64 夜のバラ園へ
蝋燭の炎が揺れる寝室で、エマは立ち上がる。
オードリー夫人に言われた言葉を思い出していた。
(“仲介者”……私が?)
そんな大それたこと、自分にできるのだろうか。
確かに、エマには“視える”力がある。けれど、だからといって恐怖を感じないわけではない。
夜の静けさが、余計に感覚を研ぎ澄ませていく。
彼女は、控えめな布のケープを羽織り、ゆっくりと寝室の扉に手をかけた。
軋む音を立てないよう、そっと廊下へと出る。
――夜の屋敷は、まるで別の場所のようだった。
昼間は見慣れた廊下も、今は長く黒い影に沈み、床に敷かれた絨毯さえも不気味に沈黙している。
けれど、エマの足取りは揺るがなかった。誰にも見られず、気づかれず、まっすぐに階下へと向かう。
――行き先は、バラ園。
あのロケットが見つかった場所。リジーの様子がおかしくなりはじめた場所。
そして、髪飾りが見つかった場所。
扉を開けると、ひんやりとした夜気が肌を撫でた。花の香りが、ほんのわずかに混じっている。
風に揺れる草の音。虫の羽音。
それらに混じって、エマはふと、何かの“気配”を感じた。
(……いる)
誰かがこちらを見ているような――あるいは、何かが近くにいるような。
だが、目を凝らしても、庭には誰もいない。バラの茂みが、ただ風に揺れているだけだった。
エマはそっと足を進める。かつてロケットと髪飾りが埋まっていた、あの一画へ。
――そのとき。
「……!」
足元が、ふいに湿った感触を帯びた。土が、誰かに踏みしめられた直後のように、ふっくらと柔らかく沈んでいる。
しかもそこには――小さな足跡があった。裸足のようにも見える、人のものだ。
(まるで今掘られたみたい)
月の光を頼りに、エマは膝をつき、ゆっくりと土に触れた。
掘り返した形跡。浅く、けれど明らかに“何か”を探すような痕跡。
「――誰?」
振り向いても、誰の姿もない。だが、風とともに、かすかな“すすり泣き”のような音が聞こえた気がした。
それは、人の声とも、風の音ともつかない、曖昧でかすかな音。
そのとき――
「……エマ様?」
背後から、不安げな呼び声がした。
振り向くと、そこにはランタンを手にしたリジーが立っていた。
彼女の顔は青ざめ、手がかすかに震えていた。
「ど、どうして外に……こんな時間に……」
「リジー、あなたこそ……」
エマが声をかけると、リジーははっとして唇を噛んだ。
「……わたし……」
その瞳に浮かぶのは、明らかな“怯え”と“罪悪感”だった。
――この娘は、何かを知っている。
エマはそっと立ち上がり、リジーに向き直る。
夜風が、二人のあいだを静かに吹き抜ける。
それは、まるですべての始まりであることを告げるようだった――。




