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第八話 対決



 嵐瑛は向けられているわけでもないのに感じる景斗の恨めしげな視線の先を見つめていた。何か言いたげなその視線を煌蘭はすでにないものとして扱っているようだ。よほど日常的なことなのだろうか。


『煌蘭、何であの封士はあんなに恨めしげにお前のこと見てるんだ?』

『さあ? 瘴気に当てられたんじゃないか?』

『この中でか?』


 景斗に知られぬように会話をするとなると、頭の中でするのが一番いい。嵐瑛は煌蘭に問いかけていたが、若干ウンザリしたように小さく嘆息した煌蘭は恨めしげな視線を送り続けている景斗の方を向いて半眼になった。


「視線がウザイ」


 開口一番それか、と嵐瑛は景斗が哀れになってきた。


「お前が逃げるから、おれは……おれ達は……」


 景斗はきっと、煌蘭に暴言を吐かれ続けているのだろうなと嵐瑛は思った。そして、それはきっと外れていない。


「泣き真似をするな。鬱陶しい。帰ったらやればいいんだろう? やれば」


 うんざりしたように煌蘭は自分の眉間のしわを押し上げて伸ばす。しかめていると皺になるからだろう。


「長老会の璧会長には目だけで叱られるし」


 何だかよく判らない話になってきたので、煌蘭に頭の中で尋ねてみると、封士連の上から二番目の地位の人間だと至極簡潔な答えが返ってきた。


「いいじゃないか。璧老人の目に留まったんだろ?」


 しかし、なぜ、そんなに偉い人間のことを、煌蘭は平然と老人などと宣っているのだろうか。


「しかも、こんな危ないこと一人でやらせたとなったら、何を言われるか」


 なんだか景斗の言葉は会話と言うよりも独り言に近い。


「言っておくよ。危険はなかったと」

「こんな伝説の精霊まで解放して……」

「何かあったら私が責任をとる」


 嵐瑛の目には、上司と上司の破天荒ぶりに泣かされている部下の図にしか見えない。

 煌蘭は、まだやはり大分うんざりという顔をしている。


「だが、長老会が、お咎めなしに許してくれると思うか!? おれを。おれは何も悪いことしてないって言うのに!!」

「じゃあ、これでも貢いでおけ」


 煌蘭が適当に放った封珠を危なげなく受け取った景斗は、その若葉色渦巻く封珠と煌蘭を交互に見やった。


「風の王からの祝福だ」


 精霊が、自ら封珠に力を注ぐことを封士達の間では祝福といい、普通に封縛した封珠とは違って、永遠にその力を失うことはない。封位封士の中でも相当の実力を持っていても、精霊が自ら封珠に力を封じることを拒めば成立しない術だ。嵐瑛にしてみれば、そんな心当たりは皆無ではあったが。


