10 修道院
夕暮れの中、一行は人気の少ない裏道を選んで進んだ。
エミリーの小さな手を引きながら、エマは時折周囲を警戒する。追ってくる気配は今のところないが、油断はできなかった。
「あの……どこへ向かっているんですか?」
サラがやや不安そうに尋ねる。
「安全な場所だ」
レオンが短く、低い声で答えた。
「……安全な場所って、お嬢様の屋敷ですか?」
「いいえ、それは無理よ。事情を説明せずにエミリーを連れ帰るわけにはいかないし、もしあの帳簿を狙う者たちが私の身元を知ったら、家族まで巻き込むことになるわ」
エマの言葉に、レオンは「へぇ」と少し驚いた顔をした。
「案外、冷静なんだな」
「案外って何よ」
「褒めてるんだよ」
言葉を交わしながらも歩みは止まらず、しばらくしてレオンが言った。
「俺が知ってる場所がある。案内する、こっちだ」
目的地に着く頃には、あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。
***
「ここだ」
たどり着いたのは、古びた修道院だった。
扉を叩くと、優しげな年配の修道女が出迎えてくれ、中へと案内してくれた。
中はこぢんまりとしていたが、掃除が行き届いており、どこか安心できる雰囲気がある。廊下の奥からは、子どもたちのはしゃぐ声も聞こえてきた。
レオンが修道院長に事情を説明すると、エミリーを匿ってくれることになった。
最初は不安そうだったエミリーも、すぐに子どもたちに囲まれ、一緒に遊び始める。
「すごい順応力ね……」
「子どもってそんなもんだ」
「ちょっと羨ましいわ」
レオンが院長と話を終えて戻ってきた。
「ここの馬車と御者を貸してくれるそうだ。ローズベリー伯爵家まで送ってくれるらしい」
「助かるわ。感謝しないと」
エマたちは修道院長に丁寧に礼を伝えると、準備が整うまで応接室で待たせてもらうことになった。
(長い一日だったわ……きっとお母様たちも心配してるわね)
エマはようやく腰を下ろし、深く息をついた。
***
出発の準備が整い、帰る前にエミリーの様子を見に部屋を出たその時だった。
ふわり。
女性が、音もなく目の前を横切った。
髪は銀色で、儚く、そして――透けている。
思わず息を呑むエマ。
しかし叫ぶのはなんとかこらえた。
「どうかしたか?」
すかさずレオンの声。目ざとい。
「な、何でもないわ。ただ……えっと、ネズミ? あ、違う。影! 影を見間違えただけ!」
しどろもどろになりながらもなんとかごまかす。
レオンはじっと見ていたが、やがて「……そうか」と言って目を逸らした。
(そうだった……こういう古い建物には一人はいるのよね)
ちらりと目をやると、もう女性の姿はなかった。が、空気がまだ少し残っている気がした。
(一瞬だったけど綺麗な人だった……それに、どこかで見たことある気がする)
考え込みそうになったエマだったが、エミリーの姿が見えたことで思考が霧散してしまった。
「エミリー、私たちは今は帰るけど、また会いに来るわ。心配しないで」
エミリーは不安そうだったが、その隣には同じ歳くらいの男の子が手を繋いで立っていた。
「もうお友達が出来たのね」
エマは優しく微笑み、男の子に目線を合わせて「エミリーをよろしくね」と頼んだ。
男の子は「任せて!」と屈託のない笑顔で答えた。
***
エマたちはエミリーに別れを告げ、馬車へと乗り込む。
と、そこへレオンも入って来た。
「貴方も一緒に乗るの?」
エマは思わず聞いた。
「一応、帰るまでは危険がないとも限らない。見送らせてもらうよ」
レオンはそう言うとエマの隣に腰を下ろした。
エマは男性とこんなに近くにいたことがなかったので、落ち着かない気持ちで屋敷までの道を過ごした。




