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第23話 変態の妹

「さっくんはね――」


 次の瞬間、桃は目を見開いて、ちゃみ子に向かって力強く言い放つ。


「すっごい変態さんなんだよっ!」

「⁉︎⁉︎⁉︎」


 後頭部に岩石が飛んできたような衝撃が、脳内に響く。


 僕は思わず言葉を失う。

 ちゃみ子もまた、珍しく驚いた様子を見せつつ、桃に尋ねる。


「変態って……どんな?」

「髪フェチってやつ!」

「…………」

「さっくんはね、私の髪が大好きなんだよ!」


 そこから桃の熱弁は始まる。

 僕がいかに、桃のツヤツヤな黒髪を愛しているかの説明だ。


「昔から私の髪をすごく褒めてくれるんだよ! それによく私の髪をじいっと見てるし、ことあるごとに触ってくれるし、謎にヘアアレンジの仕方が上手いし! 私の髪を乾かす時とか、すっごく真剣な顔でやってるんだよ!」


 僕はもう、ほんと冗談抜きで死んでしまいたかった。

 願わくばちゃみ子と桃の髪で自ら首を絞めて、自害してしまいたかった。


 絶対的な秘密として僕の中に留めていた、重度の髪フェチというカルマ。

 他人は当然のことながら、家族にだけは絶対に知られたくなかった真実。


 それが、余裕でバレていた。

 桃の髪を邪な視線で見ていたことが、本人にハッキリとバレていた。


 こんな恥辱があるだろうか。


「今私の頭を撫でたのも、たぶんそうだし!」


 いや違う。愛情表現だよそれ。

 変態方向に認識を歪めないで。


「たまに一緒に外を歩いてると、他の女の人の髪をジロジロ見てることもあるけど、結局は私の髪に帰ってくるんだよ! だって私の髪が一番好きなんだから!」


 しかもなんか、変な勘違いまでさせてしまっている。

 妹が自らの髪に本妻の余裕めいたものを宿してしまっている。


「だからちゃみ子ちゃん」

「……ん?」

「さっくんがこの家でちゃみ子ちゃんと一緒にいたら、ちゃみ子ちゃんの髪をじっと見つめたり、触ろうとしてきたりするかもしれないけど、気持ち悪がらないでね。さっくんはそういう人だって思って。イヤだったら断っていいから。あと何かあったら私に連絡してくれていいから。ね?」

「…………」

「あと、さっくんが好きなのは私の髪だから。ちゃみ子ちゃんみたいな髪は、タイプじゃないから。そこは安心して」


 何を安心しろというのか。

 何を自信満々に言っているのか。


 あとごめん桃。

 僕はどちらかというと、ちゃみ子の髪の方が好きだ。


 ちゃみ子はというと、無表情。

 きっと頭の中では様々な感情が巡っているのだろう。


 僕を見て、桃を見て、また僕を見て、また桃を見て。

 そうしてちゃみ子は……。


「了解」


 桃の尊厳を守るという結論に至るのだった。


 ちゃみ子って、人に気を遣えるんだな。

 新発見を得た夜であった。


      ***


「私あれ、ひとりで食べ切れたことないよー」

「僕でもキツかったからなぁ。パンが結構しっかりしてるんだ。その上にソフトクリームがドカンだからな」

「それが最高なんだけどねー。そういやウチの新作もさ」


 朝のホームルーム前の、江口との雑談。

 本日のテーマはお互いのバイトについて。


 僕はカフェ、江口はファミレスと近い業種なので話が合うのだ。

 まあ大概は仕事の話というより、メニューの話になるのだが。


 ちなみにちゃみ子はすでに登校していて、隣で突っ伏して寝ている。

 おおよそ毎日そのスタイルなので、僕らの会話に入ってくることはほぼない。

 それより少しでも睡眠を取りたい人間なのだ。

 