「な……お前、いつ……ずっと封じてたんじゃないのか!?」


 未だ景斗は目を丸くしている。


「ああ。ここに来た日にちょっと嵐瑛を私の封珠で戒縛したんだ。嵐瑛は力を駄々漏れにしていたからな。その時にたまったんだ。後五つあるから、一つくらい気にするな」

「煌蘭……」


 嵐瑛がため息混じりに呼ぶ。くるり、と煌蘭は嵐瑛の方を振り返った。


「何だ? 嵐瑛」

「……いや、もういい……」


 あの時、嬉々として封珠を拾っていたのは、こういうことだったのか……。あれでも、力を注いだことになるのか。


「それじゃあ、景斗も来たことだし、盗まれた荷物を返してもらいに行くか」


 煌蘭はさっさと部屋を出ると、後ろを振り返りもしない。すぐ右斜め後ろに嵐瑛が陣取り、更に左斜め後ろには景斗がいる。

 嵐瑛と景斗は互いに牽制し合いながらも、煌蘭の後を付いていった。








 迷うことなく目的の場所へと早足で来ると、煌蘭は扉を押し開いた。

 すぐ目の前にいた神官ににっこりと笑いかける。あの日、ぎっくり腰になった神官だ。


「こんにちは。ぎっくり神官殿。泥棒神官殿はどこか?」


 頬をひくひくと痙攣させながら、怒りで微かにふるえる指で奥の方を差す。


「どうも」


 外用の笑顔を崩さないまま、煌蘭は指さされた方へと歩を進めた。


「……煌蘭、わざわざあんな言い方する事ないだろ?」


 景斗は小声で煌蘭に注意する。


「似たようなことを嵐瑛にも言われた」


 いさめる景斗の言葉を軽く流し、目当ての神官の前に立つ。


「こんにちは。泥棒神官殿。私の荷物を返していただこうか」

「ふん。虎の威を借る狐とは貴殿のような者のことを言うのだな」


 神官の言葉に煌蘭は鼻を鳴らす。


「軽挙妄動とはあなたのような者のことを言うのだよ。それに、いつ誰がどこで他人の権力を笠に着たというのだ」

「今後ろにいるだろう?」


 神官はふるえる指で景斗のことを指さす。煌蘭はその様子を鼻で笑った。


「ほう。涼封士が本物かどうかわからぬと言った口で、そのような愚かなことを言うか」


 黙り込んでしまった神官を、煌蘭は金に輝く瞳でにらみつけた。


「何か言ったらどうだ?」


 神官は、煌蘭のその声にビクリと震え、目に見えて狼狽している


「ふ、ふん! その封士とて本物の封士かどうか……」

「これが、身分証だ。何か問題でも?」


 景斗が、景斗偽物説を主張しようとした神官に、封士連発行の身分証を突きつけると、神官の顔色がたちどころに変わってしまった。


「ど、どうせ、誑かされたに決まっている! こんな小娘が封士なものか! お前もそこの精霊も神官長も皆、術にかけられているんだ! 魔女だ! その女を捕まえろ! 神殿を汚すぞ!」


 手足をばたつかせ叫ぶ中年のなんと醜いことだろう。

 煌蘭は正気を失った神官の目を見て、目を細めた。掌の上に封珠を呼び出す。


「戒縛」


 嵐瑛に絡まっていた鎖よりも細めの鎖がグルグルと神官に巻き付き、神官はバランスを崩して床に倒れ込んだ。


「玲封士! 戒縛を人間に対して使用するのは禁じられている!」


 強く肩をつかむ景斗の手を振り払い、煌蘭は床に倒れている神官を顎で指した。


「これはもう人よりも鬼に近い。見ろ。あの赤い目を」

「な、に……?」


 神官の白目は地を垂らしたかのように赤黒く染まっている。ギョロギョロと見開かれた目は、拘束されていても尚強く、憎らしげに煌蘭を睨み付けていた。普通、人間は鬼にはならないが、長い間瘴気に当てられていると、それに近いものになる。

 煌蘭は、冷ややかな目で睥睨しながら神官へと近づいて行った。


「煌蘭!」


 グッと嵐瑛に掴まれた腕をそっとはずし、神官のすぐそばに膝をつくと、神官の顎をつかみ、自分の方へ無理矢理顔を向ける。神官は血走った目を煌蘭に向け、口の端からよだれを垂らしていた。


