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第十二話 守護精霊

「……で? どうしてもう自宅にいる」


 目覚めた煌蘭に景斗は水を差し出す。


「あの後封士連から連絡が来たんだ。早く帰ってこないと業務がパンクすると泣きつかれたんだよ。だから、眠ってるところ悪いと思ったが、連れて帰った」

「どの位寝ていた?」

「十四日。半月だ。さすがに今回ばかりはそのまま死ぬんじゃないかと思ったよ」

「気付いたら、皮と骨だけになってそうだもんな」


 よく生きてたものだ。と煌蘭は笑う。


「自分で言うな」


 腕をまくって見せると、コツンと景斗に小突かれた。骨と皮だけしかないような腕を、見せられるのはたまらないと言ったところだろうか。


「ところで、嵐瑛は?」


 部屋を見回すが姿がない。近くに気配もしない。

 何となく部屋を見て、我ながらあまり物のない部屋に苦笑する。大小さまざまな封珠が転がっていて、入ってきた人物は確実に足を取られて転ぶだろう。そんなことを考えていると、景斗が盛大に肩をすくめるのを目の端で捉えた。


「そうか、行ったか……」


 短い間だったが、あれだけ長く一日に他人と一緒にいたのは久々だった。神殿に着いて二日目から五日目までほとんど一日中一緒だったんじゃないだろうか。

 そう思うと、別れの言葉もなしに行ってしまうなんて、何て薄情なんだと思う。


「何だ? 嬉しそうだな。精霊がいなくなって清々したか?」


 煌蘭は斜め下を見て微笑む。


「いや。淋しいことは淋しいが、やっと自由になれてよかったと思ってな」


 煌蘭は、起きあがって伸びをした。寝過ぎて体がパキパキ鳴っている。


「お、おい。どこ行くんだ?」

「風呂」


 それだけ言うと、煌蘭は景斗に向かって後ろ手に手を振って部屋を出ていってしまった。








 翌日、景斗に言われていた仕事を片づけるべく、早速仕事場に向かう。

 久しぶりのローブは重く感じる。ここ一月ほど軽くて涼しい格好をしていたので、少々暑い。だが、ローブを着てフードをかぶらなければ出歩いてはいけないことになっているので、仕方なくそのまま行く。自分だけがそうしなければいけないことに、いささか理不尽を感じた。


「瓏老師。お体の方はもう大丈夫なのですか?」


 ここしばらくの不在は病気のため臥せっていたと言うことになっているようだ。しかも、煌蘭の顔を知らない封士達は、瓏老師が老人だと思っている。だから、老人扱いされるのには腹が立つが、五年目も半ばともなると、もう大分慣れた。