「さう」

「うおっ」


 そんな先入観があったため、突然呼びかけられたら驚くというもの。

 見ればちゃみ子は、腕を枕にしながら僕を見つめていた。


「どしたのちゃみ子ちゃん。葉山くんに髪やってほしいの?」

「いや。さうのバイトって、どこだっけ」

「えぇ……何回か教えただろ」


 僕はバイト先であるカフェチェーンの名前を言う。


「ああ……あの北口の?」

「そうそう」

「ふぅん」


 そうしてちゃみ子は最後に、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、呟いた。


「おいしいよね、あれ……」


 そうして目を瞑ると、また電池が切れたかのように動かなくなった。


「可愛いなぁ、ちゃみ子ちゃん」

「今のでそう思うのか」

「いいじゃん。なんか猫みたいで」


 猫……気まぐれで何を考えてるか分からないからだろうか。


 しかし僕からすると、ちゃみ子を動物で例えるとしたら、どう考えてもナマケモノ一択である。

 むしろ前世ナマケモノだろ、これ。


「ぜんぜん話変わるけどさ」

「何?」

「葉山くんって、雰囲気が柔らかくなったよね」


 思わぬ言葉に僕は、一瞬何を言われたのか分からなくなった。


「え、そうか?」

「そうだよー。最初の頃は葉山くん、いつもなんか忙しそうにしてるから、話しかけたら迷惑かなーとか思ってたもん」


 そんなことを思われていたのか。ちょっとショックである。


「迷惑だなんて思ったことないけど、そんな風に思わせてたんなら申し訳ないな」

「でも今は、まったくそんなこと思わないもんね。余裕でダル絡みできるし」


 いやダル絡みはほどほどにしてほしい。


 でも確かに、江口とこんな風になんでもない話をするようになったのは、最近のような気がする。

 入学したての頃はもうちょっと壁があった。


 では変わった原因は何かというと、ひとつしかないだろう。


「ちゃみ子ちゃんといるようになったからかもねぇ。ちゃみ子ちゃんが遠慮なく頼って、それに葉山くんが応えたり、気にかけたりしてるのを見てたら『そんなフランクに接していいんだ』って思えるもんね」

「なるほどなぁ……」


 ちゃみ子の世話をするようになったのは、あくまで個人の利益のためだが、期せずして周囲からの見方も変わっていたらしい。


 それは素直に喜ばしいことだろう。


「あとはもしかしたら、ちゃみ子ちゃんのゆるゆる感が移ったのかもね」

「それは、あるかもなぁ……最近やけに眠気を感じることが多くなった気がする」

「それはシンプル疲労の可能性もあるけど……いやでも、眠気ってなんか移るよね」


 気が緩みすぎるのは良くない。自制せねば。

 そう自分に言い聞かせるものの、江口はまた別の意見を言う。


「葉山くんはもうちょっと、ゆるくてもいいんじゃない? それこそちゃみ子ちゃんからゆるゆる感をもらってさ」


 どうでもいいけど、ゆるゆる感って譲渡可能なのか?


      ***


 その日の夕方。

 シフトが入っていたため放課後はバイト先に直行した。


 だいたい平日のピークは17時台なので、時計の針が縦に一直線に並ぶと、ふっと一息つけるようになる。


 そんなわけでホールにて、お客さんの動向を注視しつつ山菜さんと雑談する。


「へ〜。例のお友達と妹ちゃん、仲良くなったんだ〜」

「バッタリ遭遇した時は、心臓止まりそうになりましたけどね。結果的に良かったです。昨日もふたりでラインしてたみたいですし」


 あんなヘンテコな事態があったにも関わらず、ちゃみ子と桃は頻繁に連絡を取り合っているようだ。

 喜ぶべきなのか、どうなのか。


「いいね、素敵〜」


 山菜さんは人妻特有のなんでも受け入れてくれそうな雰囲気があり、聞き上手でもあるのでついプライベートなことまで話してしまう。


 いや人妻じゃなかった。

 油断すると脳が勝手に人妻認定してしまう。危ない危ない。


「山菜さんは兄弟姉妹いるんですか?」

「いるよ〜。お姉ちゃんと妹が」

「3姉妹なんですか。いいですね華やかで」

「近所の人からは、見た目も雰囲気もよく似てるって言われるんだ〜」


 え、こんな雰囲気の人が3人?

 何その人妻3姉妹。


「でも家族で一番似てるのは、お父さんかなぁ」


 お父さんも人妻なの?

 概念的な人妻ってこと?


「逆にお母さんは誰にも似てないって、言われるなぁ」


 お母さんは違うんかい。

 一番人妻なのに。シンプル人妻なのに。


 山菜さんの雰囲気にあてられたせいか意味不明な思考に陥ってしまっていたが、入店音が鳴って目が覚めた。


「いらっしゃいませ……おい」


 唐突に来店客を威嚇した僕を、山菜さんは二度見する。


 しかしそれには訳があった。

 やってきたふたりの客には、大いに見覚えがあったからだ。


「さうだ」

「いらっしゃいましたーさっくん」


 ちゃみ子と桃である。

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