表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/85

18 初めてのダンス

エマの視線は、差し出されたその手に釘付けになった。

 あの日、たくさん見たはずの手だ。エミリーを助けた時、屋敷の廊下を並んで歩いた時も、男達から逃げた時も、この手は彼女の隣にあった――だが、今のそれは、まるで違って見えた。


 あくまで自然に、だが拒むことなど許されぬような、堂々たる所作。

 エマに声をかけてきたルシアンは、青ざめた顔で静かに身を引き、令嬢たちが息を呑む。

そんな中、エマは自分の心臓の音が聞こえてしまいそうで、胸の奥をぎゅっと押さえたくなる。


「……はい。光栄です、殿下」


かろうじて搾り出した声に、ライオネルは微笑を深め、エマの手を取った。

 そして――その指先に、唇を添える。形式に過ぎないとわかっていても、呼吸が止まりかけた。


 (レオンが……第二王子……)


脳裏に、彼と過ごした時間が一気に蘇る。あの時の言葉、表情、沈黙の意味――ようやく、全てがひとつに繋がった気がした。


「では、参りましょうか」


 彼に導かれるまま、エマは足を踏み出す。

 煌びやかな広間の中央――舞踏会の主役たちが踊る、まばゆい光の輪の中へ。


心臓が跳ねるように高鳴る。けれどライオネルの手はあくまで穏やかで、彼の微笑みは不思議と安心をくれた。


「緊張しないで。君の足を踏むような下手ではないよ、たぶん」


「……そこは“絶対に踏まない”って言うところじゃないんですか?」


小さく笑ったエマに、ライオネルは満足げに目を細めた。


「生憎、今まで誰かとダンスを踊る機会がなかったものでね」


ライオネルが悪戯っぽく笑う。


やがて、二人の身体が音楽に合わせてゆったりと動き出す。最初はぎこちなかったステップも、ライオネルのリードに導かれるうちに自然と息が合い、エマの緊張も徐々にほどけていく。


「……驚いたかい?」


ダンスの合間、ふっと低く囁くように彼が言った。


「もちろんです。まさか、あの“レオン”が王子だったなんて……」


「君の顔も、なかなか面白いものだったよ。目がまるくなってた」


「ひどいです……本当に驚いたんですから」


 エマは頬を膨らませ、けれどどこか緩んだ笑みを浮かべていた。


 気づけば、さっきまであれほど気になっていた視線の数々が、遠く思えた。

 確かにまだ注目は集まっている。だが、今は目の前の彼の方が、ずっと強く彼女の世界を占めていた。


「でも……どうして黙っていたんですか?」


「第二王子は何かと複雑な立場でね。それに“王子”だと知ったら、君は僕に協力してくれなかったかもしれない。そう思った」


「……そうかもしれません。でも、私は……」


 言いかけて、エマは言葉を飲み込んだ。

 言ってはいけない気がしたのだ。少なくとも、今この場所では。


 音楽が一度、クレッシェンドを迎える。

 二人はくるりと回りながら視線を交わし、ゆるやかな旋回の中で互いの距離がほんの少しだけ縮まった。


 やがて、曲が終わる。


 しかしライオネルは手を離さず、そのままエマを見つめた。


「君とまた踊れて、嬉しいよ」


 その一言に、エマは思わず視線を落とす。


(……私も、少しだけ……そう思ってしまった)


 頬にわずかに差した紅が、舞踏会の灯にやわらかく照らされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