68 ほろ苦い結末
数日が過ぎ、屋敷にはようやく本来の静けさが戻っていた。
昼下がりの光が廊下に差し込む中、エマは書庫へ向かう途中でハリスに呼び止められた。
「お嬢様、少々お時間をよろしいでしょうか」
その声の低さに、エマはすぐに察した。
「……リジーのことね」
ハリスは静かに頷いた。
「はい。本日付で、正式に屋敷を去りました」
エマは一瞬、足を止める。そして、ほんの少しだけ目を伏せた。
「そう……そうなったのね」
感情は表に出さなかった。けれど、胸の奥に小さな鈍い痛みが灯るのを、確かに感じた。
「盗みを働いた者を、この屋敷に留めておくわけには参りません。彼女の年齢や事情を考慮しても、例外にはできませんでした。申し訳ありません」
その言葉に、エマは小さく首を横に振った。
「謝らないで、ハリス。それが当然の判断よ。……リジー自身も、それは分かっていたと思うわ」
そう――あの夜、リジーはすでに覚悟していたのだ。
“謝ること”が、過去をなかったことにしてくれるわけではないことも。
「ただ、彼女のこれからが心配で」
エマが小さくつぶやくと、ハリスは少しだけ表情をやわらげて言った。
「それについては手を打ってあります。古い友人のもとへ紹介しました。質素な暮らしになりますが、真面目に働けばきちんと生活は成り立ちます。住まいも併設されており、安心できる場所です」
エマは深く息をつき、そっと頷いた。
「そう……ありがとう、ハリス。リジーも、きっと感謝してると思うわ」
「願わくば、彼女が今回のことを自らの中で受け止め、やがて誇れるような人生を歩めますように」
「ええ。……そうなるといいわね」
それだけ言って、エマは再び歩き出した。
数歩進んでから、ふと振り返る。
「ハリス。……彼女、泣いていた?」
ハリスは一瞬だけ間を置き、そして静かに答えた。
「ええ。けれど、涙は最後まで誰にも見せまいとしていました。扉の外で、ほんの少しだけ、声が洩れていましたが」
エマは目を伏せて、静かに頷いた。
「……そう」
バラ園から吹く風が、どこか遠くの記憶を運んでくる。
もうリジーの姿はない。けれど、あの夜、彼女が土の上に落とした涙――それだけは、庭のどこかに、今も残っているような気がした。




