47 夕暮れに待っていたのは
事件の余韻がまだ体に残る中、エマは侍女のサラとともに屋敷を出た。サラが近くに待機している馬車を呼びに行く。
エマは屋敷の門の前でふと振り返った。
(セリーナ嬢のこと、あれでよかったんだよね……)
心にざらついた感触が残る。救えたのか、解き放てたのか。はっきりとした答えは出ない。だけど――。
「……お疲れのようだね」
その声に、心が跳ねた。
「――っ!」
振り返ると、夕暮れの光の中に、見覚えのある長身の青年が立っていた。軽く髪をかきあげ、いつものようにどこか余裕のある笑みを浮かべている。
「ライオネル様……!」
エマが驚いて名前を呼ぶと、彼は少しだけ目を細めた。
「……ようやく、君に会えた気がする。なんだか、しばらく君を追いかけてばかりだった」
「え……?」
「君が市場に出たと聞いて追えば、すでにもう帰った後。屋敷に顔を出せば、今度はセリーナ邸で騒動が起きている。君という人は、どうしてこうも目が離せないんだろうね」
少し皮肉めいたその言い方に、エマは肩をすくめた。
「……ごめんなさい。いつも、騒動に巻き込まれてばかりで」
「巻き込まれてるだけ、なのかい?」
ライオネルは静かに尋ねる。
エマの胸がきゅっと縮こまった。嘘をつける空気ではなかった。
「……ご存知のように私には、見えてしまうものがあるんです」
ゆっくりと、言葉を選びながらエマは口にした。
「それを、誰にも言わずにいました。でも……セリーナ嬢のことは、放っておけませんでした。あのままだったら、きっと――彼女は、自分を責め続けていた」
ライオネルは黙って耳を傾けていた。そして、言葉が途切れた瞬間、そっと一歩、エマに近づいた。
「それでいいんだと思う」
「……え?」
「誰かを救いたいと願って、そのために行動する君は、間違っていない。君の力が“普通じゃない”としても、僕にとっては、君そのものが――特別なんだ」
エマの瞳が揺れる。
「君が見ているもの、聞いている声、僕にはわからない。でも、それを信じている君のことは……僕は信じている」
まっすぐな言葉が、胸の奥に染みていく。
(どうして、この人は……こんなにも)
――怖れずに、私の「異質」さを見てくれるのだろう。
夕日が傾く中、ふたりの影が地面に寄り添うように伸びていた。
「君がひとりでいると思ったら……僕の方が、心配で仕方なかったんだ」
その言葉は、ただの同情ではなかった。優しさと、寄り添おうとする意思がこもっていた。
エマは胸の内で静かに答えた。
(この人となら、もう少し――心の奥にあるものを見せても、いいのかもしれない)
「ありがとう、ライオネル様」
静かに頭を下げたエマに、ライオネルはふっと微笑んで、彼女の帽子のつばにそっと触れた。
「じゃあ今度は、君の無茶を止める側に回らせてもらうよ。次に何か見えても、一人で抱え込まないでほしい」
エマは小さく笑って、こくりと頷いた。
「……努力します」
「……でもどうせ、君はすぐ顔に出るからね。僕の前では隠しきれないよ」
「それは……否定できません」
そんなやり取りの中に、確かな信頼と、柔らかな気持ちが流れていた。
風がひとすじ吹き抜け、花の香りがふわりと香った。
エマとライオネル――ふたりの距離は、確かにもう、以前のそれとは違っていた。
お気付きかもしれませんが、ライオネルはストーカーの気質がありますね。




