74 ローズベリー家の夕食
その日の夕刻。
ライオネルを見送ったあと、エマは胸の鼓動がまだ落ち着かないまま食堂へ向かった。
食卓には父母と兄が揃っており、いつも通りの夕食が始まる――はずだった。
だが、料理が運ばれて間もなく、父がふと切り出した。
「……それで、エマ。昼間はバラ園に客人を案内していたそうだな?」
「っ」
フォークを握る手がぴたりと止まる。
(は、早い……もう耳に入ってるのね……!)
「王都からの殿方だと聞いたけど、どんなご縁なの?」
今度は母が、穏やかに微笑みながら尋ねてくる。
「え、えっと……」
エマは必死に平静を装おうとする。
「以前たまたま出会って……危ないところを助けていただいたんです」
「危ないところだと?」
父の眉がひそめられる。
「い、いえ! 大したことでは……本当に!」
慌てて首を振り、必死に笑顔を作る。
「とても礼儀正しい方で……それに、庭を褒めてくださいました」
「庭を、ねえ」
兄がにやりと笑う。
「褒められたのは庭だけ、かな?」
「お兄様!」
エマは顔を真っ赤にして、思わず声を上げた。
「ふむ……」
父は咳払いをして、わざとらしく真面目な顔を作る。
「まあ、ローズベリー家の娘がどんな人物と縁を持つのか、父として気になるのは当然だ。それに私の薔薇を見て感動しない者などおらん! 王都のどの庭園よりも誇れる出来だからな」
母がくすりと笑い、静かに紅茶を口に含む。
「でも、エマが誰かに庇われたり、誰かを気遣ったり……そんなお話を聞くと、私も嬉しいわ」
エマは母の言葉に胸がじんと熱くなる。けれど、兄がまた茶化すように言った。
「ふむ、では近いうちに“殿方を正式に食卓へ招く”日が来るかもしれんな」
「もう! お兄様!」
エマは抗議し、兄を睨みつける。
「確かに……」
父は低く唸り、テーブルを軽く叩いた。
「その殿方、親である私に挨拶もなく帰って行ったな」
「挨拶なんてそんな……それに、お急ぎだったみたいで……」
エマが小さく答えると、父は眉間に皺を寄せた。
「急ぎであろうが何であろうが! 娘を連れ立って庭を歩いたのだ! 交際かどうかはともかく、好意があるならば、まず親に挨拶するのが筋というものだ!」
母がくすくす笑いながら「まあまあ」となだめるが、父は続ける。
「私は決して“交際を許さぬ”とは言っていない。だが――」
父は視線を宙にさまよわせ、苦い顔をした。
「……まだ早い。エマには……いや、世間的にはもう十分な年齢だが……父親の心情としては、まだ早いのだ!」
「お父様……」
母が微笑ましげに見守る中、兄がにやりと笑う。
「つまり、“娘を嫁にやるのは惜しいが、縁談を見逃すのも惜しい”ってことですね」
「そ、そういう単純な話ではない!」
父は赤らめた顔で否定する。
「私はただ……娘が真剣に誰かと向き合うなら、その相手が誠実であることを、この目で確かめたいだけだ!」
エマは顔を真っ赤にし、俯いてスプーンを握りしめた。
(まだ……交際なんて、そんなはっきりしたものじゃないのに……!)
母はエマの様子に気づき、やさしく笑みを向ける。
「でも、エマ。あなたが幸せになれる相手なら、お父様もきっと納得するわ」
父はむっつりしたままワインを口に含み、わざとらしく咳払いをした。
「……まあ、とにかく。今度会うときは必ず私に挨拶させなさい。礼儀は守らねばならんからな!」
「~~~~っ!」
エマは両手で顔を覆い、もうこれ以上耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいになった。
その夜の食卓は、父の複雑な愛情と家族の笑いで、にぎやかに過ぎていった。




