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第24話 変わりゆくさう

「さうだ」

「いらっしゃいましたーさっくん」


 ちゃみ子と桃だ。

 ふたりはいかにも「ドッキリ大成功」と言い出しそうなニヤニヤ顔をしている。


「何しに来た、ちゃみ子」

「お客なのにぃ」

「さっくん、ちゃみ子ちゃんはお客さんだよ」

「くっ……」


 妹によくない友達ができてしまった。

 それが僕の同級生なのだから、余計に頭が痛くなる。


「……こちらの席どうぞー」

「んふ」


 ほくそ笑むちゃみ子と愉快そうな桃を引き連れて、テーブル席へ案内する。


 比較的周囲に他のお客さんがいない席に座らせたところで、注文を聞くフリをしつつ、ふたりを問いただす。


「で、何しに来た」

「ちゃみ子ちゃんが、さっくんの働いてるところ見たいって」

「あと、ひさびさにこれ食べたい」


 ちゃみ子が指差したのは、デニッシュパンにソフトクリームが載っている、当店の看板メニューだ。


「それはいいけど……せめて一言言ってから来いよ」

「んふ。驚いた?」

「当たり前だろ。それが狙いか」

「さう、制服似合ってる」

「さうカッコいい!」


 ちゃみ子につられて桃まで「さう」と言う始末。

 完全に毒されてしまったようだ。


「あ、あとさっくん、お母さんからの連絡みた?」

「いや、仕事中はスマホ触ってない」

「今日残業だから、ご飯はふたりで食べてって。だから、ね?」


 キラキラした目で僕を見つめる桃。

 これには白旗をあげる他ない。


「分かったよ。今日はここで晩ごはんな」

「やったー。さっくん七時に終わりでしょ? そしたら一緒に食べよ」

「いいよ桃、先食べてて」

「やー、さっくんと食べるー」


 と、桃が可愛いことを言ってくれる一方で、ちゃみ子は……。


「さう、これ。あとミルクティー」

「はいはい」


 ちゃみ子はしっかりと注文。

 マイペースなやつである。


「いや待て、これサイズでかいぞ。小さいのにしとけ」

「桃と食べるからだいじょぶ」

「しょーがないなーちゃみ子ちゃんはー。一緒に食べてあげる!」


 あれ桃? さっくんと一緒に食べるんじゃないの?

 さっくんが上がるまで待ってるんじゃないの?

 一抹の寂しさを感じつつ、僕はテーブルから離れる。


 注文内容をキッチンへ送信すると、スススと山菜さんが近づいてきた。

 とても興味深そうな顔をしている。


「もしかして例の、友達と妹ちゃん?」

「……です」

「やっぱり〜。絶対そうだと思った」


 山菜さんはほころぶ口元を手で隠す。

 それでも目尻の垂れ具合からいかにも愉快そうな感情が伝わってくる。


「退勤後は、あそこで僕も何か食べて帰ります」

「いいよいいよ〜、いくらでもいてね。従業員割引つけておいた?」

「はい。あんまり使うことないんで、ちょっと操作に戸惑いました。山菜さんは従業員割よく使います?」

「たまにね。それより葉山くんのお友達、意外なタイプね〜」


 話題を逸らそうとしたら、力ずくで引き戻されてしまった。

 意外にも強引だ山菜さん。


 僕は観念して、そっちの話題に付き合う。


「まあよく言われます。ギャルなんでね」

「ギャルね〜。ちまってしてて可愛いギャル〜」


 ちゃみ子を眺める山菜さんの笑みからは、母性が漂っている気がする。

 なぜ桃でなくちゃみ子に対して母性を発動させてるのか。

 まあ分からなくもないけど。


「あ、あの子たちにまだお水、出してないんじゃない?」

「そうでした」

「私が行ってくるよっ」


 近くで見たい!

 という願望が顔に書いてある山菜さんは、ちゃっちゃかグラスに水を注ぐと、ちゃみ子たちのテーブルへ向かっていく。


 山菜さんとちゃみ子と桃は、ほんの1分ほど会話していた。

 戻ってきた山菜さんは、なんだかホクホクとした顔で、僕に告げる。


「さうくん、ミルクティー早く、だって」

「やめてください」

「ふふ、ごめんごめん。さっくんの方がいいかな?」

「マジやめてください」

「ふふふ。可愛いねぇ、ちゃみ子ちゃんも桃ちゃんも」


 しかし山菜さん、あの短時間でちゃみ子呼びにまで至るとは、流石の包容力と言える。


「でも、なんか納得したなぁ」

「何がですか?」

「ちゃみ子ちゃんが例の友達だったってこと。見た目はギャルっぽいから意外だったけど、話してみたら、なるほどなって思ったよ」

「なるほど、とは?」

「最近の葉山朔くん、前よりちょっと雰囲気が柔らかくなったなって思っててね」

「……ほう」


 つい半日くらい前にも聞いた文言である。


「その最近できた友達のおかげなのかなって思ってたけど、大当たり。ちゃみ子ちゃんと一緒にいたら、時間がゆっくりになって、自然と心が落ち着きそうだもんね」

「…………」

「いい出会いがあって良かったね?」

「……はい」


 僕は思案する。

 最初はちゃみ子のお世話をする代わりに、髪を好きにさせてもらうなんて、人には言えないくらいアンモラルな関係であったはずだった。


 だがどうしてか、ちゃみ子の脱力でゆとりな空気感に包まれてきたせいか、他者からの印象まで変わってきたらしい。

 それはきっと、いいことなのだろうが……どこか不安もある。


 常にやるべきタスクを一生懸命こなして、頑張れって言われなくなるくらい頑張って、それで出来たのが葉山朔という人間だ。


 そこに、正反対のエッセンスと言えるちゃみ子の要素が加わると、どうなるのか。

 人として良き作用を生み出すのか。


 あるいは――今まで積み上げてきた僕らしさが、一気に瓦解してしまうのか。


 何が正しいのかなど、考えても分からない。

 ひとまず僕は、目の前のタスクから片付けようと、ミルクティーとオレンジジュースをゆるい雰囲気の漂うテーブルへ運ぶのだった。


      ***


 勤務終了後、僕は店を出ずに桃とちゃみ子の元へ向かった。


「やっぱり残してんじゃねえか……」


 例のスイーツは、3分の1が残っていた。

 ソフトクリームはほぼ溶け、パンはそれをたっぷり吸い込んでシナシナになっている。


「さう、食べて」

「食べてー」

「まったく……」


 そのくせ桃は、相変わらず男子高校生並みの味覚を発揮し、追加注文したチキンサンドを頬張っていた。


「しょっぱいものは別腹だよ、さっくん」


 逆じゃね、普通。


「さう」

「ん? なんだちゃみ子」

「あの人……山菜さんだっけ?」


 ちゃみ子は僕でなく、まだホールで働いている山菜さんを見つめている。


「ああ。一緒のシフトになることが多くてな。よく話してる」

「……ダメだよ、あんまり仲良くなっちゃ」

「え?」


 ちゃみ子の口から出たとは思えない一言に、僕は言葉を失う。

 もしかして、嫉妬……?


「な、なんで?」

「さう、よく聞いて」

「うん」

「人妻に惚れても不幸になるだけ、だよ」

「…………」

「刑事ドラマで言ってた」


 至って真剣な眼差しで、そう忠告するちゃみ子であった。


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