゃあって何⁉︎」


 完

これにて一区切りということで、いったん完結とさせていただきます。


書籍版

『脱力ゆとりギャルちゃんは、全力で僕に寄りかかって生きることに決めた。』

2025年8月25日

オーバーラップ文庫より発売予定です


ちゃみ子のイラストをとても可愛く描いてもらっているので、こちらも是非チェックしてみてください!(みれいのイラストもあったりします)

詳細は持崎湯葉のX(旧Twitter)をご覧ください。

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