第13話 ポニーテールをご所望
スマホのアラーム音で目を覚ます。
木漏れ日が降り注ぐ、学校の中庭のベンチ。
ちゃみ子は依然として、僕の太ももを枕に眠っている。
なんでこの環境でそんな深い睡眠が取れるのか。
まあ僕も、うたた寝していたけれど。
「起きろちゃみ子」
「うゅ……」
「あと5分で昼休みが終わるぞ」
「がう……」
なんだ「がう」って。威嚇してんのか。
最近では、ちゃみ子と中庭で昼休みを過ごすのがルーティンとなった。
なぜならちゃみ子は、昼食を取った後に必ず膝枕を要求してくるから。
クラスメイトが見ている中、教室で膝枕しているのは流石に耐えられない。
とはいえ中庭も、決して僕たちだけが利用しているわけではない。
通行人や別のベンチにいる人は、見て見ぬフリしてくれればいいものを、ちゃんと好奇であったり怪訝であったりする視線を向けてくる。
だけどもうそんなの、慣れたものである。
「ほら、しっかり歩け」
「さうぅ、ねむいぃ……」
「見りゃ分かる。いいからちゃんと自分の足で歩け」
「おんぶ……」
「しないぞ」
中庭から教室へ向かう道中、ちゃみ子は僕に重心を預けながら歩く。
毎度おなじみの、寄りかかり歩きである。
寝起きのちゃみ子はより脱力状態となる。
遊び疲れて眠っている5歳児よりほんの少しだけ活力があるくらいだ。
なので僕たちはかなり密着したまま廊下を行く。
すれ違う生徒たちの視線は、言わずもがな。
ただ移動教室のたびに同じ光景を繰り広げているので、ぼちぼち「あ、いつものだ」といった反応をする生徒も出てきた。
間違いなく、付き合ってると思われているだろう。
あまつさえ、バカップルの類だと認識されているだろう。
でももう、いいよ。
別に好きな子とかいないし。
ちゃみ子の髪を自由にできるのなら、どうってことないのである。
「さう、おんぶぅ……」
「それだけは絶対にしないからな!」
とはいえおんぶだけは、絶対にしないのである。
***
教室に到着してちゃみ子を座らせたのち、5時間目の準備を手伝う。
「ほら、先生が来る前に水分取っとけ」
「んあ」
「あと今日は順番的に当てられるかもだから、準備しとけ。たぶんこの辺」
「んあ」
ちゃみ子はまだ寝起きの半目状態だ。
いや、デフォでこれか。
「さう」
「なんだ?」
「ポニテにして」
「なんで? 暑いのか?」
「いや、気分」
「仕方ないな……ほら、ピッと座れ」
「ぴ」
5時間目が始まるまで残り2分。
姫の要望により、長くもあもあな髪をポニーテールに仕上げるという緊急タスクが差し込まれた。
「なんでこんなギリギリになって言うかな」
「嬉しいでしょ? 私の髪に触れて」
「……あんま教室で言うな」
「んふ、さう変態だから」
僕が変態だと、なぜか嬉しそうなちゃみ子である。
「ちゃみ子ちゃんのサーヴァント役も、様になってきたねぇ葉山くん」
ちゃみ子の髪をブラシでまとめていると、江口が話しかけてきた。
「誰がサーヴァントだ」
「じゃあオカンだね」
「どちらでもない」
僕がちゃみ子に振り回されていると、なぜかいつも江口は愉快そうである。
意外と性格悪いのか?
「『なんでこんなギリギリになって言うの』って、私もよくお母さんから言われるもん」
「ああ……確かに母親が言いそうなセリフだったな」
実際こうしてポニテを作ってやっていると、もう完全に女子小学生とオカンの関係だな。
ちゃみ子は女子小学生じゃないし、僕はオカンじゃないけれど。
「さぁばんとって、なに?」
ふと、ちゃみ子が珍しく会話に入ってくる。
そんなに気になる単語だったか。
「サーヴァントは、使用人とか召使いって意味だよ」
アニメ好きゲーム好きだと、また別の印象があるけどね。
「ふぅん」
ポニテ仕上げ中であるがゆえ、ちゃみ子の顔は見えない。
しかし声の抑揚など微妙な変化から、ほんのり嬉しそうなニュアンスが感じられた。
「さうは、私のさぁばんと」
「そうそう」
「そうそう、じゃないが。ほらできたぞ」
失礼な会話が繰り広げられていた中、ポニーテールは完成。
無事に5時間目の担当教師がやってくる前にタスクを完了した。
「おぉ〜、可愛い可愛い。似合ってるねちゃみ子ちゃん!」
「んふ」
ちゃみ子は鏡で確認すると、満足げな顔をしていた。
「それにしても、葉山くんポニテ作るの上手すぎじゃない?」
「……そうか?」
「普通男の子にはできないでしょ。よくちゃみ子ちゃんの寝癖を整えたり、体育の前にもお団子を作ってあげたりしてるけど、なんでそんな上手にできるの?」
「それはほら、妹がいるから」
「あー、納得! 葉山くんは妹ちゃんと仲良しなんだよね!」
実は重度の髪フェチで、女子のあらゆる髪型アレンジも目が焼きつくほど動画を見て、イメージトレーニングも重ねて、身につけたんだ。
最近ちゃみ子で試したりもして。
とは、言えないよね。
引かれちゃうからね。
「んふ……」
鏡越しにこちらを見てくるちゃみ子は、実に愉快そうな表情である。
僕が自らの変態性を隠すために、必死にウソをついている様がそんなに楽しいか。
本日の晩ごはんに、ちゃみ子の嫌いな食材をひとつ混入してやろうと、そう決めた瞬間であった。
「あ、それとさ」
江口が思い出したかのように、言う。
「最近ちゃみ子ちゃん、髪が綺麗になった気がするけど、何か――」
「だよなっっ⁉︎」
「⁉︎」
思わず過剰に反応してしまった。
その大声には江口だけじゃなく、クラスの面々も驚いていた。
「ど、どうしたの葉山くん……?」
「す、すまん……僕も同じこと思ってたから。共感だよ共感」
「でっけぇ共感だったねぇ……」
自分でも驚きである。
ちゃみ子の髪を褒められただけで、魂が震えるほどの喜びを爆発させてしまった。
「んふんふ」
ちゃみ子の方を見る。
鏡に映っていたのは、紅潮している僕の顔と、愉悦に浸っているちゃみ子の顔。
決めた。ちゃみ子の嫌いな食材をさらにもうひとつ追加しよう。
「それでちゃみ子ちゃん、どうやって綺麗にしたの? シャンプーとかトリートメントを変えたの?」
「んー」
ちゃみ子は少し考えたのち、答えるのだった。
「美容師を、変えた」
「そうなんだ? 上手な人なんだね」
「うん、上手」
「………………」
「あと変態」
「変態⁉︎」
誰が変態だ。