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03 屋敷の中へ

エマは人混みを抜け、屋敷の前に立った。


近くで見ると、屋敷は想像以上に荒れ果てていた。

木製の扉は黒ずみ、鉄の取っ手は錆びついている。窓ガラスは埃と泥で濁り、中の様子はほとんど見えなかった。


(本当に、誰かいるの……?)


先ほどの声が気のせいだったとは思えない。


エマは扉に手をかけ、そっと押した。


――ギィィ……


古びた蝶番が悲鳴を上げる。


中はひんやりとしていて、かび臭い空気が満ちていた。手入れされず放置されていたことが一目でわかる。


ホールの中央には大きな階段があり、二階へと続いている。埃の積もった床、剥がれた壁紙、蜘蛛の巣の張り付いた天井。


(こんな場所に、誰かが……?)


エマはそっと足を踏み入れた。


その瞬間――


バタンッ!!


背後で扉が閉まった。


エマは思わず振り返る。風か、それとも……


『……お願い……』


ふいに、すぐ近くで声がした。


エマは息をのむ。


今のは、確かに聞こえた。


辺りを見回すが、誰もいない。


(やっぱり……ここには何かがいる)


足元にちらりと視線を落とす。


そこには――


誰かの小さな足跡が、埃の上にくっきりと残っていた。


しかも、それは今ついたばかりのように見える。


(……この奥にいる)


エマは足音を忍ばせながら、そっと奥の部屋へと進んでいった――。


***



足跡を頼りに、エマは慎重に歩を進めた。


古びた屋敷の中は静まり返り、床板が軋む音だけが響く。


(ここに住み着いた浮浪者……じゃないわよね)


埃が厚く積もった床に残されたのは、明らかに子どもの小さな足跡だった。


(幽霊の仕業なの?それとも……)


エマは屋敷の中央、大広間へとたどり着いた。


かつては優雅な応接の場だったのだろう。だが、今では見る影もない。


『……お願い……助けて……』


――まただ。


エマは息をのむ。


今度ははっきりと聞こえた。


声のする方へ視線を向ける。


そこには――


誰もいないはずの椅子の上に、小さな影が座っていた。


エマの心臓が跳ね上がる。


それは、まだ幼い少女だった。


エマは慎重に一歩近づいた。


椅子に座る少女は、まるでそこにいるのが当たり前かのように佇んでいる。


(……幽霊?それとも――)


エマがそっと目を凝らすと、少女の肩がわずかに震えているのが見えた。


「……お姉ちゃん誰……?」


か細い声が響く。


エマは、一瞬戸惑いながらも、静かに答えた。


「……通りがかったの。あなたは?」


少女の瞳が揺れ、ぽつりと涙がこぼれる。


「……わたしは……施設にいたの……でもママに会たくなって帰ってきたの」


「施設?」


「……ママに、会いにきたの……でもママが……いなくて……」


「ママがいない……?」


少女はこくりと頷いた。


「……こわい……わたし……ママに会いたい……」


エマはそっと膝を折り、少女の頬を流れる涙に触れた。


(……温かい……息をしている……)


彼女は、確かに”生きている”。


「あなたのママは、ここに住んでいたの?」


少女は小さく頷きながら、かすれた声で答えた。


「……ママとわたしはここに住んでたの。でも、ある日、施設ってところに連れて行かれて……『必ず迎えに行く』って言われたのに……ずっと来なくて……だから、自分で帰ってきたの……」


エマは少女の細い肩にそっと手を置いた。


彼女の体は、わずかに震えている。


「……ママは、本当にここにいたのね?」


「うん……でも、どこにもいないの……待ってれば帰ってくると思ったけど……でも、夜になって、朝になって……それでもママは帰ってこなくて……」


少女はすすり泣きながら、エマにしがみついた。


エマはそっと彼女の背を撫でる。

少女の話から察するに昨日からこの薄暗い屋敷に一人でいたのだろう。


(……身体も冷えて可哀想に……。この子の母親は、一体どこに……?それに市場とここで聞こえた声はこの子のものじゃないわ)


屋敷の中に漂う気配は、まだ消えていない。


(この屋敷には、まだ”何か”が残っている)


エマは少女をそっと抱き寄せながら、屋敷の奥を見つめた。


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