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第27話 『良い言葉』を言いたい

 それなのに帰ってから熱を出すのだから、僕という人間は本当に救い難い間抜けだ。


 昨日の夜、濡れねずみで帰宅した僕は、すぐにシャワーを浴びたものの、だんだんと頭が重くなっていった。

 そうして朝方、体温を測ると38度超え。

 情けなくなった。


 桃が家を出る直前、見送るために僕も玄関までやってくる。

 母親はすでに出勤した。


「ごめんねさっくん、移しちゃって」

「いや……昨日雨に濡れたせいだから」

「ひとりで大丈夫?」

「大丈夫だよ。そんな重症じゃないから」

「私の髪、撫でておく?」

「……うん、ありがとう」


 すっかり良くなった桃は、ひと撫でふた撫ですると、心配そうな表情のまま家を出た。


 僕は、自室のベッドへ潜り込む。

 高校1年生の1学期で、すでに皆勤賞を逃してしまった。

 しかしこの熱では登校しても迷惑をかけたり心配させるだけだ。


 つい家事や勉強などのタスクが頭を巡るが、必死にかき消す。

 休まなければ。早く回復しなければ。

 明日の夕方のシフトに穴は開けたくない。それまでに治さなければ。


『さうが、いいな』

「あー、うるさいうるさい……」


 無意識に、昨日のちゃみ子の最後の言葉が、脳内で反芻される。


 どんだけ効いてるんだよ。

 どんだけちゃみ子の髪が惜しかったんだよ。


 自分自身に呆れながらも、これで良かったんだと言い聞かせる。


 理想を言えば、今日からもうちゃみ子が学校で、他の誰かに頼っていたならば嬉しい。

 その機会を与えるために、僕は休んでいるのだということにしよう。そうしよう。


 そう自分に言い聞かせながら、なかなか現れない眠気をひたすらに待ち続けた。


      ***


 自業自得で勝手に苦しみ、あらゆる面での代償としては相応しい高熱に浮かされた時間を過ごし、やっと眠れたのは午後2時を過ぎた頃だった。


 目を覚ますと、天井にはオレンジ色の光が見える。

 もう夕方になっていた。


 変な夢を見たような、そうでもないような。

 熱が出た時は大抵、訳の分からない事態が脳内で発生するものだ。


「水……」


 砂漠を彷徨っているかのような声が出た。

 ベッドの下に置いてあるはずの経口補水液を取ろうと、身体を捻った時だ。


「…………ん?」

「んあ」


 耳馴染みのある鳴き声。

 目が霞んでハッキリと見えないが、視界に映るこのシルエットには、大いに見覚えがある。


「ちゃみ子……?」

「ちゃみ子」


 ちゃみ子だ。


 視界がハッキリしてきたお陰で断定できた。

 どう見てもちゃみ子だ。


 夢かと思ったが、夢にしては実在感がありすぎる。

 髪の解像度が高すぎる。


 夢でも幻でもなく、ちゃみ子が僕のベッドの横で座っていた。


「な、なんで……」

「おみまい」

「どうやって……」

「桃が入れてくれた」

「桃は……?」

「なんか家事やってる」


 耳を澄ますとキッチンの方から流水音が聞こえる。

 洗い物をしているようだ。


 いやそんなことよりも、ちゃみ子である。

 なぜ昨日の今日でわざわざ会いに来たのか。あんな風に拒絶したのに。


「なんで、僕なんかのお見舞いに……」


 つい、弱々しい言葉が漏れてしまう。

 そんな僕をちゃみ子は、無表情でじっと見る。


 するとちゃみ子は、何やらスマホを取り出して、操作する。


「さう、聞いて」

「?」

「まずは、なぎから」

「???」

「『えちご……』」

「いや待て待て」


 よく分からないまま何かが始まろうとしているが、まるで理解が追いついていない。

 とりあえず趣旨を聞かねば。


「何が、始まるんだ……?」

「さうが、がんばりすぎだから」

「……うん」

「さうが感動する何か『良い言葉』を言わなきゃって思った」

「……まあ、うん」


 感動させたいなら、そういうこと先に言っちゃダメだと思うけど。


「でも、どんな『良い言葉』がいいか……考えるのがめんどくさかった」

「うん……うん?」


 ちょっと待ってくれ。

 今すごく聞き捨てならない言葉があったな?


「だから、他の人に考えてもらった」

「え、えぇ……?」


 つまりだ。僕のために言うべき『良い言葉』を、自分で考えるのが面倒くさかったから周りを頼って考えてもらった、ということか。


 すごい。究極の他力本願だ。

 普通の価値観であれば、『良い言葉』なんて絶対に自分で考えなきゃいけない。


 見たことあるか?

 漫画やアニメの『良い言葉』を言う場面で、自分で考えるのが面倒くさいから他人に考えてもらう登場人物を。


 やはりちゃみ子は次元が違う。


 想像の範疇から遥か遠くにいる、天上天下の面倒くさがりだ。


「……でもちゃみ子の中で、僕のために何かしたいって気持ちは、本物なんだな?」

「じゃなきゃ、他の人から言葉をもらうなんて、めんどくさいことしない」

「…………そうか」


 自分で『良い言葉』を考えるよりは、面倒くさくなかったんだろうな、それ。


 そうしてちゃみ子編集長が集めた、僕への『良い言葉』が披露される。


「3人いる。まずは、なぎ」


 なぎとは、江口のことだろう。

 そういやそんな下の名前だった。


「ちなみにそれ、ちゃみ子は江口になんて言って、考えてもらったの?」

「『がんばりすぎてるさうに、言いたいこと。さあ何?』って」

「そんな大喜利みたいなノリで……?」


 ちゃみ子は、江口の分を読み始める。

 頑張りすぎている葉山朔に、言いたいこと。さあ何?


「『越後製菓!』」


 ほらボケちゃった。

 お題に沿わないダイナミックなボケしちゃったよ、あの子。

 それを言われて僕はどうすればいいんだよ。


「『ってのは冗談で』」

「……?」


 ちゃみ子は抑揚のない声色で、語る。


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