29 王宮からの手紙
午前中の穏やかさを破るように、屋敷の門に馬車が到着した。家令が慌てて応対に出ると、そこには王宮の紋章をつけた使者が立っていた。
「ローズベリー伯爵令嬢エマ様に、王宮よりの文をお届けに参りました」
家令の案内で、エマは応接間に姿を現す。背筋を伸ばしてお辞儀をする王宮の使者から、丁寧に差し出された手紙を受け取った。
封を切ると、そこにはライオネルからの手紙が。
『先日の件について、改めてお話したいことがあります。可能であれば本日午後、王宮の庭園にてお待ちしております。L』
手紙を読み終えるとエマは一瞬、戸惑いを浮かべた。
(……王宮の庭園?話したいこと? )
隣で侍女のサラがそっと覗き込み、目を丸くする。
「お、お嬢様……まさかとは思いますが、その“L”って、ライオネル殿下のことでしょうか?」
」
「ええ、まさかの“王子様からのお招き”みたいね」
「で、出かけるんですか? 本当に?」
「出かけるしかないでしょう。でも……これは少し考えなきゃいけないわね。服装も、言葉遣いも、立ち居振る舞いも……!」
珍しく焦りを見せるエマに、サラは慌てて支度に走り出した。
━━━
エマは支度の為自室に戻ると、そっと手紙を読み返し、机の上に置いた。その瞬間、背後の壁にかけられた肖像画の奥から、ふわりと声がした。
『まあまあまあ!』
「ひっ!」
『あなた、あなた、あなたったら……! ついにこの日が来たのね!? 恋の始まり! ロマンスの鐘が今、ローズベリー家に鳴り響くのよ!!』
「ちょ、ちょっと待ってください、オードリー夫人!」
『待てないわよ! 何よその手紙! 見せなさい、今すぐ見せなさい! ああでも手が通り抜けちゃう! くやしい!』
「見ないでくださいってば! まだ開けたばかりなんです!」
『とうとう来たわね、王子様からのお誘い! ああ、わたくしも“若かりし頃”は庭園デートに憧れたものよ。薔薇の香り、手袋越しの指先……うっとり……』
「オードリー夫人、これはただの私的な会話の場です。用件があるのだと……」
『用件? 王子がわざわざ貴族の令嬢を呼び出して話す“用件”? それが恋以外にあると思っているの?』
「……ありますよ」
『ないわよ。そんなの、ないの。少なくとも、乙女の朝に届いた手紙はすべてロマンスの始まりって、昔から決まってるの。』
「初耳です」
『それに……ふふ、見なさい、その顔。うれしそうに口元がゆるんでるじゃない。わかるのよ、わたくしには』
「ちがいます。気のせいです」
『あらあら、そんな顔で言っても説得力ゼロ。どうせ出かけるなら、ちゃんと準備なさい。髪ももう少し巻いた方がいいわ、顔色を明るく見せるにはピーチ系のチークが――ああ、なんでわたくしはブラシを持てないのかしら!』
「……また始まった」
『庭園にて“お待ちしています”ですって? しかも差出人は“L”。この“L”はLoveのLじゃなくて?』
「違います、ライオネルのLです。王子です」
『まあ! いけませんわ、お嬢さま! 王子と庭園で逢瀬だなんて……! これはもう……世間が黙っていないわね? ふふふ』
「何も起きませんよ、きっとただの報告とか、調査関係の話ですから」
『……その割に、手紙を握る手が微妙に震えているように見えるのは、気のせいかしら?』
「……気のせいです」
『そう? じゃあ、頬の色がいつもより一段濃いのも……お化粧のせい?』
「……朝からうるさいですよ、夫人……!」
『おほほほ! でもねえエマ、お屋敷の外で起きた出来事、わたくしにはわからないから……あなたの顔色と空気の変化で想像するしかないのよ。楽しみにしてるわよ、“進展”』
「もう、勝手に盛り上がらないでください!」
エマはため息をつきながら立ち上がり、鏡を見た。
「行ってきます。騒がないでくださいね、夫人」
『約束は……できません!でも応援はするわ、ええ、心から! ああ、せめてベールでもかぶってついて行きたい!』
エマが部屋を出ていくと、オードリー夫人はふわふわと浮きながらつぶやいた。
『でも気をつけて、エマ。庭園のバラには、棘もあるのよ……ふふふ、油断は禁物よ』




