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第15話 くさいのも好き?

 優雅なランチタイムは、尋問の時間と化した。


 いつもの中庭のベンチにて。

 容疑者は行きつけのパン屋で買ったらしいベーコンエピをかじりながら、僕が与えた副菜をつまみながら、チラチラと顔を窺ってくる。


 それなりに罪悪感はあるらしい。


「それで、なんで昨日は髪を洗わなかった? 回答次第ではブロッコリーを食わす」

「やだぁ……」


 ちゃみ子はブロッコリーが嫌いらしい。

 似たようなフォルムしてるくせに。


 ブロッコリーの脅しに恐れをなした容疑者は、ポツポツと供述を始める。


「洗ってなくは、なぃ……」

「ウソをつくな」

「ウソじゃない……いつもより、洗うのが早かっただけ……」

「早かった? いつ洗ったんだ?」

「4時、とか」

「……なるほど。確かに、丸1日洗っていないわけではないだろうとは思っていた」

「そうなの?」

「髪の根元と頭皮の肌触りからして、な」

「こわいぃ……」


 昨日は日曜だったので、そんな時間にシャワーを浴びることが可能だったわけだ。


 ではなぜ、いつもより早くシャワーを浴びたのか。

 容疑者が語った理由は、こうだ。


 昨日は午前中から隣の家の幼馴染であるみれいさんに連れ出されて、買い物に出かけたらしい。

 快晴で気温も高い中、ショッピングなどに興じて、16時ごろに帰宅。


 その後、みれいさんの家へ夕飯をお呼ばれされる。

 そこでみれいさんに、軽くシャワーを浴びるよう勧められた容疑者は、言われた通りにした。


 そうしてみれいさん宅で、日曜日のディナーを楽しんだ。

 ここまではよかった。


 容疑者はひとり帰宅したのち、シャワーを浴びることなくソファでダラダラと過ごす。お腹いっぱいだったからだ。


 そうしているうちに睡魔に襲われ、気づけば朝になっていたという。


「夕方に浴びたから、いいじゃん……」


 ちゃみ子は悪びれず、こんなことを言い出す。


 確かに、夕方にきちんとシャワーを浴びたのは偉い。

 だが、ちゃみ子の髪を愛でる者として、看過することはできない。


「人間はただ生きているだけで汗をかく。特に食事の後は代謝によって、睡眠時には体温調整によって汗をかきやすくなる。そうして頭皮や髪に皮脂や汚れが溜まっていくんだ」

「んおぉ……」

「だから極力、風呂は寝る1〜2時間前に入ること。その方が睡眠の質も上昇するしな。それともし夕方に髪を洗ったなら、夜はシャンプーを使わずお湯で頭皮を洗うこと。1日に2回以上シャンプーすると、頭皮に悪影響を与える場合もあるからな」

「めんどくさい……」

「そういう時は最悪、僕がブローしてやるから呼べ。いいか、よく聞けちゃみ子」

「?」


 僕はちゃみ子の両肩を掴み、まっすぐに目を見て、告げる。


「どれだけズボラでも不真面目でもいい。部屋が散らかしっぱなしでも、人生のあらゆることを面倒くさがってもいい」

「…………」

「だけど絶対に、髪のケアだけは怠るな。一日一回シャンプー、トリートメント。そして必ずブローだ。髪にいい食事は僕が用意するから安心しろ」

「…………」

「お前の髪はもうお前だけのものじゃない。僕のものでもあるんだ。だから僕に頼り続けたいのなら、そこのところしっかり頼むぞ」


 言いたいことをすべて熱弁し終えるも、ちゃみ子は無表情のまま。

 相変わらず手応えのない反応だ。


 と思いきや、ほんのりだが、頬が赤くなっているようにも見える。


「……んふ」


 ちゃみ子はほくそ笑む。


「なんか、変なプロポーズされた」

「っ……いや、そんなつもりじゃないけど⁉︎」


 慌てて否定するも、改めて自分の言葉を思い返してみると……確かになんかプロポーズっぽい。だいぶ変なプロポーズっぽい。


「んふ……変態のプロポーズ」

「変態でもプロポーズでもない!」

「末長くよろ」

「さらっと受け入れようとするな! よろじゃねえよ!」

「んふんふ」


 僕をからかう時だけは、なんだか妙に生気に満ちているちゃみ子。

 心の底から楽しんでいるということだろう。

 最近よく分かってきた。


「ほら、いいから早く食え。昼寝の時間がなくなるぞ」

「はーい」


 その後、お互いに昼食を食べ進める。

 昼休みが残り20分となったところで食べるのが遅いちゃみ子も完食。


 そうして流れるようにちゃみ子は、僕の太ももを枕にする。

 そのまま目を閉じると思いきや、ふと目線を僕の方に向ける。


「どうした、寝ないのか?」

「……さう。寝てる時、髪触らないでね」

「えっ」


 珍しい拒絶である。

 思わずドキリとしてしまう。


「なんでだ?」

「……くさいかも」

「え?」

「とーひに、汚れが溜まってるかも、だから……」


 ちゃみ子の顔は、ほんのり恥ずかしそう。


 どうやらさっきの僕の話が、ちゃんと効いていたらしい。

 熱弁した甲斐があったな。


「いいのか? 撫でられながら寝るのがいいんだろ?」

「……いや、今日はいい。くさいかも」

「気にしないよ、別に」


 素直にそう言うと、ちゃみ子はビー玉のような目で僕を見つめながら、少し沈黙。

 そして、一言。


「もしかして、くさいのも好きなの……?」

「なんでそうなる」 


 別に、嫌いじゃないけれど。


      ***


 その放課後のこと。


 夕方バイトも桃の迎えもない日は、ちゃみ子の家に行くのがデフォルトとなった。

 本日もそれに違わずちゃみ子と共に下校。


 同じ電車に乗り、同じエレベーターに乗り、ちゃみ子の家に到着。


「さて、それじゃあ掃除の前にいつもの…………あっ」


 そこで僕は、しくじったと思った。


「どした、さう」


 ちゃみ子は帰宅して十秒でソファと一体化しつつ、悔しがる僕に首を傾げる。


「失敗した……来ても意味なかった」

「なんで?」

「髪、触らせてくれないじゃん」


 昼休み、いかに人間の頭皮には汚れが溜まるかを熱弁してから、ちゃみ子は髪を触らせてくれない。

 昨日の夕方からシャンプーしていないことに、負い目を感じているからだ。臭いと思われたくないからだ。

 意外と可愛いところがある。


「んあ……そうね」

「まあでも、いいよな? ちょっとくらい……」

「やだ」

「いやいや、別に昨日の夕方からシャンプーしてないからって、そんなに臭くは……」

「やだ」

「ホントにちょっと! ちょっとだけでいいから!」

「やだ。触ったら泣くから」

「くっ……」


 自分の涙にある程度効力があることを、自覚してしまったらしい。

 これはいつか厄介なことになりそうだ。


 ていうか俯瞰で見たら、なんだ今の僕のクズ男っぽい発言は。


 とにかく、本日はご褒美の髪いじりタイムはお預けのようだ。


「はぁ……仕方ない。掃除と夕食作りだけして帰るか」

「さう」


 嘆息していたところ、ちゃみ子が何の感情も映らない瞳で、じっと僕を見つめる。


「……なんだ?」


 経験則で、気づいた。

 ちゃみ子は今から、変なことを言おうとしている。


「洗ってくれるなら、いいよ」

「……ん?」

「さう、髪洗って」

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