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第三話 実力行使


 涼景斗は焦っていた。瓏老師が全く見つからない。消息すら掴めない。少なくとも近くにはいない。人員を捜索に割いているため、仕事がたまっていく一方だ。

 一週間前に出てしまったのだ。見つかるわけがない。

 深い深いため息をついていると、中央総務部から取り次ぎの電話が鳴る。


『涼部長、お電話です。テルト神殿神官長の貞帷干という方から』

「テルト神殿?」


 眉間に寄った皺をほぐして涼は電話を取った。テルトと言えば、芳州の中央にある地名だ。そんなところから、直接電話をもらう心当たりはない。


「お電話代わりました。涼です」

『あ、私、貞帷干と申します』


 人の好さそうな、柔らかい老成した声が聞こえてきた。

「何のご用でしょうか?」

『昨日、封士連からお越しになった玉部、玉位の玲煌蘭封士様の代理でお電話いたしました』

「玲、煌蘭……? 玉部玉位……ですか?」


 思わぬ所から飛び出した探し人の名にとまどう。しかも、玉部玉位を名乗っているのか。あの力で玉位には無理がないだろうか? 封位と言っても景斗が承伏できないほどの力を持っているのに。


『いらっしゃらないんですか? 赤茶の髪に金茶で気の強そうな目、少し小柄で、可愛らしい十九歳の、とても美しい透明な封珠をお持ちになる……』


 考え込むと不安そうな声が返ってくる。

 玲煌蘭という名だけなら、万に一つ同姓同名か、誰かが騙っていることもあり得よう。だが、貞の上げる特徴は探し人にピッタリと当てはまる。


「あ、いえ。いますよ。玲煌蘭。偽物じゃないので安心してください。腕は確かです。それで、玲封士がなんと?」

『応援を頼むとだけ……あとは自分の名を言えば話は通じると……』


 景斗は思わず黙り込んでしまう。


 これは何だろう。新手の嫌がらせだろうか? それとも、自分は煌蘭に恨みを買うようなことを何かやっただろうか?


 考えを巡らせていると、再び不安そうに貞が電話の向こうで声を上げた。


『封士様?』

「あ、すみません。何でもありません。判りました。応援に行きます。えっと……そちらはテルト神殿でしたね。一週間以内に必ず伺いますので、玲封士にくれぐれも無茶をしないようにとお伝えください」

『はい。判りました。よろしくお願いいたします。失礼します』

「失礼します」


 電話の向こうで電話を切る音を聞いて、景斗は受話器を置いた。


「景斗、どうかした? 暗い顔して。瓏老師見つかった?」


 ああ。とため息をつく。見つかったと言うより、姿を現したというか。名乗り出たというか。

 すぐ目の前で机に付きそうな程長い髪をした女が首を傾げる。たまたま滅部に来ていた玉部の部長補佐である(きく)凛香(りんか)だ。


「菊封士……老師の呼び出しだ……一緒に付いてきてくれないか?」

「無理。絶対イ・ヤ。あたし滅部じゃないもの。それに、あたしこれから仕事入っているし。涼滅部部長に付き合ってる暇はありません」


 すげなく返され、景斗はガックリと肩を落とした。

 道連れにするのは瓏老師の犠牲者がいい。


「みんな、通常の業務に戻ってくれ。瓏老師が見つかった。誰か、封部に瓏老師の捜索はもういいと伝えてくれ」


 景斗のため息と共に動き出した部下達は、再び忙しそうに己の仕事へと戻っていった。











   *           *               *










 煌蘭は一人神殿から少し離れた野原に来ていた。見渡す限り数十メートルには何の障害物もなく、草原の切れ目から先は森が広がる。

 さわさわと、風が楽しそうに、踊るように吹いていた。


 煌蘭は野原の真ん中に座り込み、十数個封珠を取り出して、大きさを人の拳大ほどに調節し、足下に転がす。

 煌蘭は胡座をかき、膝の上に軽く握り拳を置くと、封力を高め始めた。


「風よ。我が声を聞け」


 大きな声でもないのに野原に声が響く。


「汝が力を我に貸せ」


 暖かい風が自分を包み込むのを感じる。


「我は汝を縛する者なり」


 ふわりと白い光を放ちながら封珠がゆっくりと浮かび上がる。


風素縛(ふうそばく)


