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85 目覚め

意識が、ゆっくりと浮上した。


瞼の裏に残るのは、重たい眠りの名残。

身体は思うように動かないが、頭だけは冴えていた。


(……また、同じ時間だ)

胸の奥に残っていた重さが、少しずつ引いていく。

――この感覚も、ここ数日で覚えてしまった。


眠りから浮上するのはいつも似たような時間だった。

そして意識が浮上してすぐ、誰かがやってきて薬を飲ませるのだ。

そうしてまた深い眠りに落ちていく。


だが、今日は何かが違っていた。


西翼の夜は、音がない。

その静けさが、かえって異物の侵入を際立たせる。


――足音。


控えめで、だが迷いのない歩幅。


扉の前で止まり、


「起きているな」


低く、抑えた声。


ライオネルは、ゆっくりと視線を上げた。


「……ノックもないのか」


返事は、それだけで十分だったらしい。


扉が開く。


入ってきたのは、第一王子だった。


護衛は伴っていない。

それ自体が、異例だった。


「顔色は……思ったより悪くない」


視線が、短く、しかし正確に室内をなぞる。

薬瓶、封じられた窓、簡素な寝台。


評価するような目だった。


「療養中の弟を見舞うには、随分と遅い時間だ」


皮肉を込めて言うと、第一王子は肩をすくめた。


「今でなければ、話せないこともある」


一歩、距離を保ったまま立つ。


「……いつまで、ここにいるつもりだ」


問いは、穏やかだった。


だが、選択肢は与えていない。


「さあ」


ライオネルは視線を逸らさず答える。


「許可が下りるまで、だろう?」


第一王子は、一瞬だけ口元を歪めた。


「許可を待つ性格だったか?」


「今は、そういう立場らしい」


沈黙が落ちる。


やがて、第一王子は声を落とした。


「今から二時間後――警備が緩む」


その言葉は、説明ではなかった。

忠告とも、命令ともつかない。


「巡回の交代と、配置変更が重なる」


「そして急な配置変更で薬を飲ませ忘れるかもな」


「偶然に」


言い切る。


「……それを、俺に教える理由は?」


第一王子は、すぐには答えなかった。


代わりに、視線を合わせる。


「選ぶのは、君だ」


「ここに留まるなら、誰も追及しない」


「出るなら――戻れない」


それは、脅しでもなければ、励ましでもない。

事実の提示だった。


ライオネルは、短く息を吐いた。


「俺が消えれば、都合が悪い人間もいるだろう」


「都合がいい人間もいる」


即答だった。


その速さが、かえって何も語らない。


第一王子は、踵を返しかけて、足を止める。


そして、振り返らずに言った。


「……生きていろ」


一拍。


「それが、今の私にできる最大限だ」


扉が閉まる。


鍵の音はしなかった。


静寂が戻る。


ライオネルは、天井を見上げたまま、しばらく動かなかった。


二時間後。


その言葉だけが、静かに時を刻み始めていた。

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