第14話 変態怖い
*お知らせ*
後書きにて重大告知があります!
ぜひ最後までお読みください〜。
「葉山朔くん、今日もトイレキャンセルしたの?」
早朝のカフェバイトにて。
同じシフトに入った山菜さんが、お盆を拭きながら尋ねてきた。
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
トイレを掃除することの暗号かと思った。3番行ってきまーす、みたいな。
だがかろうじて、思い出した。
そもそもトイレキャンセルは、僕が作り出した言葉だった。
「ダメよ? 膀胱をいじめちゃ」
「いえ。今日は起きた瞬間、急を要する状態だったのでキャンセルしませんでした」
「そうなの。よかったー。それが一番よ。出したいと思った直後に出さないと」
バイトのため早朝に出るのに、トイレの流水音で母親や桃を起こしてしまわないよう、家でなく近所の公園で用を足す。
それがトイレキャンセル。
「何週か前のやりとりを覚えているのもそうですけど……早朝のカフェのホールで普通にその単語を口走るのも、どうかと思いますよ」
ちゃんと『膀胱』とか言ってたし。
こんな爽やかな朝に。
「え〜、だってすごいインパクトだったから〜」
おっとりと大人びた大学生(人妻風)の山菜葵さんだが、最近はちょっと天然な一面も見えてきた。
「で、なんでトイレキャンセルしたと思ったんですか?」
「だって今日の葉山朔くん、なんかいつもより機嫌がよかったから」
「え、そうですか?」
まったく自覚していなかったが、山菜さんがそう言うならそうなのだろう。
「なんか最近、いいことでもあったの?」
「うーん……」
そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、心の底から悔しいが、ちゃみ子だ。
ちゃみ子というか、ちゃみ子の髪だ。
「まあ、興味深い友達ができたくらいですかね」
「わあっ、いいことじゃない〜」
山菜さんは胸の前で小さくパチパチと手を叩く。
「そっか〜、入学したばっかりだったもんね〜。新しい友達ができるのは素晴らしいことよね。私も嬉しいなっ」
山菜さんは自分のことのように喜んでくれる。
しかし相変わらず、仕草や口調や表情が、人妻すぎる。
母親というより人妻を連想してしまうのは、どことなく漂う色気によるものか。
完全なる失礼にあたるので、口が裂けても言えないが。
「どんな子なの?」
「どんな子……まあ変わった子ですね」
語り出したら昼頃までかかりそうだったので、とんでもなく簡略化した表現でちゃみ子を言い表した僕である。
「ふーん、いいねいいね。どうやって仲良くなったの?」
「いや、仲が良いって感じではないですね」
「えっ」
「性格は正反対ですし、人間的に好きかどうかでいうと微妙ですし。ただお互いにとって有益な関係ではあるので、一緒にいる時間は多いですね。逆にいうと、それだけです」
ちゃみ子の顔を思い浮かべながら、自然と出てくる言葉をつらつらと並べる。
山菜さんは、一通り聞き終えると、恐る恐る尋ねるのだった。
「それって本当に、友達なの……?」
「わっかんないっす」
***
バイトを終えて登校し、朝の教室でのタスクを終えたのちに江口と雑談。
いつものルーティンだ。
なんだかんだで江口とは、よくしゃべる間柄となった。
「へー、早朝のカフェってそんなお客さんが来るんだねぇ」
「夕方とかとはまったく違う客層だな。江口もたまには早朝に入ってみれば。ファミレスにも早朝シフトはあるだろ?」
「いやー私には無理っすわー」
「通学時間を考えると、流石にしんどいか」
「だね。これ以上早起きしたら私、偉すぎてエラ呼吸になっちゃうよ」
「…………」
「……はぁあぁんっ、しょんっ!」
「エチチなくしゃみで誤魔化すな。向き合え現実と」
「……はぁん」
そこへ、ちゃみ子が登校してきた。
「おはようちゃみ子」
「おはよーーーっ!」
「んあ……」
巨大な岩でも引きずっているかのような鈍足で席に着くちゃみ子。
寝癖はなく、風もなかったので髪も乱れていない。
整える必要はなさそう……。
「ん?」
「…………」
僕が違和感を覚えると同時、ちゃみ子は何かを察したのか逃げるように目を逸らした。そうして机に突っ伏す。
「どうしたの葉山くん?」
「いや……ちゃみ子、ちょっと髪が乱れてるから、直すぞ」
「……だいじょぶ」
拒否した。
常になすがままのちゃみ子が、拒否するのが面倒くさいからされるがままのちゃみ子が、拒否した。
これはおそらく、何か隠している。
「いや、跳ねてる部分があるから、直すぞ」
「…………」
僕はブラシを持って、半ば無理やりちゃみ子の髪に触れる。
そうなったらもう逃げるのも面倒くさいのだろう、ちゃみ子は大人しくしていた。
その光景を見て、江口はヘラヘラと笑う。
「世話焼きだねぇ。跳ねてるところなんて、ないように見えるけど」
実際、跳ねているところなどない。
ちゃみ子の髪に触れて、ある疑念を確かめるための方便である。
僕は、ちゃみ子の髪を毛先から、頭皮の近くまで軽く触れる。
疑念は、確信に変わった。
「ちゃみ子」
僕は髪を整えるフリをして、ちゃみ子の耳に口を近づける。
「お前、昨日の夜――頭を洗っていないな?」
「なんで、わかった……」
ちゃみ子の顔は、若干引いていた。
「見れば分かる。僕を舐めるな」
「こわぃ……変態こわぃ……」
「昼休み、ゆっくり話を聞かせてもらうぞ」
「んなぁ……」
怯えたような鳴き声を漏らすと、ちゃみ子は顔を腕に埋めるのだった。
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持崎湯葉