76 驚きの対面
翌日の午後、ローズベリー邸に来客があった。
玄関先で執事が恭しく名を告げたとき、応接間に集まっていた家族の間に軽いざわめきが走った。
「エマ様、昨日のお客様がお見えです」
その言葉を聞いた瞬間、エマの胸は跳ねるように高鳴った。
だが、父と母はまだ、その言葉に深い意味を見いだしていないようで、顔を見合わせて小さく頷き合っただけだった。
父は軽く咳払いをして立ち上がり、にこやかに言った。
「せっかく娘とご縁をいただいた方だ。ご挨拶くらいは、父としてしておかねばな」
エマの兄も興味深げに眉を上げた。
「珍しいな、父上が直接応対されるなんて」
面白いことが起こりそうだ、とニヤついている。
やがて重厚な扉が開き、背の高い青年が執事に先導されて入ってきた。すらりとした姿勢、整った顔立ち、穏やかに漂う気品。その瞬間、父の表情が凍りついた。
「……な……」
言葉にならぬ声が父の喉から漏れた。王宮勤めの長い父には、見覚えがありすぎる顔だった。玉座の間や式典で何度も遠目に見た青年――第二王子、その人にほかならない。
「ご無沙汰しております、ローズベリー卿」
ライオネルは柔らかな笑みを浮かべ、落ち着いた声で告げた。
「ライオネル……殿下……?」
父の声は震えていた。普段どんな場でも冷静沈着な彼の姿からは想像もつかないほどだ。
「ライオネル殿下? 第二王子の……?」
応接間の空気が一変した。母は驚きで扇を取り落とし、兄は信じられないものを見るように瞬きを繰り返す。エマは胸が張り裂けそうなほど鼓動を早めながら、ただ呆然とライオネルを見つめていた。
「どうか堅苦しい呼び方はなさらないでください」
ライオネルは軽く片手を上げて制し、真っ直ぐエマへと視線を送った。
「昨日のお礼をお伝えしたく、こうして参りました」
エマの頬が赤く染まった。家族の視線が一斉に彼女へと注がれるのを感じ、居心地の悪さと同時に、胸の奥で甘い誇らしさが芽生える。
父は深く息を吐き、震える手で額を押さえた。
「まさか……娘の交友相手が、第二王子殿下であったとは……」
「ご心配には及びません」
ライオネルは穏やかな声で続けた。
「私は一人の友人として、ただエマ嬢と語らう時間を大切にしたいだけなのです」
「今は……まだ」
と小声で付け加えたのを聞いたのはエマの母のみであった。
その言葉に、母の表情がふっと和らいだ。
兄も驚きは隠せないながら、妹を見つめる目に複雑な色を宿す。
エマは震える指先をそっと膝の上で組みながら、心の中で呟いた。
(……ライオネル様。こんなにも真摯に、挨拶までしてくださるなんて……)
やがて父は大きく頷き、深々と頭を垂れた。
「……殿下。愚かな父が気づかぬまま、失礼の数々を。どうかお許しくださいませ」
「顔を上げてください。私こそ、事を大げさにしたくないと名を隠して参りました。すべては私の我儘ゆえです」
穏やかな声と柔らかな眼差しに、部屋の緊張が少しずつ解けていった。
だが、エマの胸の鼓動だけはなお高鳴り続けていた。――父も母も兄も、ライオネルがただの客ではなく、王国の第二王子だと知ってしまったのだ。その事実は、彼女の世界を大きく揺るがしていた。




