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37 舞踏会への招待

お茶会から数日が経った頃だった。

ローズベリー邸に王宮からの正式な書状が届いた。深紅の封蝋には王家の紋章――双頭の鷲が彫られている。


「舞踏会……?」


 エマは差し出された招待状を手に取り、内容を目で追った。そこには、王妃主催の夜会の案内と共に、「第二王子殿下より特別な賓客としてお名が挙がっております」との一文が添えられていた。


「まさか……殿下が?」


(先日王宮の温室でお会いした時には何も仰っていなかったのに…)


エマは首を傾げたが、参加の返事を書くため筆を取った。


***


 そして数日後の夜。王宮の大広間は煌びやかな光に包まれていた。貴族たちのきらびやかな衣装がきらめき、音楽と笑い声が響く中、エマは淡い銀糸のドレスに身を包み、慎重な足取りで会場へと入っていった。


 第二王子・ライオネルの姿もあったが、彼はエマを見つけると、驚いたように目を見開く。

彼女がここに来ると知っていた様子ではなかった。


(まさか……ライオネル様からの招待ではなかったの……?)


 エマが注意深く人々の視線を見回していると、不意に――


「ようこそ、お嬢様。お会いできて光栄です」


 背後からかけられたその声に、全身が粟立った。


 振り向けば、漆黒のマントを羽織った長身の男が、仮面越しにこちらを見下ろしていた。仮面は目元だけを隠しており、端正な輪郭だけが照明に照らされていた。


 “黒衣の男”。


 デビュタントの夜、ほんの一瞬だけ見かけたあまりに異質な存在。

今この華やかな場にあってなお、彼の佇まいだけがまるで別の世界のもののように見える。


 それなのに――周囲の誰も、彼に気づいていないかのようだった。あるいは、誰も“彼の存在”に触れようとしないだけなのか。エマは背筋に冷たいものが這うのを感じた。


「あなたは一体何者なの……?どうしてここに?」


「“ここ”に現れるのは、情報を求めている者と、情報を隠したい者、どちらかだ。君は、どちらだろう?」


 その声は低く、どこか芝居がかった調子を帯びていたが、瞳には明確な知性と警戒心があった。


「警告をしに来た。君の周囲に、もうひとつ“亡霊”が現れるだろう。今度のそれは、過去の亡霊ではない。……まだ、生きている」


 エマは思わず息をのんだ。


「それはこの間マリアンヌ様が倒れたことと関係が……?」


 男は答えなかった。ただ一枚の紙を懐から差し出した。それは、かつて王宮で絵画の修復に関わった者たちの名簿だった。そこに、ひとつだけ、赤い線で囲われた名前がある。


 ――「C・D・L」

 ――セリーナ・ド・ラ・ヴァール


赤い印を目にした瞬間、エマの中で点と点が繋がっていく。


(あの夢……マリアンヌが見た、塗りつぶされた肖像画。顔のない誰かに告げられた、“戻ってきた”という声……)


「彼女が、何をしたの……?」


 エマの問いに、黒衣の男はただ静かに口を開いた。


「それを知りたければ、君も“過去の宮廷”を辿る必要がある。……だが、覚悟しておけ。真実は、誰かの“希望”を踏みにじるものだ」


 次の瞬間、仮面の男は人混みに紛れるように姿を消した。


 ただ一人残されたエマは、名簿を握りしめながら、再び顔を上げた。


 宮廷の光の奥には、消されかけた記憶と、誰かの罪が潜んでいる。


(過去の亡霊が、生きている……?)


 その時、音楽がふと止んだ。

 まるで、この場全体が凍りついたかのような静寂――


 直後、会場の隅で侍女の叫び声が響いた。


「誰か! お嬢様が――倒れて……!」


 顔を伏せたまま倒れた少女の胸元には、エマがよく知る家紋が刻まれていた。


 それは――セリーナの従妹、クラリス・ド・ラ・ヴァールのものだった。

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