第21話 ちゃみ子と桃
ブラを試着しに行ったちゃみ子が戻ってくるまで、靴下コーナーというギリ僕がいても不自然じゃない場所に身を潜めていた。
そうして15分ほどで、ちゃみ子は戻ってきた。
「終わった?」
「んあ」
「なにも買わないのか?」
「いや、買うやつは預けた」
「まだ何か買うのか?」
「うん、パジャマ」
とのことなので、今度は寝巻きのエリアへ。
「というか、本当にブラ買うんだな。てっきり僕を辱めるために来たのかと」
「そんなヒマじゃない」
「ヒマだろ」
毎日放課後、ソファでゴロゴロしてるくせに。
「ブラがひとつ、キツくなったから」
「……そうか」
え、まだ成長してるの、それ。
将来どうなっちゃうの。いつか爆発しちゃうんじゃないの。
と、不毛な心配をしつつ、僕らはルームウェアのエリアに到着した。
「パジャマはなんで?」
「ネットで注文したやつが、小さかったから」
「丈が?」
「胸のとこが」
また胸か。
と思ったが、これは比較的健全な胸のお話である。
よく考えたら、ちゃみ子の丈と胸のサイズが合う服って、なかなか無いのではないか。かなりアンバランスな体型だろうし。
大きければいいというものでもないのだろう。
「あ、これ、同じやつ」
「ネットで買ったのと?」
「うん。これの大きいの買う」
「もったいないな。小さいのは返品したのか?」
「してない。めんどくさい」
「……仕方ない、僕がやるよ」
「んふ、あぃがと」
またタスクが増えたが、僕の中のもったいないオバケがその状況を許さなかった。
そうしてお目当ての品をちゃみ子が手にした、その時だ。
「さっくん?」
「え?」
聞き覚えのある声と、聞き覚えのある呼び名。
僕は恐る恐る、振り向く。
桃が、そこにいた。
「も、桃……なんでここに?」
「さっくんこそ……」
駅近くの商業ビルの、女性用下着とかが売ってる店で、ちゃみ子といるタイミングで、妹と遭遇してしまった。
桃は、僕とちゃみ子を交互に見て、言い放つ。
「さっくんの彼女っ?」
「違う!」
「さうは私のさーゔぁんと」
「サーヴァント⁉︎」
「余計なこと言うな!」
あまりにカオスな状況に、僕はめまいがした。
***
ひとまず僕は商業ビル内のフードコートにて、桃の誤解を解こうと丁寧に説明をする。
この百環茶見子という女子は、家が近いというきっかけで仲良くなったクラスの友達であり、断じて彼女ではないと。
もちろん、ちゃみ子と僕との契約は伏せた。
お世話をする代わりに髪を好きにさせてもらっているなんて、実の妹にバレたらどんな顔をされるか。
どんな顔をされても僕は、一生モノの傷を負うだろう。
ちなみにその間ちゃみ子は、メロンソーダなんかを飲みながら、さして興味なさそうに兄妹のやりとりを見つめていた。
なんなら早く帰りたそうにしていた。
「と、いうわけだ」
「そ、そうなんだ……」
説明を聞き終えても、桃の表情は硬い。
正直気持ちも分かる。
おそらくちゃみ子という人は、桃が抱いていた僕の友達像から、最もかけ離れた存在だろう。
パッと見、ギャルだから。
なんか背の低い、けどおっぱいが大きい、ギャルだから。
「え、えっと……初めまして、葉山桃です」
相手がギャルなのは確定なので、桃はそれなりにビビっていた。
声も若干震えている。
対してちゃみ子は。
「んぁ……」
眠そう。だいぶ眠そうだ。
初対面の相手が目の前にいるのに、そんなに眠そうなことある?
「う、うう……」
ただ眠いだけなのに、桃は余計にビビっていた。
言葉が少ないことで、あらぬ圧を勝手に感じてしまっていた。
眠いだけなのに。
「おいちゃみ子、ちゃんと挨拶しろ」
「ちゃみ子?」
「あっ」
そう呼んでいると桃に知られるのは恥ずかしすぎたので、説明していた時は『百環』と言っていた。
だがつい、普段の感じであだ名が出てしまった。
すると、それにちゃみ子が反応する。
「私、ちゃみ子」
「え……」
「桃も、ちゃみ子って呼んで」
ここで意外にも、ちゃみ子の方から歩み寄った。
桃の緊張を和らげるためか。とっとと話を切り上げて帰りたいからか。
僕は、後者だと思う。
「ちゃみ子……えへへ、可愛いです」
「あぃがと。桃は、さうよりちょっとかわいい」
「おい、なんだそれは。どういう評価だ」
「んふ」
僕に失礼なのか桃に失礼なのか、分かりにくいボケをするな。
ここでまたも桃が、引っかかる。
「さう?」
「うっ……」
それもまた、桃にバレたくなかった呼び名である。
「さう、これ」
「これじゃねえよ」
「さっくん、さうなの?」
「さ、さうだ、僕は……」
え、なにこの罰ゲーム。
女性用下着ゾーンにいた時の十倍くらい恥ずかしいんだけど。
「なんでさうなの?」
「か行は疲れるから」
「か行は疲れる?」
「うん」
「か行は疲れる……」
兄と同じ反応をしている。
さすがは兄妹である。
桃よ、気持ちは分かるが思考を深追いさせるなよ。
考えれば考えるほど虚無るからな、その事案は。
ただ受け入れればいい。
か行は疲れるのだと。
桃は顎に手を当てて、少しの間考えたのち、告げる。
「でも一番疲れるのは、ら行ですよね」
「ホントそれ」
え、共鳴したんだけど。
僕の妹が謎理論に乗っかってるんだけど。
ずっとひとつ屋根で暮らしていた桃は、僕の預かり知らないところで、ら行は疲れると思って生活していたの?
ごめん、お兄ちゃん気づいてやれなくて。
「それで、桃はなにやってたんだ?」
「えっとね、かりんちゃんの塾の時間まで、ここでおしゃべりしててね。バイバイした後ちょっと寄り道してた」
「なるほどな。ああいう店に行くんだな」
と、言った直後に後悔。
下着とかも売ってる店だから、あまり知られたくないことかもしれない。
デリカシーがないと思われたかもしれない。
やっちまったか僕。
「うん。あのパジャマ可愛いなって」
だが桃は、特に気にする素振りも見せない。
一安心である。やってなかった僕。
「あのパジャマって、これ?」
ちゃみ子が件のお店の買い物袋から、そのパジャマを取り出して見せる。
桃は「それ!」と即答していた。
「そんなに気に入ったなら、買おうか?」
「え、いやいいよ。今あるのもまだ着られるし」
「……そうか?」
こういうところで遠慮させてしまうのが心苦しい。
パジャマの1着や2着、買えるだけのお金はあるのに。そのために僕もバイトしてることだし。
だが桃の主張を無視して買っても、困らせるだろうなぁ。
「さう」
「ん? どうしたちゃみ子」
「あげよっか、パジャマ」
「え……あっ、そっか」
忘れてた。
都合よく、ちゃみ子の家に件のパジャマはあったのだ。
もうひとつ都合よく、ちゃみ子と桃はよく見たら、身長がほぼ同じだった。