「心まで闇に染まったか……。鬼の瘴気に共鳴している……。近い、来るぞ!」


 煌蘭が言うと同時に五日前とは比べものにもならないくらい強いプレッシャーが一同を襲う。

 煌蘭と嵐瑛は平然と立っていたが、景斗と貞は片膝をつき、その他は地面へと押しつぶされている。


「景斗、私たちは外へ出て鬼達の相手をしてくる。お前は貞神官長達を連れて、封印の間へ行け」

「煌蘭、おれも……」


 荒く肩で息をつきながら景斗は必死に顔を上げる。


「まともに立ち上がれもしないやつは足手まといだ」

「煌蘭!!」


 景斗は悲痛な声を上げた。


「お前には事後処理が待ってるんだからな。養生しろよ。嵐瑛、行くぞ!」


 にやりと笑って、煌蘭は嵐瑛を伴い、食堂の外へと飛び出して行ってしまった。







   *           *             *






 満ちる。満ちる。力が満ちる。


 欠ける。欠ける。月が欠ける。


 こんなにすばらしい夜はない。鬼達の力を最大限に生かすことのできる、光のない夜。もっとも恐ろしいのは、満月の夜だ。太陽の光よりもずっと鬼達の力が弱くなる。満月の夜だけは光の浄化作用が太陽のそれよりも上回ってしまうのだ。けれど、今日は新月。闇が味方をしてくれる。


 動物のいない森は、何よりも静かで、何よりも暗い空間だった。女にとってはそれが何よりも心地いい。ずっと望んでいた静寂の森だ。


 女は艶然と笑った。今日ほど条件のそろった夜はないだろう。

 近くに控えていた鬼の腕に触れる。頭はかなり上の方にあるので、さわることは困難だった。木の幹ほどもありそうな腕はごつごつとしていて、まるで岩に触れているようだ。けれど、たとえこんなに醜くても、己の望みを違うことなくかなえてくれるだろう。

 それを思うと自然と笑みも浮かぶ。

 我も我もと出てくる鬼の腕をポンポンとなで歩きながら女は鼻歌でも歌いたい気分だった。鬼とともに生き始めて十年。これほど気持ちが高揚したことはない。


 やっと、願いが叶う。


 女はうっそりと微笑むと、鬼の一匹一匹の腕に口づけを落とした。


「さあ、行きなさい。あたしのかわいい黒鬼達」


 鬼達は雄叫びをあげると、目をギラつかせて走り出した。

 嬌声をあげながら女は残った一頭に飛び乗ると、先に行った四頭の鬼を追った。








   *             *             *








 煌蘭と嵐瑛は肩を並べて神殿の回廊を疾走していた。鬼の殺気がどんどん濃くなってくる。封印が破られない自信はあるが、封印を破らずとも外からの殺気の重圧で神官達は圧死してしまうだろう。いけ好かない奴らではあるが、一応死なせるわけにはいかない。


「煌蘭、どう戦うつもりだ?」

「昨日、おとといと封珠を仕掛けて置いた。後は術を発動させるだけだ」


 本当はもっとたくさん仕掛けておきたかったのだが、その時間はなかった。


「俺は?」

「何でもいい。好きなようにしろ。風はもう使えるようにしておいた」


 言われた瞬間、嵐瑛は欠片も疑っていないように躊躇せず風を出した。煌蘭は横目に嵐瑛が風を発生させたのを見て、僅かに目を見張る。どうやら、思いの外信用されたようだ。


「よし……煌蘭、掴まれ」


 返事をする前に、腰をさらわれる。ふわりと体が浮いたかと思うと、煌蘭は嵐瑛に抱きかかえられて風の中を飛んでいた。

 精霊は宙に浮くことは基本的には可能だ。しかし、高速で飛行するとなると、風の精霊に勝る者はいないだろう。


「べ……」

「便利だなとか言うなよ?」

「……まだ何も言っていない」

「言うつもりだっただろうが」


 煌蘭の思考はこの数日で把握されてしまったようだ。


 面白くない。


 図星を指されて押し黙る煌蘭に、一つ笑みをこぼすと、嵐瑛は更に速度を上げた。






 精霊である嵐瑛にとって、光は補助的なものにすぎない。あった方がよく見えるが、なくても見えなくなると言うことはない。しかし、人間である煌蘭にとっては違う。人間には明かりが必要だと嵐瑛が断じるほど外は真っ暗だった。

