07 束の間の再会
エマたちが廊下の奥へ進んでいると、ふと入り口付近から重い足音が響いた。
それは見るからに粗暴な男達が3人ほど入ってくるところだった。
「この帳簿を探している連中かもしれない」
青年が呟く。
エマたちは咄嗟に薄暗い廊下へ引き返した。
男たちは、最初は屋敷の入り口付近で何事もないように通り過ぎていく。
しかし、薄暗い廊下の中を進む内にエミリーがふと何かに躓き、小さな音を立ててしまった。
「……わっ!」
その一瞬の物音に、男たちの注意が鋭く向けられる。
「おい!誰かいるぞ!」
男たちが乱暴に足音を立てながら、屋敷内へと押し入ってきた。
エマは一瞬のうちにエミリーを抱きしめ身をひそめる。
「静かに、急ごう」
青年が低い声で囁く。
しかし、男たちはすでにその物音で、隠れているものの存在を察知し始めていた。
一人の男が、隠れ場所の近くに足を踏み入れ、灯りをかざしながら叫んだ。
「隠れているんだろう! 出てこい!」
エマは心臓が激しく打つのを感じながら、必死にエミリーを抱きしめた。
青年は、鋭い眼差しを隠し場所の扉越しに向け、静かに状況を伺っていた。
その時エミリーが恐怖と混乱で、彼女の身体がわずかに震え、隠れている中でかすかに声が漏れた。
「……ママ……」
その声が、男たちの耳に届いた瞬間、男たちは互いに顔を見合わせ、不穏な表情を浮かべた。
「こっちにいるな! もっと探せ!」
男たちは、押し寄せるように隠れている場所の周囲を探し始めた。
エマたちは息を潜め隠れていたが見つかってしまう。
青年は素早く動き、隙をついて男達を次々と床に沈めていった。
しかし残る男の一人がエマたちに気付き猛然と手を伸ばす。
エマはエミリーを必死に胸に抱きしめながら、ぎゅっと目を閉じた。
すると――
背後から、まるで一陣の冷たい風のように、青白い光が現れた。
それは、エミリーの母――すでにこの世にはいないはずの存在だった。
『……この子に……指一本でも触れてみなさい……!』
低く、厳かに、しかし力強い声が響くと同時に、霊の姿は部屋全体に広がり始めた。
男たちはその瞬間、足がすくむような表情を浮かべ、叫びながら後ずさり、次々と逃げ出していった。
「ママ!」
エミリーは、母親の霊に駆け寄るとしがみついた。
「ママ!ママ!……会いたかった……!」
泣きじゃくりながらも必死に言葉を紡ぐ。
『……ごめんね……迎えに行けなくて……本当にごめんね……』
エミリーの母親は悲しみを滲ませながら、エミリーを強く抱きしめた。
「……これは一体……何が……」
青年は逃げていく男達を警戒しながらも、突然現れたエミリーの母親の霊を見つめ、驚きに満ちた顔で立ち尽くしていた。
エミリーの母親は、ゆっくりと微笑みながらエミリーを見つめる。
『……ありがとう。守ってくれて……』
姿が淡い光の中に溶け込むように段々と薄くなっていく。
『……あなたのことを、ずっと愛しているわ……』
エミリーの母親はまるで力を使い果たしたかのように目を閉じた。
「ママ……!行かないで!ママぁ!」
エミリーは母親の服を必死に握りしめたが、やがて手からすり抜けるように消えてしまった。
エミリーはその場に蹲り、声をあげて泣き崩れる。
エマは駆け寄り、エミリーが落ち着くまで優しく抱きしめた。
***
エミリーの嗚咽が次第に収まり、ようやく落ち着きを取り戻した頃、
「エミリー、少し落ち着いた?動けそう?……ごめんね……ここはまだ危険かもしれないから……」
エマは申し訳なさそうにエミリーに問うた。
エミリーはまだしゃくりあげてはいたが、頷いて立ち上がる。
エマはそっとエミリーの背中をさすりながら、青年へ視線を向けた。
「さあ、ここから出ましょう」
青年は帳簿を胸に抱え、静かに頷いた。
「ああ、急ごう。今も安全だとは言えないからな」
外では、夕暮れの薄明かりが広がり、町のざわめきが遠ざかっていく。
エマはエミリーの手をそっと握りしめた。
三人は注意深く、しかし急いで屋敷を後にした。