09 向かう先は
エマが急いで向かった先は本屋だった。
(遅くなってしまったわ……中にいるかしら……)
夕暮れ時になってはいたが幸いにも本屋はまだ開いていた。
エマは飛び込むように扉を開けた。
「お嬢様!」
そこには慌てた様子のサラの姿があった。
「サラ!ごめんなさい!遅くなってしまって」
「私もパンを買うのに思ったより時間がかかってしまって……本屋に来た時にはもうお嬢様はいらっしゃらず……でも闇雲に外に探しに出て、入れ違いになるわけにもいかず、どうしようかと……」
エマは罪悪感で胸がギュッと痛んだ。
「本当にごめんなさい。実はあなたにパン屋に行ってもらった後、色々あったの。……でも今は急いで戻らなきゃ」
「どこへ!?」と驚くサラの手を引いて本屋を後にした。
サラには霊の声を聞いたことは言うわけにはいかなかったので、噂で聞いた幽霊屋敷が気になって見に行ったことにした。
そこでエミリーという少女と、調査をしているという青年に会ったこと、そしてエミリーの母の遺した帳簿のこと、それを狙う男達がいることをエミリー達の元へ戻る道すがら説明した。
「お嬢様!なんてことを……!もし何かあったら一体どうするおつもりだったんですか!」
サラは怒っている。当然だ。
怒ってはいるが、心配してくれているということが伝わりエマの胸は熱くなった。
前世ではそんな人はいなかったから。
そして、怒りながらもエマの手を振り解かずついて来てくれた。
***
エミリー達の元へ戻ると2人へサラの事を紹介した。
青年は警戒していたが、エマが一番信用している侍女だと言うと渋々受け入れてくれたようだった。
「彼女はサラ。私の侍女よ」
エマはサラを2人に紹介した。
「初めまして、ローズベリー伯爵家にお仕えしているサラ・ブレナンと申します」
サラはエマの言葉を受け、2人に向かって丁寧にお辞儀をした。
すると、その言葉に青年が反応した。
「ローズベリー伯爵家……?」
青年は一瞬驚いたように目を見開き、それからエマをじっと見つめた。
「すると、君は……」
「そういえばまだ名前も言ってなかったわね。私はエマ・ローズベリーよ」
エマは今更だけど、と少し照れながら名乗った。
「そうか……俺は……レオン。そう呼んでくれ。……とりあえず今は、な」
レオンと名乗った青年は言葉の最後で含みを持った笑みを浮かべた。
エマはそのレオンの様子が気になったが、その意味が分かるのはもう少し先。
そして、この出会いがエマの人生を大きく変えてしまうということを今は知る由もなかった。
「……私はエミリー・ウェルナーっていうの」
エミリーもおずおずと自己紹介をした。
「エミリー、改めてよろしくね」
サラは優しく微笑み、エミリーの頭を撫でる。
さて、とレオンが切り出した。
「悪いが、ゆっくしている暇はない。奴らが探しに来るかもしれないからな」
レオンの言葉に、エマもサラも頷いた。
「急ぎましょう」
エマがエミリーの手を優しく握りしめる。
「ええ」
エマは深く息を吸い、気を引き締めた。
そして、一行は足早にその場を後にした。
——追っ手が来る前に。