 心配する玉部の仕官にそれらしく頷き、景斗のいる滅部へと向かう。


「さっきから、煌蘭はどうしたと聞いているだろう!?」


 耳によくなじむ、聞き覚えのある声が聞こえてきて、ぴたりと扉を開けようとした手を止める。


「自分の目で確かめればいい、とさっきから言ってるだろう?」


 前者の声に比べ、後者の声は大分落ち着いていた。そっと煌蘭は扉を開けた。


「その部屋に入れないのは誰だ」


 声が鮮明になる。


「長老かな」


 常磐色の髪をした青年の後ろ姿を認めて煌蘭は目を見張る。ニヤリ、と景斗が笑ったのがこちらからでも見えた。


「嵐瑛?」


 ほとんど、息を吐くように発せられた小さな声だったが、嵐瑛はすぐに気付いて後ろを振り返った。括られた長めの髪が少し遅れて動く。


「煌、蘭?」


 ふわりと風が吹いて、煌蘭のかぶったフードを取り去ってしまう。訝しげだった顔を安堵の笑みに変えると、嵐瑛はふわりと音もなく煌蘭の前に降り立った。


「おはよう、封士」

「おはよう、精霊」

「お前は寝過ぎだ」

「果報は寝て待てと言うだろう?」

「寝過ぎると幸せを見落とすぞ?」

「そうか? そんなことはないと思うが」


 楽しそうな金茶と真剣な金緑が交叉する。

 嵐瑛の手が煌蘭の顔を包む。親指の腹でそっと煌蘭の目の下に触れた。


「その目、俺にくれないか?」


 唐突な言葉に煌蘭は目を丸くするが、やがて笑みを作り、嵐瑛の手首に触れる。


「お前のその目をくれるなら」


 このやりとりは以前もあった。あの時は逆だったはずだ。嵐瑛が笑みを深めた。


「いいさ。やるよ。この目も、力も、全てお前の物だ」


 唖然とする煌蘭の額にかかる髪をそっとどかし、口づけを落とす。


「我、風の精霊嵐瑛は、この命続く限り、汝、煌蘭を、命を賭して守ると誓う」


 金緑の目が真っ直ぐと煌蘭を見る。光が反射してキラキラと輝いているようだ。じっと見つめられた煌蘭の金茶が穏やかに細くなる。


「何もわざわざ自分から縛られることもあるまいに」

「言ってただろう? 制約のない自由など、自由ではない、と」

「確かに。ならば、我、煌蘭は、汝、風の精霊嵐瑛を守護精霊とする代価として、自由を約束しよう。これから頼むぞ。精霊」

「任せろ、封士」


 クスクスと煌蘭は笑い出す。


「何だ?」

「言ったろう? 果報は寝て待てと。風の王の、本物の祝福だ。これほどの果報、そうそうあるまい?」

「ああ……なるほど。確かにな」


 二人は、偽りない、純粋な笑みを交わした。








「……涼封士。何ですかあの甘い空気は」

「……閲仕官、気にしたら負けだ。あれは完全に無意識なんだからな」


 他の封士や仕官達も見てはいけない物のように一様に二人から視線を逸らしている。

 神殿にいるとき、何度となく見た光景だ。好きだの、愛してるだのと言っているわけではないが、なぜか入り込めない空気を作るのだ。無自覚な分たちが悪い。

 どちらも言うことは直球なので、ポンポンと取っては返す言葉のあやとりは聞いていて小気味いいが、完全に疎外されるのが、腹立たしくもあった。


「涼封士、仕事が山積しているとのことだが?」


 ようやく本来の目的を思い出したのか、煌蘭が景斗の元に嵐瑛を伴ってやってくる。


「ん? ああ、そうですが、まあ、半分ほどには減りましたよ」


 帰ってきてから死ぬ気でがんばった自分たち、主に自分をほめてやりたい。


「そうか、じゃあ期日に間に合わないのだけ回せ」

「ええ!? やってくれないんですか?」

「病み上がりだ」


 にやりと笑みを浮かべながら一刀両断されて景斗はおとなしく引き下がった。病み上がりだからと思ってこそ、負担を軽くしようと死ぬ気でがんばったのに。


「じゃあ、王宮の核封珠の点検と、修復。龍神祭に火、水、風、地の四大要素と光と闇の封珠を各十個ずつ。今年は王宮から破邪封珠(はじゃほうじゅ)が返ってくるので交換して新しい物を献上してください」

「いつまでだ?」

「四日後までには」

「判った」

「……大丈夫ですか?」


 並の封士なら全て終わらせるのに二週間はかかるだろう。一流の封士を以てしても一週間はかかる。

 自分で頼んでおいて心配そうな顔をする景斗に、煌蘭は不敵に笑って見せた。


「私を誰だと思っている」

「瓏煌蘭老師でした」


 その応えに満足そうに笑む。


「一日で全て終わらせよう」


 呆気にとられたようなざわめきを残し、煌蘭は滅部第一室を後にした。








 久々に封士連を闊歩していると、なんだかやけに視線を感じる。五年前以来こんな物はあまり感じることはなかったのだが。

 煌蘭は何となく隣りを見上げた。そう言えば、封士連内は精霊や魔霊が姿を消していることができないようにしたのだったか。だが、何となく、嵐瑛にはそれを解いてもこのまま歩いている気がする。


「煌蘭、体調はもういいのか?」

「ああ。万全だ。ちょっと鈍っている感じもするが、仕事に支障はない」

「何で、そんな暑苦しそうな格好をしてるんだ?」

「さすがに、本来の姿を見せたら暴動が起きかねんからな」


 そうか? と嵐瑛は首を傾げる。


「それよりも嵐瑛。最後の仕事だ。王都へ飛べ」


 煌蘭は、それはもうすがすがしく、莞爾と笑んでいた。







     *          *             *






 瓏老師の隣を親しげに歩くあの精霊は何者だ、という話で、封士連は一時騒然となった。煌蘭はそれを疎ましく思いながらも、嵐瑛とともに、廊下を歩いていた。


「煌蘭、どこへ向かっている? 仕事は済んだんだろう?」

「長老会の老人どもに一応挨拶だ。うるさいから来なくてもいいぞ?」

「いや、別にうるさいのくらい構わないが……お前、目覚めてから四日経つぞ?」

「待たせておけばいい。老人達の四日など一瞬だ」


 煌蘭はある大きな扉の前に立つと、大きく息を吸い込んだ。


「瓏煌蘭だ! 入るぞ」


 重々しい音を立てて扉を開く。中には、二十名の老封士が座敷になっている部屋に車座になっていた。現在、長老会の老人達は五十人ほどだが、毎日出てくる必要もない。日和っているのが仕事のような者たちだ。


