表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/85

66 懺悔

エマはそっと手を伸ばし、リジーの背中に触れた。目を伏せたまま、夜気の冷たさが頬をなぞり、バラの葉が風に揺れるかすかな音が、静かに耳に届く。


「じゃあ……一緒に行きましょう。マーガレットさんのところへ」


その言葉に、リジーは小さく身を震わせた。


「い、いま……ですか?」


「ええ。夜が明ける前に。――あなたの気持ちが本物なら、きっと伝わるはずよ」


エマが立ち上がると、リジーもふらつきながら体を起こす。埋め戻された土の跡に、もう一度だけ視線を落とし、彼女は深く息を吸った。


そのとき――


どこかから、少女の笑い声が風に乗って届いた。


木の葉が擦れたのでも、風が鳴いたのでもない。確かに、誰かの声。小さく、楽しげな笑いだった。


エマははっとして足元を見る。バラの根元には、すでに静かな土の気配しかなく、あの不穏な空気は、やわらいでいた。


「いまの……」


リジーが震える声でつぶやく。エマは何も言わずに頷いた。


「きっと、待っているのよ。あなたの言葉を」


リジーは深く頭を下げ、それからゆっくりと顔を上げた。


「……行きましょう、エマお嬢様」


ふたりはそっと歩き出した。夜露に濡れた石畳を踏みしめながら、夜の屋敷へと続く小道を。


バラの根元に、ひとしずく落ちた涙のあと――そこに、小さな銀の光がきらりと瞬いた。それは月明かりよりわずかに早く、音もなく消えていった。


***


エマはリジーの震える手をしっかり握りながら、無言のまま歩いた。灯りの落ちた廊下を抜け、夜の静けさに包まれた屋敷を進んでいく。リジーは何度かつまずきそうになりながらも、ひたむきに前へと歩を運んでいた。


やがて、使用人棟の奥――マーガレットの部屋の前に辿り着く。


「……わたし、できるかな」


リジーが小さくつぶやいた。


エマは手をぎゅっと握り返した。


「大丈夫。うまく言えなくてもいい。伝えようとする気持ちは、きっと届くわ」


リジーは唇をきゅっと結び、そっと頷いた。


エマが扉を軽くノックする。しばらくして、中からかすかな足音が聞こえ、戸が静かに開いた。


「……お嬢様? こんな時間に……」


眠たげな顔で現れたマーガレットは、エマの後ろに立つリジーに目をとめ、ゆっくりと表情を引き締めた。


「何か……ありましたか?」


エマは静かに頷いた。


「リジーが、あなたに話したいことがあるの」


通された部屋はほのかに香草の匂いが漂い、暖炉の火はすでに落ちていたが、まだわずかにあたたかな気配が残っていた。窓から差す月明かりが、部屋をやさしく照らしている。


リジーは膝をつき、深々と頭を下げた。


「マーガレットさん……わたし……っ」


声が震え、なかなか言葉にならない。エマはそっと寄り添い、何も言わずにその肩に手を添える。


「……ペンダントを……盗みました……」


ようやくこぼれたその言葉はかすれながらも、静かに部屋の空気を震わせた。


「とても綺麗で……つい、手に取ってしまって……返そうと思ったけど、怖くなって……庭に埋めてしまいました。本当に、ごめんなさい……」


しばらくの沈黙が流れた。


マーガレットは目を伏せたまま、じっとリジーを見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。


「……探したの。母の形見だったから」


その声には怒りではなく、静かな哀しみが滲んでいた。


「失くしたことも悔しかったけど――なにより、あなたが何も言ってくれなかったことが悲しかった。ペンダントが消えてから、あなたは私の目を見なくなったの。……もしかしたらとは思ってた。でも、自分から話してくれる日を、ずっと待ってたのよ」


リジーは涙をこぼしながら、なおも深く頭を下げ続けた。


「どうか……どうか、許してください……」


椅子を離れたマーガレットが、そっと膝をつき、リジーの背に手を添える。


「……母が生きていたら、きっとこう言ったと思う。“間違いを認めた人を、罰だけで閉じ込めてはいけない”って」


震える声に、リジーは顔を上げた。


「だから……許すわ。二度と繰り返さないと、誓えるなら」


リジーはこくこくと、何度も頷いた。


そのとき――


窓の外に、ふわりと淡い光が舞った。夜の静寂のなかに、やさしい気配がすっと通り抜けていく。


エマがそっと目を向ける。バラ園のほう。風に揺れる葉のすき間に、少女の影が一瞬だけ浮かび、そしてゆっくりと消えていった。


言葉はなかった。でも、その背中には、どこか安らぎのような静けさが宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