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22 マリアンヌの目覚め

医師の到着から、どれほどの時間が過ぎただろうか。


 控え室の中では、落ち着いた初老の医師が丁寧に診察を行っていた。侍女が静かに薬を運び、ライオネルもエマも、ただ静かに成り行きを見守っている。


 そして――


「……う……ん……」


 かすかな声が聞こえた。マリアンヌのまつげが、そっと震える。


「……マリアンヌ様!」


 エマが思わず声を上げると、マリアンヌの瞳がゆっくりと開いた。焦点はまだ定まらず、天井をぼんやりと見つめたまま、彼女はまばたきを繰り返す。


「……ここは……?」


「控え室です。マリアンヌ様は舞踏会の最中に気を失って――でも、もう大丈夫ですよ。お医者さまがすぐ診てくださって……」


 エマが柔らかく語りかけると、マリアンヌの目が少しずつ動き、彼女の顔を捉える。そして隣に立つライオネルの姿を見つけ、わずかに目を見開いた。


「……殿下……?」


「気がついたようだな、マリアンヌ嬢。体調はどうだ?」


 ライオネルは落ち着いた声で問いかける。マリアンヌは小さくうなずき、しかしすぐに眉をひそめた。


「……少し……頭が重いです。けれど、大丈夫……です……」


「脈拍と血圧は安定しています。どうやら、過度の緊張と疲労による一時的な失神だったようです。少し休めば回復するでしょう」


 医師が診察を終えながらそう告げると、エマもようやく肩の力を抜いた。


「よかった……本当に」


 マリアンヌは微笑もうとしたが、すぐに表情が曇る。何か、口を開きかけて、思いとどまるように視線をそらす。


「……変な夢を見たような気がして……でも、思い出せないの。なにか……とても寒い場所で、誰かが――」


「無理をなさらなくていいですよ」


 医師が優しく制し、マリアンヌも小さくうなずいた。夢の話はそれ以上語られず、部屋に再び静けさが戻る。


 そのとき――


「マリアンヌ様!」


 控え室の扉が再び開き、さきほどの三人の令嬢――アメリア、レティシア、セリーナが戻ってきた。


「よかった、本当に目を覚まされたのね……!」


 アメリアが駆け寄ろうとするが、エマが控えめに制するように手を挙げる。


「今はまだ、安静が必要です」


「ええ、もちろん。……でも、顔を見られてよかったわ」


 レティシアがそっと笑い、セリーナもエマの隣に立ち、心配そうにマリアンヌを見つめた。


「……お顔の色が、少し戻りましたね。安心しました……」


 その声は、震えるようにかすかで、けれど確かな温かさがあった。


 マリアンヌは、彼女たちに向かって弱々しく微笑む。


「ごめんなさい……みんなに……心配をかけてしまって……」


「そんなの、気にしないで」


 アメリアがすぐに言い、そっとマリアンヌの手を取った。


「私たちは、マリアンヌの味方なんだから」


 その言葉に、マリアンヌの瞳が、ほんの少し潤んだ。


 だが――エマはそのとき、マリアンヌの目元にほんの一瞬、妙な影を見た気がした。

 それは、ふいに吹き込んだ風が、静かな水面をわずかに波立たせたような、そんな揺らぎだった。


 (……気のせい、よね?)


 エマは小さくかぶりを振り、微笑みを浮かべたままマリアンヌの顔を見つめ返した。

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