13 クラリッサ・ローズベリー伯爵夫人
エマがサロンに足を踏み入れると、すでにそこには母・クラリッサ夫人が優雅に紅茶を飲みながら待っていた。
「おかえりなさい、エマ。まぁ、少し遅かったのね?」
「た、大変申し訳ありません、お母様。少し、寄り道を……」
「寄り道?」
クラリッサ夫人の微笑みは完璧に優雅。でも、目が笑っていない。
その横では、オードリー夫人の霊が扇子で顔をパタパタしながら浮かれていた。
『“少し”ですって! “寄り道”ですって! 馬車の中でうたた寝しながら寄りかかってたのに!? それで“少し”? ねぇ、クラリッサ?』
(ちょっとほんとにやめてお願い)
「それで……その“寄り道”の詳細を、私に教えてくださる?」
紅茶を一口すする母。
扇子で顔を隠しつつ、身を乗り出す霊。
逃げ場なし。
「えっと……その……修道院に、少しだけ、立ち寄って……」
「修道院?」
「はい……えっと、以前、支援を検討していたところで……」
『あぁ、エマったら苦しい言い訳~! あんな素敵な男性と一緒にってところが抜けてるわよ!』
「誰と行ったのかしら?」
――核心に迫るクラリッサ夫人。
「えっ……い、いや、その……サラと、それから、えーと……」
「“それから”? 」
『はい言って~! その素敵な黒髪の子よね!? レオンって言ったかしら、あの目つきがまた良いのよね~!』
「お母様。別に、そういうのでは……」
「“そういうのでは”?」
『ふふふ、クラリッサ、あなた気づいてるのね。この子、顔に出るタイプよ?』
(もう無理、逃げたい)
「エマ、女の子がよく知らない男の人と“修道院で二人きり”なんて、どれだけ危険な事か分かっていて?」
クラリッサ夫人は厳しい口調で詰め寄る。
「ち、ちがうのよ! 一緒にいたのは、ほんの少しだけで……2人きりじゃなくてサラもいたし! それにレオンは、その……案内人みたいな感じで……」
『恋の旅への案内人ってことね!』
オードリー夫人の霊が、軽やかに笑いながら言った。
クラリッサ夫人はため息をついた。
「まったく……こういう話、もっとちゃんとしてくれないと。どこの誰かも分からない男と、うちの娘がふたりで……」
「母上、レオンは危険から私を守ってくれただけで……本当に、そういう関係では……!」
『そうそうそう! 今は“まだ”そういう関係じゃないのよね? ふふふふふ!』
クラリッサ夫人はしばらく何かを考えるような素振りを見せたが、やがて、少しだけ笑った。
「……ふふ。まぁ、エマにしては珍しく、何かを隠している顔をしているのは見逃せないけれど……」
「えっ……!」
「次にその“レオン”という方に会う機会があれば、是非ご挨拶したいわね。母として当然の権利でしょう?」
クラリッサはやはり優雅に微笑んで言った。
『始まったのよ、エマ。恋と、社交と、母のチェックという名の地獄が!』
「それでは、エマ。夕食はまだよね?軽食を持って来させるわ。話はまだまだ尽きなさそうだものね」
母の完璧な笑顔と、非常に上機嫌なオードリー夫人の騒がしい霊圧に囲まれながら、エマはそっと目を閉じた。
(……あぁ、どうしてこうなったのかしら……)