 小さく手を打ち鳴らすと、しゅるしゅると吸い込まれるようにして風が十数個の封珠の中に入っていった。

 光が収まると、今まで無色透明だった封珠の中で薄緑色に色づいた風がゆっくりとまわっていた。煌蘭はその封珠を一つずつ封珠収納用の封珠が付いている手甲にしまい込む。


 煌蘭はその場に寝ころぶと、遥か上空で風に流されて行く雲を見つめた。

 近くに鬼が出てくるとは考えられないほどにのどかだ。真っ白い雲は、地上の風よりも少しだけ早く動いているように見える。


『封士』


 嵐瑛が呼ぶ。もうだいぶ慣れてきた。苛々もするだけ無駄だ。それに今は気分がいい。


『何だ。出してくれと言うのなら断る』

『違う。扉の向こうで神官共がガタガタやっているんだが……』


 ああ、やはり行ったか。煌蘭は予想を裏切らぬ神官達の行動に苦笑した。


『放っておけ。どうせこんな小娘がちゃんと術をかけられるわけがないと思っているんだろう。扉の封印は玉位以上の者でないと解けないようにしておいた』

『ああ……諦めて帰って行ったようだ。邪魔したな』


 そう言って嵐瑛の声は聞こえなくなる。こうして何気ないことを話している限りでは、嵐瑛が邪悪な精霊だとは思えなくなってくる。


「邪悪な精霊、ね……」


 一体何が邪悪で、何が邪悪ではないか。そもそも、何を成したら悪となるのか、煌蘭には今一ぴんと来ない。少なくとも、煌蘭だったら、あの精霊を邪悪だとは呼ばない。

 煌蘭が暫く緑風の心地いい風を感じながら横になっていると、急に顔の上に影ができた。煌蘭は薄く目を開ける。


「おや、封士殿。こんなところで昼寝ですか? ずいぶんと余裕ですね」


 三十代ほどの神官だ。後ろに三人若い神官を引き連れている。過剰なほどに感じられる香の匂いは、いっそ刺激物だ。鼻を摘みたい衝動を抑えて上体を起こす。


「いいえ。神官殿達ほどではありません。今もこうして風の声を訊いていたところです」

「ほう。風はなんと言っているのです? 封士殿には畏れ多くて力を貸せぬと言っていませんか?」

「いいえ。香の匂いが臭くてたまらないと嘆いております」


 実のところ、風の声というのは最も聞き取りにくい。反対に最も聞き取りやすいのが大地や木々の声だ。今も、別に風の声が聞こえたというわけではなかった。その気になれば聞けるだろうが、本当に聞く必要もない。神官達にはどうせ聞こえないのだ。


「……私は香などたいておりません」


 ならば、その匂いはなんだと毒づきたくなる。ああ、そうか。


「神官殿のこととは言っていません。お心当たりでも?」

「……いえ」


 煌蘭はそうですか? と首を傾げ、吹く風に耳を傾け、莞爾と笑む。


「ああ、私の聞き間違いでした。風は、神官殿の香を付けずとも臭うかぐわしい香りが臭いと言っております」

「封士殿、口が過ぎますぞ……」


 小さく拳を振るわせて神官は無理矢理笑顔を作る。


「事実を述べたまで。風がなんと言っているのかお聞きになったのは神官殿ではないですか」


 煌蘭は立ち上がると草を払い、拱手をするとさっさと去っていく。


「ああ、そうだ。神官の皆様、お忙しいのにこのようなところまで見回りご苦労様です。これからも、見回りのお仕事、頑張ってくださいね」


 ニッコリと微笑むと、今度こそ煌蘭は神殿へと向かった。


「……(きん)神官、私には封士が、『暇人共め、こんなところで油売ってないでさっさと仕事しろ』と言っているように聞こえたのですが……」

「そう言ったのだ! あのガキ……人を小馬鹿にしおって……」


 上司の憤慨に黙り込む若い神官の間に、季節はずれの木枯らしが吹いた。















 神殿に戻った煌蘭は、ぐるりと神殿の周りを一周しながら、風の封珠を落としていく。その途中、五つめを落とし終わった時に、今朝とは違う年嵩の神官に話しかけられた。

 顔には厳格そうな深い皺が彫られている。


「これはまた美しい封珠だな。どこで買ったんだ?」


 封珠が大きな街にある封士連の支部で簡単に購入することができることを揶揄しているのだ。神官は馬鹿にしたように笑うと、封珠を拾おうと身をかがめた。

 煌蘭はそれを見て眉を顰めて困ったような表情を作る。


「ああ、神官殿。ぎっくり腰になりたくなかったら拾わない方が身のためですよ?」

「ふん。何を言う……うっ!?」


 拳大ほどの封珠を掴んだ神官はそれを持ち上げることができず、振り仰いで煌蘭を見た。けれど、その先の煌蘭の勝ち誇った笑みを見て、ムキになり、両手で封珠を掴んだ。

 顔を真っ赤にしてまで力を込め、中腰になって持ち上げようと力を込める。何回か勢いを付けて引き上げていると、鈍い音が鳴り、神官は動きを止めてしまった。


「ああ。だから言ったでしょう? それ、何処かの馬鹿に動かされないように、禁鎖の応用の(くさび)で動かないようにしてあるんです。重い、重くないの話ではなく、封士が術を解かない限り絶対に持ち上がらないので……。せっかく忠告したのに……」


