17 思いがけない再会
"社交界の女王"とのやり取りでわずかに視線を集めてしまったエマは、それ以上の注目を避けるように、そっと壁際へと身を寄せた。
グラスを持つ手はかすかに汗ばみ、視線を泳がせて人混みを避けるように立っていると――
「おやおや、これはローズベリー令嬢、おひとりでいらっしゃるとは」
不意にかけられた声に、エマははっと振り返る。
そこには、艶やかな笑みを浮かべた一人の青年――伯爵家の御曹司、ルシアン・ヴァレリーが立っていた。
「初めての舞踏会と伺っています。さぞ緊張なさっていることでしょう。おひとりとは少々寂しいものですね。よろしければ私がお話し相手にでも」
断ろうと口を開いたが、ルシアンは構わず距離を詰めてくる。
「それとも……ご挨拶の仕方も、ご存じない?」
その声は柔らかく笑っていたが、どこか人を見下すような響きが混じっていた。
「いえ、そういうわけでは……」
「では、お手をどうぞ?」
手を差し出され、エマは戸惑いながらも一歩後ずさる。どうにか逃げたい、けれど、失礼のないようにかわす術が頭に浮かばない。
その時――
「お知らせいたします!」
会場の中央、入口に近い位置にいた司会役の男爵が、声を張り上げた。
「本日、特別にご臨席いただいたのは――第二王子、ライオネル・アレクシス・グレイ殿下!」
一瞬、空気が止まった。
そして――
「まさか……!」
「えっ、今なんて?」
「端正なお顔立ちだわ」
「あの“病弱で社交界に姿を見せない”って噂の……?」
「なんて凛々しいお姿」
ざわめきが会場を駆け巡る。
令嬢たちは息を呑み、貴族の夫人たちは手にした扇子をぴたりと止める。
一部の紳士たちはワイングラスを落としかけ、慌てて支えた。
エマは目を見開いた。
人々が視線を注ぐ先にいたのは――黒髪の青年。
落ち着いたロイヤルブルーの正装に身を包み、堂々とした姿でゆっくりと会場へ足を踏み入れる。
(まさか、あれ……まさか、うそ……)
彼がこちらに視線を向けた。微笑んだ。その、どこか皮肉めいた口元。
見慣れた顔。名前を偽っていた青年。エマが幽霊屋敷で出会い、協力し、でもどこか掴みどころがなかった、あの――
「……レオン……?」
彼はゆっくりと歩みを進め、周囲のざわめきにも動じず、エマの前でぴたりと立ち止まった。
そして、周囲の貴族たちが注目する中で、軽く頭を下げた。
「エマ・ローズベリー嬢」
低く、よく通る声で名を呼ばれる。
「改めてご挨拶を。僕の本名は、ライオネル・アレクシス・グレイ。身分を偽っていたこと、どうかお許しを」
エマは思わず息をのんだ。
目の前に立つ青年は、まぎれもなく“あのとき”の彼だった。
そして、令嬢たちの熱い視線が突き刺さる中、彼――ライオネルはエマを見つめ、自然な所作で手を差し出した。
「よろしければ、貴女の初舞踏の相手に、僕を選んでいただけるだろうか?」




