34 マリアンヌのお茶会
春風が吹き抜ける午後、エマはマリアンヌ・クラレンスからの招待を受け、侯爵家の広大な庭園に設けられたお茶会に出席していた。
マリアンヌは淡いローズピンクのドレスに身を包み、完璧な笑みをたたえて迎えてくれた。傍らにはいつもの取り巻き三人――アメリア・コリングス、レティシア・クロムウェル、そしてセリーナ・ド・ラ・ヴァールが控えている。
「来てくださって嬉しいわ、ローズベリー嬢。先日の舞踏会では、ご迷惑をかけてしまって……本当にごめんなさいね」
そう言うマリアンヌの表情は優雅で柔らかいが、その謝罪の言葉にはどこか温度がなかった。エマは微笑を返しながら、頭を下げる。
「とんでもございません。お加減はいかがですか?」
「ええ、もう平気。あの夜は少し眩暈がしてしまって……慣れない靴だったのかしら」
マリアンヌはあくまで軽い調子で話すが、エマの中にはあの夜の不穏な空気がまだ残っていた。
お茶と菓子が運ばれ、談笑が始まる。会話の輪の中心はマリアンヌ。だが時折、その視線が鋭くエマに向けられる。
「そういえば、あの夜……あなたと王子殿下、ずいぶん親しげにお話ししていたわよね」
マリアンヌの瞳が、ちらりとエマを探るように向けられた。
「殿下、舞踏会では珍しく熱心だったそうね。あなたと踊っていたのを拝見したわ。しかも、あの方と踊ったのって……あなただけだったのでは?」
一瞬、周囲の空気が変わるのをエマは感じた。アメリアとレティシアが興味深そうにこちらを見る。
「ええ、たまたま……ご厚意で一曲だけ、です」
「まあ、殿下にしては随分ご厚意深いこと。あの方、普段は社交の場なんてほとんど顔を出されないのに……。お父上がご健在なうちは、ご自身の立場を強調したがらない方ですものね」
言葉は穏やかだが、その探りは鋭い。マリアンヌの指先がティーカップの縁をなぞる。
「本当に! あの殿下が踊るなんて珍しいのに……エマ様だけだなんて、ちょっと羨ましいですわ」
アメリアがうっとりしたように言葉を挟む。
「何か特別なお話でもされたのかしら?」
レティシアの視線も好奇心に満ちている。
「とんでもないです。ただの世間話を少し……偶然が重なっただけですわ」
エマがそう答えたとき、セリーナの膝の上に置かれた手が、きゅっとドレスの布を掴んだ。
――ぎゅ、と。
ほんの一瞬の動作。
マリアンヌはさらに一歩踏み込んできた。
「そう……偶然、ね。殿下って、実は本好きなのよ。たしか、文官の育成所にいたこともあったはず。そういう話でもしたのかしら?」
(どうしてそんな細かいことまで……?)
エマが答えあぐねていると、セリーナがぽつりと口を開いた。
「でも……殿下って、社交は避けてるように見えて、時々意外な方と親しくされるのね。去年の夏も、文書室で一人で何か調べ物をしてたと聞いたわ。庶民の税制についてだったとか……」
アメリアが驚いたように眉を上げる。
「そんな話、どこで聞いたの?」
「兄が下級文官として王宮に勤めているの。たまたま見かけたって言ってたわ」
「まあ、意外と堅実なお方なのね」
マリアンヌは小さく笑いながら、エマに視線を戻す。
「ふふ、エマ様は昔から控えめでいらっしゃるから殿下ともお話が合うのかしら。私たちみたいなお喋りばかりの者とは正反対ですわね」
マリアンヌは優雅に笑いながら言葉を続ける。
「でも最近はご活躍されてるという噂を耳にして、ぜひお話を伺いたいと思っていたの」
「活躍……ですか?」
エマが眉をひそめると、マリアンヌは笑みを深める。
「この間王宮にあなたが入っていくのを見たと耳にしましたの。 まさかとは思ったけれど」
ほんの一瞬、マリアンヌの瞳に宿った光に、エマの心臓がぴくりと跳ねた。
(……やっぱり、何か探られてる)
けれど、そこでセリーナがそっと紅茶を置き、微笑んだ。
「でも、王宮で噂になるようなことがあったなら……私も、少し聞いてみたいです」
穏やかな声音だったが、セリーナの視線はどこか鋭かった。
エマはカップを置き、優しく微笑み返した。
「本当に、噂というのは恐ろしいですね。王宮には、たくさんの方がおられますし、誰かとすれ違っただけでも、いろいろな想像がされるのかもしれません」
マリアンヌは、その言葉にふふっと笑う。
「まあ……それも、きっとあなたの魅力のせいね」
そして、カップを持ち上げながら、さりげなく視線を投げかける。
「これからも、私たちと仲良くしていただけると嬉しいわ、エマ様」
それは優しい声色をしていたが、どこか含みのある言葉だった。