 煌蘭はわざわざ相手の癇に障るように大きくため息をついて首を横に振った。


「どこかの……バカとは……私、の、こと、か?」


 喋るだけで、腰に響くのだろう。一言一言区切ってでないと喋れないようだ。

 煌蘭は薄く笑みを浮かべる。誰がどう見てもバカにした笑顔だった。


「そんなこと言っていませんよ。でも、そう思うのならそうなのではありませんか? それでは、私は忙しいのでこれで。誰かに出会ったら、あなたのことも伝えておきますので、暫くここで養生なさってください」


 去っていく煌蘭を止めることも、悪態を付くことも、動くこともできず、神官はただ、煌蘭の後ろ姿を恨みの目で見送るしかなかった。

 この後、この神官の元に人がやってきたのは深夜になってからだったという。














 今日やることを終え、あとは、明日結界を施すだけとなった煌蘭は、早々に自室へと引き上げていった。部屋の外にいても、小うるさい神官達に嫌味を言われるだけだ。

 もちろん言われたら言い返すし、絶対に引き摺らないのだが、いい加減ウンザリしてきた。あの、被害妄想も甚だしい神官達は、本当にどうかならないものか。あれでは、いつ術の邪魔をされるかわかったものじゃない。


「……何だ?」


 部屋の中に違和感がある。別に朝とは何も変わっていないはずだ。荒らされているというわけでもないし、鍵もきちんとかかっていた。

 煌蘭は自分の荷物を確かめようとして唖然とした。荷物が全てなくなっているのだ。荷物の中には、手甲のスペアも、その他貴重な力を封じた封珠も、旅費も、旅券も何もかも入っている。旅費や、旅券はともかく、貴重な封珠は手に入れるのに相当苦労した。


「……やられた……」


 鍵はかかっていた。ただし、普通の鍵だ。神官が盗んだのなら、鍵などあってないようなものだ。


 まさかここまで愚かとは……


 煌蘭は自分の甘さに舌打ちすると、クルリと踵を返した。


「どこへ行こうというのかな? 偽封士」


 扉を開けると、十数人の神官が立っていた。その中にはもちろん貞の姿はない。つまり、この神官達の独断で煌蘭を詰問しようとしているのだ。ならば従ってやる謂われはない。


「お前ら、私の荷物をどうした」


 煌蘭は立ち並ぶ神官達に物怖じせずに声を上げた。


「証拠の品として保管してある」


 先頭に立った、今朝最初に煌蘭に嫌味を言ってきた神官がニヤリと笑う。


「何のためだ」

「封士連に連絡をした。玲煌蘭などという玉部玉位の封士などいないと言うではないか」


 腕組みをして威圧的に見下ろす神官を煌蘭は睨み上げる。そして、鼻で笑うと、口元にあざけるような笑みを浮かべて神官達を見回した。


「どうやら、ここの神官は、貞神官長以外はみな見る目のない愚か者と見える」

「ふん。どうとでも言うがいい。ここに来た目的は何だ。我らを騙し、精霊を解き放つつもりか」


 肩を掴もうとする神官の手を払って、煌蘭は毅然と顔を上げた。その気迫に神官達は一瞬呑まれてしまう。ピリピリとした空気が両者の間に流れた。


「はっ。被害妄想も甚だしい。いかにも閉鎖的な考えだ。くだらぬ理由で私の邪魔をするな」


 煌蘭の声は常よりも低い。言葉が力となって神官達を押しやった。金茶の目の金が僅かに強く輝く。


拘縛(こうばく)


 いつの間にか煌蘭の左手の上に乗っていた人の頭ほどの大きな封珠が浮かび上がり、幾本もの細い鎖が飛び出して、神官達の手首に巻き付いて動きを封じた。


「な、何を」


 神官達は焦って身を捩るが、身体を動かせば動かすほど鎖は絞まっていく。ジャラジャラと耳障りだ。


「これは、対人間用の縛術だ。この場を捨てて帰っても構わないが、私が契約を交わしたのは貴様らではない。貞神官長の顔に免じて鬼退治はしていこう。その間、私は精霊の縛されている封印の間にいる。用があるのなら貞神官長を通せ」


 煌蘭は封珠を投げ捨て、動けなくなっている神官達の間を縫うようにして歩いていく。


「ま、待て……これを解いてゆけ」


 煌蘭は背筋の凍るような目で神官達を見遣る。その瞳には侮蔑の色が含まれていた。


「最低六時間もすれば自然に解ける。ああ、そうだ。年寄りの愚かな神官がぎっくり腰になって神殿の裏で動けなくなっている。術が解けたなら助けに行ってやるんだな」


 身動きが取れなくなった神官達があまりにもわめくので、他の神官もやってきたのだが、誰一人として縛術を解くことができなかった。その騒ぎに貞神官長もやってきたが、事のあらましを聞くと、頭を冷やせ、と取り合わず呆れたため息をついていなくなってしまった。


 全員が解放されたのは八時間も後だったという。



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