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06 隠されていたものとは

エマは帳簿を胸に抱え、急いで書斎を後にした。


(エミリー……やっぱり、この子の母親の霊だったんだわ)


階段を下りると、少女――エミリーが不安そうにエマを見つめていた。


「大丈夫?」


「ええ、平気よ」


エマが優しく微笑んでみせると、エミリーは少しだけ安心したようだった。


青年はエマの手元にある帳簿に気づき、鋭い視線を向ける。


「それは?」


「暖炉の中に隠されていたわ。この子の母親の大事なものみたい」


青年は驚いたように目を見開いたが、すぐに帳簿を手に取ると、その場でページをめくり始めた。


「……これは」


彼の表情が一変する。


「やはり、ただの幽霊騒ぎじゃなかったか」


「何が書かれているの?」


エマが問いかけると、青年は少し躊躇した後、低い声で答えた。


「これは……貴族の財務記録の一部だ。だが、おかしい」


「おかしい?」


「本来なら記録されるはずのない取引がいくつも記されている。それに、この額……」


青年は険しい顔をして、しばらくページをめくっていたが、やがて大きく息をついた。


「……この屋敷に関わっていた貴族が、相当な額の金を不正に動かしていた可能性がある」


エマは息をのんだ。


「じゃあ、この帳簿は……」


「証拠だ。これが公になれば、関わった者はただでは済まないだろう」


青年の声には、先ほどまでの余裕がなかった。


エマは改めて帳簿を見つめる。


(エミリーの母親は、これを隠していた……そして、私に見つけさせた)


「……あなた、この帳簿をどうするつもり?」


青年はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。


「持ち帰る。これは俺の……いや、国にとって重要なものだ」


エマは青年を見つめた。


(やっぱり、この人……ただの役人なんかじゃない)


彼の言葉の端々から、ただの役人ではない何かが伝わってくる。


「……あなた、本当は何者なの?」


エマの問いに、青年は一瞬だけ動きを止めた。


だがすぐに帳簿を閉じ、静かに視線を向けてくる。


「ただの調査員だ」


「嘘ね」


エマははっきりとそう言い切った。


「普通の調査員が、こんな帳簿の異変にすぐ気づくはずがないわ。それに……最初からこの屋敷に何かあると知っていたでしょう?」


青年はしばらくエマを見つめていたが、ふっと小さく息をついた。


「……君は鋭いな」


「つまり、認めるのね」


「今は……言えることはない」


青年はわずかに眉を寄せ、口元を引き締めながらも、目には何かを隠すような深い影が宿っていた。


「そう。でも、あなたが敵じゃないことは分かったわ」


青年は少し驚いたように目を瞬かせた。


「どうしてそう思う?」


「あなたがこの帳簿をどうにかしようとしているのは、この国のためでしょう? 」


エマはそう言って、そっとエミリーの肩に手を置いた。


「でも、それより今はこの子を安全な場所へ連れて行くのが先決よ」


エミリーは二人のやりとりを不安そうに見上げていたが、エマの言葉に安心したのか、小さく頷いた。


青年はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに言った。


「……分かった。ひとまずここを出よう」


エマは頷き、エミリーの手を取り屋敷を出るべく歩き出した。


手元の帳簿には、この屋敷に関わっていた貴族が不正に動かしていた金の記録がある。


もしこの内容を知る者がいたとしたら、下手に持ち歩くのは危険かもしれない。


エマは隣の青年をちらりと見た。


彼は無言のまま、思案するように帳簿を抱えて歩いている。


エミリーは不安そうにエマの手を握りしめ、時折後ろを振り返っていた。

エマはエミリーの小さな手をそっと握り、微笑んで「大丈夫、私がついているから」と優しく囁いた。

エミリーは一瞬、目を閉じ、小さな頷きとともに、エマの温もりにほっとしたようだった。


「ねえ……ママが隠していたもの、そんなに大事なの?」


「……そうね。とても大事なものよ」


エマはそう答えながら、改めて青年に視線を向けた。


「あなた、本当にこれをどうするつもり?」


彼は立ち止まり、帳簿を見下ろした。


「これは脱税に関わる重要な証拠になる。だが、扱いを間違えれば危険だ」


彼の言葉には、慎重な響きがあった。


エマはじっと彼を見つめる。


偶然幽霊騒ぎを調べに来たにしては、あまりに帳簿の内容に詳しすぎる。


エマは深くは追及しなかったが、胸の奥で確信した。


(この人……やっぱりただの調査員なんかじゃない。国政の裏側に深く関わっているに違いないわ)


その時、静寂を破るように入り口から足音が響いた。

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