63 少女たちの夢
エマはベッドに腰を下ろし、手のひらの上にそっと髪飾りをのせた。
金属は冷たく、でもどこか優しいぬくもりを宿している気がする。
(あなたは……誰のものだったの?)
問いかけは声にならず、ただ胸の奥に沈んでいく。
エマはそれを小さな布に包み、枕元にそっと置いた。
そして静かに目を閉じた。
───
その夜、エマは眠りの中で、不思議な光景に迷い込んでいた。
そこは、見慣れたバラ園とは少し違っていた。花の茂みは低く、まだ植えられて間もないような、若々しい佇まいだった。夕暮れ時の柔らかな光が、薄紅色の蕾を優しく包みこんでいる。空気にはどこか懐かしい香りが漂っていた。
そんな中で、ふたつの小さな影が、陽だまりの中を駆けていた。
「まってよ、ベス! そんなに走ったら転んじゃうって!」
「へいき、へいき! クレア! ほら、早く!」
一人は、きりっとした瞳の少女。風になびく栗色の髪をリボンで束ね、手には小さな髪飾りを掲げている。
もう一人は小柄で、おっとりとした雰囲気をまとった子。淡い金髪がふわりと揺れ、追いついたときにはもう息を切らしていた。
2人はバラの茂みに座り込みお喋りをしている。
「クレアの髪飾りすごくきれいだよね」
クレアと呼ばれた少女は、嬉しそうに顔を輝かせ、髪飾りを外して見せた。バラの花をかたどった繊細な細工だった。水色の小さな宝石が少女の手の中で光ってる。
「うん、お母さまにもらったの。ね、すてきでしょ? これ、わたしの宝物なの!」
次の瞬間、場面が切り替わる。
クレアは、ひとり、バラの茂みをかき分けていた。
顔はくしゃくしゃに歪み、目には大粒の涙が溢れている。
「どうして……ないの……どうして、どこにも……!」
震える声。
手は泥にまみれ、指先には小さな傷ができて血が滲んでいた。
それでも、彼女は何度も何度も茂みを探し続ける。
「……お母さまにもらったのに……大事に、大事にしてたのに……」
――その痛ましさは、夢であるはずのこの景色を、どこまでも現実のように感じさせた。
そして、また場面は変わる。
日差しの差し込む部屋の隅。別の少女が、両膝を抱えて座っている。
(この子……)
そこには、ベスと呼ばれていた少女が膝を抱えてうずくまっていた。
「クレア、ごめんね……」
小さな声が漏れる。
「ちょっとだけ、意地悪したかっただけなの……。クレアばっかり褒められてて、ずるいって思った……。ほんの少しのつもりだったの。隠して、すぐ返すつもりだったのに……」
その声は震えていた。
「でも、あの日……クレアが事故に遭うなんて……わたし、思わなかった……!」
「こんなの、誰にも言えるわけない……。わたしが、あれを埋めたなんて……言えるわけ、ない……!」
胸を刺すような後悔の言葉が、静かに部屋に沁み込んでいく。
エマの胸が、締めつけられるように痛んだ。
――すべては、あの髪飾りから始まった。
ほんのいたずら心が、ひとつの“別れ”を引き起こしてしまった。
そして、ベスの心にはずっとその「後悔」が残り続けていたのだ。
* * *
「……クレア……ベス……」
エマははっと目を覚ました。
頬には、知らぬ間に流れていた涙のあと。
寝室は静まり返り、まだ夜の気配が色濃く残っている。
(あれは……夢? でも――)
胸の奥に残る温度は、ただの夢には思えなかった。
この夢は、あの髪飾りが見せたものだろうか。
髪飾り、バラ園、ペンダント――全てが繋がっている。




