05 母親の霊
バタンッ!
突然、屋敷の奥の扉が閉まった。
エマは息をのむ。青年も鋭く視線を向け、少女は怯えたようにエマの服をぎゅっと握りしめた。
「……風のせい、ではなさそうだな」
青年が低く呟く。
確かに、屋敷は長い間放置されていたようだが、今のは風で偶然閉まった音とは違う。まるで何かが意図的に扉を閉じたかのような、重く響く音だった。
エマは鼓動を抑えながら、慎重に辺りを見回した。
すると、冷たい空気の中に、微かな気配を感じる。
(……いる。ここに)
目には見えないが、確かに“誰か”がいる。
その瞬間――
ギィ……
今度は別の場所で床板が軋む音がした。まるで、誰かがゆっくりと歩いているかのように。
少女がびくりと震える。
エマはそっと彼女を抱きしめながら、青年の方を見た。
彼は目を細め、音のする方をじっと見ていた。
「……どうやら、俺たち以外にも“何か”がいるらしいな」
「……ええ」
エマは小さく頷く。
(ただの怪奇現象じゃない……)
そう思った矢先、エマの耳に、はっきりとした声が届いた。
『こっち……』
囁くような、か細い声。
けれど、それは確かにエマを呼んでいた。
彼女はその声の方向へ視線を向ける。
屋敷の奥、古びた階段の先にある、半開きの扉。
『来て……見つけて……』
再び聞こえた声に、エマの背筋がゾクリとした。
だが、怖くはなかった。むしろ――
(何かを伝えようとしている……?)
エマはゆっくりと少女を青年に託しながら言った。
「……私、あの部屋を見てくる」
「待て、一人で行くつもりか?」
青年が眉をひそめる。
「……私が行かなくちゃ。何か、大事なものがある気がするの。」
そう言いながら、エマはそっと階段を上がる。
ギシ……ギシ……
足元の板が軋む音が、静寂の中に響く。
やがて、半開きの扉の前に立った。
エマは一度、小さく息を吸うと、意を決して扉を押し開けた。
――そこは、埃っぽい書斎だった。
古びた本棚、使い込まれた机、そして、壁際には暖炉がある。
部屋自体はがらんとしているが、何かが残されている気配があった。
(何を……探せば……)
その時、微かに冷たい空気が流れた。
『……ここ……』
また、あの声がする。
エマは周囲を見渡し、暖炉の前で足を止めた。
(暖炉……?)
そっと指で埃を払うと、ざらりとした感触がした。
すると――わずかに浮き上がっている石があるのに気づく。
慎重に手をかけ、それを持ち上げると、中には布に包まれた何かがあった。
中身を取り出すと、一冊の本。
(本……? いえ、これは……帳簿?)
パラパラと捲ると、びっしりと数字が記されている。
それを見た瞬間――背後に、冷たい気配を感じた。
エマの背筋が凍る。
(……誰か、いる……?)
ゆっくりと振り返ると――
そこには、一人の女性が立っていた。
エマは一目で、彼女がこの世のものではないと悟った。
「あなたが……私をここへ呼んだのね?」
『見つけてくれて……ありがとう……あの子を……エミリーをお願い……』
「この帳簿? これは一体……?」
エマが問いかけるが、女性の霊は微かに微笑むだけだった。
やがて、薄れていく。
最後にもう一度、『お願い』と呟くと、彼女はふっと消えてしまった。
まるで、全てを託したかのように――。