27 夢のあと
朝の光がカーテンの隙間から差し込みはじめたころ、エマはようやく目を覚ました。
夢の余韻がまだ頭の中にふんわりと残っていて、ぼんやりと身を起こす。
そのとき――視線の先、部屋の隅にうっすらと揺れる人影があった。
『ねぇ。ねぇったら。いい加減起きて、昨日のお話聞かせてくださる? お相手は第二王子だったんでしょう?』
「……えっ?」
まだ半分夢の中にいるような気分のまま、エマはぽかんとその姿を見つめた。
「……どうしてご存知なんですか?」
『幽霊だって新聞くらい読めるわよ』
「新聞?」
エマは慌ててベッド脇のテーブルに目をやった。そこには、メイドが今朝届けたばかりらしい新聞が置かれている。
『今朝の朝刊よ。ほら、第一面にご立派な王子の肖像画。昨夜の舞踏会にご登場あそばしたと、持ちきりなの。「貴族令嬢たちの心を射抜く氷の瞳」だって。あらやだ、記者も詩人ぶって』
ふわりとベッドの近くまで浮かんできたオードリー夫人は、うっすらとした姿のまま堂々とした身振りで話す。
『でも不思議なことに、ダンスのお相手の名前は書かれていなかったのよねぇ』
「じゃあ、なぜ私が相手だと……?」
エマが顔をしかめると、夫人は口元を手扇で隠しながら、意味ありげに微笑んだ。
『人の口には戸は建てられないって言うでしょう? 噂って、幽霊のところには意外と早く届くのよ。あの使用人たちの控え室、壁越しでもよく聞こえるの』
「……それ、盗み聞きでは?」
『たしなみよ』
「どこの世界の……?」
オードリー夫人は軽く無視しつつ、ふいに声を弾ませた。
『それにしても、あなたったら! 第二王子とのダンスだなんて! この屋敷始まって以来の快挙よ! 私がまだ生きていた頃でさえ、王族が伯爵家に近づいたことなんてなかったのに!』
「いや、そんな“近づいた”なんて……」
夫人はしばし宙を漂い、うっとりとした調子でぽつりとつぶやく。
『……王子とのロマンス……きっと続きがあるわね。期待してるわ。できれば、この屋敷で密会なんて素敵じゃない? そのときは私、壁に張りついて応援してるわ!』
「そんな事は起こりませんから」
オードリー夫人は全く意に介さず、空中でくるりとターンしながら高らかに叫んだ。
『エマ! 次の舞踏会ではもっと大胆なドレスにしなさい! 胸元をぐいっと!』
「話が飛躍しすぎです!」
『それで? どうだったの? 彼、噂通りの氷のような目をしてた? それとも実は、溶けるバターのような笑みを浮かべるタイプ?』
オードリー夫人の言葉に、エマは顎に手を当て考えてから、少し間を置き答えた。
「……どちらかと言えば、溶けるバター……ですかね」
『あら〜! 素敵じゃない! 一人だけに向ける蕩ける笑顔なんて、宝石より魅力的よ!』
「べ、別に私だけに向けた笑顔だなんて言ってません……!」
――コンコン。
部屋の扉が控えめにノックされ、続いてサラの声が響いた。
「お嬢様、失礼いたします。皆様が朝食の席でお待ちです。ご準備ができましたら──」
「あ、はい。今すぐ行くわ」
エマが返事をすると、オードリー夫人はふわりと体を浮かせながら、まるで自分が出かけるかのように扉の方を振り返った。
『さあ、お嬢様。王子の思い出と共に、朝食の席へどうぞ』
「なんだかお芝居の台詞みたいですね……」
『幽霊は日々、ロマンと共に生きているのよ』
「……生きてはいないですよね?」
『失礼ね、こう見えてもまだまだ現役よ?』
「何の?」
『社交界の影の監視役──なんてどうかしら?』
……なんてことを言い出すのだから。
エマは思わず、小さく笑ってしまった。
そして、身だしなみを整えるため、ようやくベッドを降りた。