「おお、老師殿。よくいらっしゃった」


 柔和そうな笑みを浮かべて一人が大きく腕を広げる。

 煌蘭はそれに思い切り顔をしかめた。


「老師と呼ばないでくれと言っている。あなた達にそう呼ばれると、一気に年を取ったようで嫌なんだ」

「ホッホッホッ。その口の利き方。(まこと)、瓏殿じゃのう」

「して、その後ろのが、件の風の精霊かえ?」


 顔に深くしわを刻んだ老婆の封士がすっと目を細める。

 煌蘭は、嵐瑛を自分の隣に立たせた。


「ああ。風の王と言われていた者だ。先日、私の守護精霊になった」


 おお、と老人達が感嘆の声を上げる。


「ついに守護精霊をお持ちになる。いやぁ、めでたい、めでたい」

「ほんに。気がつけばいなくなっておられるから、わたしたちはいつも肝をつぶす思いでいたのですよ? 一人でふらふらされるくらいならば、邪悪の化身といわれた風の王でも、いないよりはましでしょう」


 煌蘭はフードをはずして長老達を見据えた。その顔は不機嫌を通り越して表情がない。


「邪悪の化身とは聞き捨てならないな。いくらお歴々が化け物じみて長生きしていようとも、六百年前にすでに生まれていたという方はよもやおるまい。己が目で見ず、伝承を頭から信ずるとは愚の骨頂。たとえそれが事実だとしても、今のこれも同じものと思うのはお門違いというものだ」


 キラリと金茶の目の金が強くなる。

 長老達は煌蘭に隠してつばを飲み込んだ。


「なるほど、瓏殿はよほどその精霊が気に入ったと見える」

「それはもう」


 煌蘭は鮮やかで、挑発するような笑みを浮かべた。


「だが、そなたを守りきれなんだのも、また事実」


 煌蘭は笑顔から一転、不機嫌そうな顔で言葉を発した老人を見つめた。


「今、その議論の必要はあるか」

「大いにあるよ。我らが至宝を死地に追いやった。封士は決して戦人ではない。封士とともに戦場へ赴くのなら命を懸けて封士を守るのは必定。その精霊は、遠く離れた場所で鬼と戯れていたそうではないか」


 ギッと煌蘭の視線が強くなる。長老達が息を呑んだのが判った。


「己の目で見ぬことを語るな。涼封士の報告を、どう歪曲したのかは知らぬが、嵐瑛は鬼の爪が私に届かぬところまで鬼を追いやり、闘っていた。対して私は女一人。私の怪我は私の油断が招いたこと。決してこれに非はない」


 静かに怒る煌蘭を横目に、一人の長老が嵐瑛に目をやる。


「精霊よ、そちからは何かあるか」

「煌蘭がどんなに我をかばおうと、傷を負わせ、あまつ、鬼を一匹見落とし、爆玉にまで至らしめたのは我の非である。どんな罰も甘んじて受けよう」

「嵐瑛!」


 嵐瑛の言葉に、煌蘭は嵐瑛の顔を振り仰ぐ。


「だが、我は今、煌蘭の守護精霊である。二度と同じ過ちを繰り返さぬと誓う。主の身に降りかかる全ての災厄を打ち払うと約束しよう」

「滅玉の刑に処すと言ったらどうする」


 中央に座る封士が言う。


「主を連れて逃げる」

「どんな罰も受けるのだろう?」

「生きていなければ、先に挙げた言葉を守ることもかなうまい」

「ふ、この封士にしてこの精霊あり、ということか」


 嵐瑛はにやりと笑った。


「褒め言葉として受け取っておこう」







 部屋を出て、煌蘭は深くため息をついた。


「すまないな、嵐瑛。狒狒爺(ひひじじい)どもが」

「ああ。構わない。だが、お前の傍若無人さはあれらのせいか?」


 むう、と煌蘭はうなって腕組みをする。


「少し違うが、あれらを相手にしていて磨きが掛かったことは確かだな。老人どもめ、何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐に鎹だ。顔色一つ変えやしない。何を考えてるかわからない、食わせ物ばかりだ。それに比べて、テルトの神官どもは面白いほど反応を返すものだから、つい調子に乗ってしまってな」

「調子に乗るな……」


 ふう、と嵐瑛はため息をついた。


「程々にしておけよ」


 やめておけ、と言っても、どうせ聞くはずがないのだ。


「わかっているよ。善処するさ……たぶん」


 その、たぶん、と言うのが気になるところだ。


「それで? 次は何をするんだ?」

「今回の事件のきっかけになったバカを懲らしめに」


 ニヤリと腹黒い笑顔で煌蘭は笑んだ。





 次回で「緑風の誓い」は最後です。

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