 回廊から漏れる微かな光のおかげで、煌蘭が自身すら見えないと言うほど暗くはないが、闇は深い。

 嵐瑛は結界の外で爪を立てる鬼を四体確認すると、煌蘭に脳内でそれを伝え、鬼の頭上を通過し、背後に降り立った。鬼はこちらには気付いていない。


「でかいな……」


 煌蘭は夜目が利くらしく、鬼の影をしっかりと捕らえたようだった。だが、ほとんど闇と同化できる黒鬼なので、無意識に目を細めている。


「同胞を食ってでかくなり過ぎたんだ」


 嵐瑛は夢中になって結界に体当たりをしたり、殴ったり、かみついたりしている鬼を見て呟いた。

 鬼は、自然の負の力が動物に影響を与えて変化したものだ。もとは動物の形を取ったものが多いが、この鬼は既にもとの姿が何だったのか判別が付かなくなっている。よほど多くの同胞を殺し、喰ってきたのだろう。


「あーら。せっかくこちらからお迎えにあがろうと思ったのに、そちらから出てきてくださるなんて、嬉しいわ」


 煌蘭よりもかなり甲高い声がキンキンと空を裂く。

 煌蘭と嵐瑛は声のする方を振り返り、目を凝らした。ゆっくりと長い黒髪を揺らした若い女が輪郭を取り戻すように現れる。顔面は蒼白で、唇が不自然に赤い。闇の中、顔だけが浮いて見えた。


「わざわざのお越し痛み入る。しかし、これ以上の騒動は安眠妨害も甚だしいのでやめていただこう」

「あら? もうおねむなの? お嬢ちゃん」

「夜更かしはお肌の大敵ですよ? おばさん」


 互いに笑顔だ。……笑顔なんだが、鬼よりもよっぽど怖い。いっそ、罵り合ってくれたらさっぱりするくらいに判りやすいのに。

 じっと女の顔を見ていると、女の目が煌蘭から離れて嵐瑛の方を向き、凄絶な笑みを浮かべた。その赤く変色した瞳の奥が縦に細くなった。


「お嬢ちゃん……隣の精霊さんをあたしにくれたら帰ってあげるわ? もう、ここも襲わないし」


 ヒヤリとした手が嵐瑛の腕を掴み引き寄せる。


「断る。これは私のだ」

「そう」

「煌蘭!」


 嵐瑛は空気の揺れ動く気配を背後に感じ、煌蘭を抱き寄せて水平に飛ぶ。ちょうど、二人がいたところに、後ろから鬼が四匹で地面に穴を掘っていた。殺気すらなく、気付かなければ決着が付いていたことだろう。


「すまない」


 煌蘭は嵐瑛に礼を言い、地面にしっかりと立つと、今度は鬼にも意識を向けながら女と向き合う。


「わがままを言う子にはお仕置きよ」

「駄々をこねるおばさんにもな」


 素早く刀印を結んで、右手を振り上げる。


「禁鎖戒縛!」


 鬼のうち一匹に光の鎖がからみつき、地面へ引き倒し動きを封じた。光の鎖のおかげであたりが明るくなる。一匹しか捕らえられなかったことに煌蘭は舌打ちし、大人の拳大の封珠を掲げる。


降鬼伏封(ごうきふくふう)


