71 火花散るバラ園
約束通り、エマはライオネルをバラ園へ案内した。
朝の光を浴びた薔薇たちは盛りをわずかに過ぎてはいたが、昨夜の雨露をまとって一層鮮やかに映え、庭全体が静かな華やぎに包まれている。
「ここが……」
ライオネルは足を止め、息をのんだ。
「噂に違わず、見事な庭だな。これほどの薔薇は王都のどの庭園でも見たことがない」
エマは少し誇らしく微笑んだ。
「ありがとうございます。父が大切にしている庭ですけれど、世話をしてくださる庭師の方のおかげでもあるんです」
そのとき、背後から土を踏む軽い音がした。
「お嬢様、こちらにいらしたんですね」
振り向けば、茶髪を後ろで束ねた若い庭師――ルークが、手に剪定ばさみを持ったまま立っていた。
「薔薇の様子を見に来られたのですか?」
「ええ、ルーク。今日は……客人をご案内しているの」
エマが紹介すると、ルークの視線がライオネルに向けられる。
「……なるほど。お客様、ですか」
その目が一瞬、鋭く光ったように見えた。
ライオネルもまた、にこやかに見せながらも、どこか挑むような笑みを返す。
「君がこの庭を世話している庭師か。なかなか腕が良いようだ」
「ありがとうございます」
ルークの声は穏やかだが、わずかに固い。
「けれど、まだまだ先代の庭師には及びません。お嬢様に満足いただけるよう、精一杯務めております」
「そうか」
ライオネルはわざとらしく腕を組み、ゆっくりと薔薇の列を眺めた。
「君の努力は称賛に値する。……だが、この庭が一層美しく見えるのは、君のおかげでもあるが」
さりげなくエマへ視線を送る。
ルークも負けじと微笑を浮かべた。
「えぇ。 お嬢様は、薔薇よりもずっと……お美しいですから」
――その場の空気が、ぴん、と張りつめた。
エマは慌てて間に入った。
「あ、あのっ! 二人とも、薔薇の話を……薔薇の話をしましょう? ね?」
(どうしちゃったのかしら? ルークは普段控えめで、口数も少なくて……こんなこと言う人じゃないのに)
しかしライオネルは「ふむ」と意味ありげに喉を鳴らし、ルークは「ええ」と静かに頷いた。
言葉は丁寧なのに、二人の間には見えない火花が散っているようだった。
(な、なんだか……空気が怖いわ……!)
エマは心の中で冷や汗をかきながら、薔薇のアーチを指差した。
「と、とにかく! こちらのアーチは、先月新しく植え替えたものなの。ほら、白薔薇が満開で――」
けれど、ライオネルもルークも、花そのものよりも互いの存在の方に意識が向いているらしく、同じように「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
(……どうしましょう。これから、二人を一緒に案内するのは……とても、とても大変な気がするわ……)
エマは思わずバラ園の奥を見やり、そっと小さく溜め息をついた。




