01 伯爵令嬢エマ・ローズベリー
伯爵令嬢エマ・ローズベリーは物心ついた頃から前世の記憶があった。
前世のエマは日本というところで生まれ、スマホやパソコンがある世界だった。
所謂霊感というものを持ち、周囲に気味悪がられ、いじめも受けていたようだ。
そして孤独に死んでいった。
この世界にも霊がいる。
どうやらエマは前世の霊感を引き継いで生まれてきてしまったらしい。
しかし前世と同じ轍は踏まない。
必死に隠し通してきた。
親でさえこの能力のことは知らない。
***
もうすぐデビュタントを迎える。
今日もメイドにドレスを着せてもらって鏡の前に立った。
『そんなのダサいわよぉ』
『今はそんなのが流行りなの?趣味悪いわねぇ』
「……うるさいなぁ」
「お嬢様どうかなさいました?」
ドレスが気に入らなかったかと、メイドが心配そうな顔でこちらを伺っている。
「ううん、なんでもないの」
エマは笑顔でメイドに返した。
さっきからいちいちドレスやアクセサリーに文句をつけているのはこの屋敷に長年憑いているオードリー夫人。
生前は社交界の流行を牽引していたといつも自慢している彼女にとって、エマの社交界デビューは見逃せないイベントだ。
『エマ、悪いことは言わないから私の言うこと聞きなさい』
メイドが席を外した隙にオードリー夫人に反論する。
「夫人、これでいいんです。私目立ちたくないんですから」
エマは人には能力をひた隠しにしていたが、霊には必ずしもそうではなかった。
霊たちは生身の人間とは違い、一部を除きエマに比較的親切であった。
彼らにとって対話できるエマは貴重な話し相手であり、いい暇つぶしでもあったのだろう。
お互いに小さな頼み事をすることさえあった。
『社交界で目立たなくてどうするの!それじゃあ求婚の申し込みなんて来ないわ。年寄りの後妻にでもなる気なの?』
「結婚もまだまだ考えてませんから」
夫人はまだ「そんなデザインは時代遅れよ!」だの「もっと華やかな色にしなさい!」だのと文句を言い続けていたが、メイドが戻ってきたので無視を決め込んだ。
(結婚なんてしたらこの能力を隠さなければいけない人間が増えるだけだもの)
エマは前世を含めて恋愛経験がない。
前世では恋愛や結婚を夢見ることもあったが、迫害され好奇の目、時には嫌悪を浮かべた目を向けられるうちにそんな気持ちも失せてしまった。
尚且つ、貴族の結婚は家同士の結びつきのためにするものと世間では考えられており、エマ自身の気持ちは二の次だ。
だからこそ、ますます恋愛や理想の結婚を夢見ることもなく、期待もしていなかった。
それにエマには3つ上の兄がおり婚約者もいる為、家のことを心配する必要もない。
いざとなったら修道院に入るのもいいなと漠然と考えていた。