48 デートの誘い
エマがふんわりと微笑みながら頷くと、ライオネルはわずかに口元を緩め、照れたように視線を逸らした。
「……じゃあ、息抜きでもしようか。たまには、何も考えずに過ごす時間も必要だよ」
「え?」
きょとんとするエマの表情に、ライオネルはくすりと笑い、小さく肩をすくめた。
「君が無理をしていないか、確かめたいっていうのもあるし……僕自身、君とゆっくり話がしたいと思ってた」
「それって……」
ライオネルは、少しだけいたずらっぽく笑った。
「うん。君をデートに誘ってるんだ」
その笑みは、いつもよりずっと穏やかで、どこか照れくさそうだった。
エマの胸がどくんと跳ねる。
「で、でも……私たちが一緒に街を歩いていたら、目立ちすぎてしまいます。ライオネル様は――」
「もちろん、変装くらいするさ。抜け道も馬車も、用意はある」
そう言って、ライオネルはマントの内ポケットから小さく丸めた布を取り出した。それは、街の一般人がよく身につけている、粗末なフード付きのケープだった。
「王宮から時々抜け出してると、こういう小道具も自然と増えるんだ。ちょっと悪いことをしてる気分になるけど……君と過ごすなら、何度でも抜け出したくなるよ」
「……そんなの、ずるいです」
エマは頬を染めて、そっぽを向いた。
ライオネルは、わざと軽い調子で言葉を続けた。
「君を攫ってでも連れ出したい、って言ったら引かれる?」
「はい、ちょっとだけ」
「でも、君も少しだけ行きたくなったんじゃない?」
エマは静かに目を閉じ、そしてふっと笑った。
「……ええ、少しだけ、です」
ライオネルの表情がやわらぎ、その場の空気がほころぶ。
その瞬間、遠くからサラの呼ぶ声が聞こえてきた。
「お嬢様ー! そろそろ帰りましょう!」
エマは「あとでごまかさないと」と小さくため息をつき、馬車へと足を踏み出した。
「じゃあ、デートの案内――楽しみにしてて」
歩き出したエマの背に、ライオネルが声をかける。
「……はい、ライオネル様」
エマは少しだけ躊躇うように俯いたが、すぐに顔を上げると、まっすぐに返事をした。
「その時は、ただの“ライオネル”でいいよ。……エマ」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がふわりと温かくなる。彼の声が、自分の名を丁寧に包み込むように響いたその一言は、ささやかな魔法のようだった。
(ただ一言、名前を呼ばれただけなのに、心のどこかがほどけていくみたい)
夕日が完全に沈むころ、ふたりは別れた。けれど、その胸の奥には、ほんのりと甘い予感が灯っていた。
――次に会う時、私はきっと、今日より少しだけ素直になれている。
あの人の名を、今度は迷わず呼べるように。
ライオネルとエマの“特別な時間”は、静かに、けれど確かに始まろうとしていた。




