35 お茶会の攻防
ひとしきり談笑が続いた後、マリアンヌはふと庭園の噴水に視線を移した。
「そういえば――ローズベリー嬢。殿下とのご縁は、どのようなきっかけだったのかしら?」
唐突に放たれた問いに、エマはカップを静かに置き、微笑みながら応じる。
「偶然、お会いする機会があっただけですわ。深いご縁というほどのものではありません」
「まあ、それはご謙遜を。でも、あの夜、第二王子殿下があれほど積極的に話されるお姿――少なくとも、私は初めて拝見いたしましたわ」
柔らかな口調とは裏腹に、マリアンヌの視線は冷ややかに鋭さを帯びていた。取り巻きたちも言葉を失い、空気が張り詰める。
「……実は私、第一王子殿下のご母堂様と親しくさせていただいていて。最近では、殿下の婚約についてもお話が出ることが増えてまいりましたの」
さらりと告げられたその一言に、アメリアとレティシアが小さく息を呑む。
エマは表情ひとつ変えずに返す。
「それはおめでとうございますわね。王家のご縁ともなれば、国中が祝福することでしょう」
「ふふ……ありがとう。でも、王家はとても慎重ですから。ほんの些細な“不穏な噂”でも、話が立ち消えてしまうこともあるのよ。特に、王子殿下方のまわりは、ね?」
(――つまり、“噂”になれば、私と殿下の関係は障害になる、と言いたいのね)
エマは穏やかに視線を伏せながら、問いかけるように言った。
「第一王子殿下といえば、誠実で理知的なお方と伺っております。お相手にもきっと、同じ品位と節度をお求めになるのでしょうね」
マリアンヌが一瞬だけ目を細めた。だが、すぐにまた微笑を取り戻す。
「ええ、だからこそ、“周囲の噂”には本当に気をつけなければなりませんの。……ローズベリー嬢も、どうかお気をつけになって。ご自分では気づかぬうちに、誤解を招くこともありますから」
それはまるで、自身の立場を守るため、エマを“先手”で牽制する言葉のようだった。
エマは静かに微笑み返す。
「ご忠告、痛み入りますわ。肝に銘じておきます」
そのとき、セリーナがカップをそっと置き、ぽつりと呟いた。
「でも、もし第一王子殿下のご婚約が本決まりになったら……王宮の力関係も変わるでしょうね。ローズベリー嬢も、そろそろ身の振り方を考える時期かもしれませんわ」
一瞬、場の空気がぴんと張り詰める。取り巻きたちの視線が、再びエマに注がれた。
エマはその視線を真正面から受け止め、ふっと微笑を深める。
「そうですね。でも私は、風向きがどう変わろうとも、自分の立ち位置を見失わないよう心がけておりますの。……流されてしまうと、足元をすくわれてしまいますもの」
その言葉に、セリーナのまなざしが一瞬だけ揺れた。マリアンヌは笑みを浮かべたまま、カップに口をつける。
「まあ、ご立派なご覚悟。――でも、その“立ち位置”が誰かの邪魔になることも、あるのよ?」
エマは視線を上げ、真っ直ぐにマリアンヌを見つめた。
「ええ。だからこそ、誰かを傷つけるような立ち方だけは、したくないと思っています」
一瞬の沈黙ののち、レティシアが乾いた笑い声を上げた。
「まあまあ、お二人とも。お茶会ですもの、穏やかにまいりましょう?」
アメリアもそれに続き、少しばかり硬い笑みを浮かべた。
「ええ、本当に。でも、こうして率直にお話できるのも、親しい間柄ならではですわよね?」
場の空気はようやく緩み始めたが、言葉の裏に潜む火種は、なおも消えていない。
エマは最後の一口を口に含み、静かに立ち上がった。
「そろそろお暇いたしますわ。皆様と過ごすひとときは、大変刺激的でした。……お招き、感謝いたします」
マリアンヌも立ち上がり、礼を返す。
「こちらこそ。お話できて光栄でしたわ、ローズベリー嬢。……また、近いうちに」
「ええ。楽しみにしておりますわ」
エマは一礼し、控えていた侍女のサラと共にサロンを後にした。扉が閉じるその直前、エマの背に刺さるような視線を感じたが、彼女は振り返らなかった。