 地面に鎖で縛り付けられていた鬼は、吸い込まれるようにして封珠の中へと入っていった。その速さに、手を出す隙もない。


「そう。お嬢ちゃん、封士なの。その幼さでよくやるわね」


 女は仲間が一匹やられたと言うのに全く頓着していないようだ。


「これでもまだまだ。『嵐瑛、鬼達を頼めるか?』」


 響いた声にほとんど反射的に返す。


『ああ。任せろ』

「そうこなくっちゃ面白くないわ」


 女は真っ赤な唇を弓なりにしならせて凄絶な笑みを作る。


「そっちこそ、退屈させるなよ? 『任せた』」

『死ぬなよ』

「『死ぬものか。お前も死ぬな』行くぞ!」


 煌蘭の声とともに起きた暴風で三匹の鬼だけが、煌蘭達から少し離れたところへと吹き飛ばされていく。嵐瑛はそれを追いかけていった。








 嵐瑛が消えたのを余裕のつもりか首を巡らせてしばらく見送っていた女は煌蘭に視線を移すと緩く笑む。


「いいの? 精霊さん、遠くに行っちゃったわよ?」

「お前など、私一人で十分だ。風解!」


 いつの間にか煌蘭の手の上には封珠が乗っていた。封珠から解き放たれたこの土地の風は女を襲い、取り囲む。

 パチン、と乾いた音が鳴る。女が一つ指を鳴らすとかき消えてしまった。

 女の紅唇が不気味に弧を描く。


「ざあんねん。あたし達、あの精霊さんの霊力を食べてたから、風は効かないわよ?」

「それは、それは。ご親切にどうも。水よ。我を守る刃となれ。水素造操(ぞうそう)!」


 刃として具現化した水の刀を片手でもって正眼に構える。


「刃傷沙汰は好まないんだがな」

「じゃあ、やめなさいよ!」


 女は強く地面を蹴り、煌蘭との距離を一瞬で詰めた。











 突風が刃となって鬼達に襲いかかる。けれど、浅く傷つけるだけで、致命傷には至らない。

 嵐瑛は舌打ちをして向かってくる鬼をよける。どうも、まだ本調子ではないらしい。


『鬼は、お前の霊力を食っていたから風は効かないのだそうだ』


 煌蘭が女から聞いたことを伝えてくる。


 なるほど、では、不調だったのではなく、手加減しすぎていたのか。


 嵐瑛の霊力を喰っていたのなら、それに耐性が付いていておかしくはない。

 だが、と、嵐瑛はにやりと笑う。


「お前らが食っていたのは、どうせ霊力の残りカスだろう?」


 嵐瑛の金緑の瞳が爛々と光る。その金色の輝きは煌蘭のそれと似ていた。

 風が激しく細く、一点に集中して吹き集まる。圧縮された風は嵐瑛の手の上で一振りの剣へと姿を変えた。カチャと風の剣は硬質な音を立てる。それを鬼達に向けて構えると嵐瑛は凄絶に笑った。


「欲しいならくれてやる。ただし、生きていたらな」


 嵐瑛は、目にも留まらぬ速さで鬼の後ろへと移動していた。鬼は嵐瑛の気配が背後に回ったことで、追うように上体をひねり後ろを振り返る。ズルリ、と奇妙な音が鳴った。鬼は発信源である、自分の胴体に目を落とす。

 鬼の下半身は未だ嵐瑛とは逆の方向を向いたままだ。ズルリ、クチャリと奇妙な音を立てながら鬼の上半身とか半身がずれ、上半身が地面に落ちる。その瞬間、黒い血しぶきが吹き上がった。嵐瑛は鬼の背後に回ったのではなく、斬りつけていったのだ。

 一匹目の鬼が倒れる間に、嵐瑛は残りの二匹も同様にして切り捨て、一瞬で勝負はついた。


「お前らが俺を喰らおうなど、一万年早い」


 風の剣は瞬時に霧散し、暗澹とした夜に似つかわしくない、すがすがしい夜風へと形を変えた。


『らん……』


 消え入るような煌蘭の声にはっとして鬼から視線を移すと、戒縛され、地面に転がった女と、鬼に首を掴まれ、宙づりになっている煌蘭がいた。煌蘭は、両腕をだらりと垂らして動かない。女の高笑いが風に乗って響いてきた。


 血腥い臭いが鼻を突く。


 嵐瑛は驚愕に目を瞠り、力の限り煌蘭の名を呼んだ。

 煌蘭の顔はここからでは見えない。見えないけれど、嵐瑛には、煌蘭が笑んだのがわかった。

 次の瞬間、音もなく、鬼の体が吹き飛んだ。まるで、音のない夢を見ているようだ。現実感が全くない。


「煌蘭!」


 爆風で木の葉のようにヒラヒラと舞い落ちてくる煌蘭の姿に嵐瑛は我に返り、考えるまもなく、大地を蹴っていた。





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