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第十一話 正体



 莠冰の話を聞き終え、よく鬼の言葉が判ったものだ、と煌蘭は内心で感心する。


「それで、結界を破って、鬼に喰わせようと?」

「ち、違う……知って欲しかった……ただ、あたしという存在を、知って欲しかったの……」

「そうか……鬼の中に一人で怖かっただろう?」


 煌蘭はそっと莠冰の頬に触れ、涙を拭う。


「うん」

「よく頑張ったな」


 ぼろぼろと涙が止まらない。目頭が、胸の真ん中があつい。


「……っ、うん。でもあたしも鬼に……」


 ぽん、と煌蘭の手が莠冰の頭に乗る。そのまま二、三度ポンポンとなでた。


「大丈夫。私に任せろ。莠冰を置いていった封士のように、無責任に放り出したりしない」

「……うん」

「それに、私がちゃんと復讐しておいてやるからな? 何、心配するな。近いうち、必ず額をこすりつけんばかりに泣いて謝りに来るから。その時、煮ようが焼こうが好きにするといい。死体も、言ってくれれば私がちゃんと処理しに来るから。な?」

「うん……うん?」


 きょとんと不思議そうな顔をする莠冰に、煌蘭は含みのある笑顔を返す。


「貞神官長、このまま娘さんを封印の間までお連れください」


 嵐瑛は無言で煌蘭を抱き上げると、貞父子を置いて神殿へと帰っていった。









 部屋に戻るとすでに景斗とその部下達は神官を連れて戻っていた。


「神官達を大きい方の円へ。莠冰を小さい方の円へ入れてくれ」


 全員が円に入れられたのを見ると、煌蘭は精神集中し始めた。

 嵐瑛には、今までにないくらいに封力が高まっていくのがはっきりと見えた。


『煌蘭、手を貸そうか?』

『ありがとう。でも、これは一人でやらないとだめなんだ。終わったらしばらく寝込むからよろしくな』


 高まった封力は、どこまでも、どこまでも透き通っていて、空にとろけるように透明だった。


囚縛しゅうばく


 十二本の封珠から光の柱が現れ、煌蘭が手を打つと、莠冰と、神官の戒縛が消えた。


「この中にいれば、二ヶ月くらいで心の魔は浄化されるでしょう。完了したら封珠が消滅するのですぐにわかります。莠冰、これを」


 結界に手を差し入れ、莠冰の手の上に封珠を落とす。


「これはあの精霊、嵐瑛の封珠だ。あいつとの約束で嵐瑛本人はやれないが、必ずや君を守ってくれるだろう」


 煌蘭は小さな子どもに諭すように優しく笑う。


「本当?」

「ああ。ついでに、私の力のこもった封珠もあげようか?」

「もらっておくといい。この精霊の封珠より、よっぽど御利益ごりやくがある」


 茶化す景斗を一睨みで黙らせる。


「うん。欲しい」

「早く外に出られるといいな」


 莠冰の頭を一撫ですると、煌蘭は電源が切れたように気を失った。後ろに倒れ込んだ煌蘭を嵐瑛は危なげなく受け止め、抱き上げて別室に運んで行った。


「あの……涼封士」


 おずおずと貞が景斗の前に立つ。


「何でしょう」

「玲封士は一体何者です? ただの封士ではありませんよね?」


 そうだ。これまでの行いの数々を見て、ただの封士だと思う方がどうかしている。さて、どうしようか。言っても良いものか。いや、よくないだろう。封士連本部では箝口令が敷かれているのに、こんなところで彼女の素性をペロッとしゃべってしまうのはよくない。


「詳しいことは話せません。ですが、そうですね。私の上司に当たりますね」


 いえるのはここまでだろう。滅部部長の上司といったらもう答えを言っているのも同然なのだが。


「そうですか……」


 頭のいい人だ。何かを察してくれたらしい。景斗は小さく顎を引いた。


「玲封士からもらった封珠、大切にしてください。困ったときに、封士連に持っていって持ち主と知り合いだというと皆、全力で協力してくれますよ?」

「はあ……判りました……」


 景斗は貞に黙礼すると、煌蘭の連れて行かれた部屋へと向かった。

 部屋にはいると、嵐瑛が寝台の脇に椅子を引っ張ってきて、それに座っている。やっていることは人間と変わらないなとなんだか感慨深いものがある。


「煌蘭は?」

「眠ってる。暫く眠る。と自分でも言ってたからな」

「いつ?」


 訪ねると嵐瑛は黙り込んでしまった。景斗はため息をついて、少し離れて並んでいる寝台に腰掛けた。


「精霊、これからお前はどうするんだ?」

「どう、とは?」


 嵐瑛は振り返らない。そんなに煌蘭の顔を見ていたいのか。


「煌蘭のことはおれが看てる。好きなところに行けばいいだろう?」


 フッと小さく笑ったような声が耳に届いてきた。


「煌蘭にも同じことを言われた」


 じっと、景斗は嵐瑛の後ろ姿を見る


「お前、煌蘭のところにいるつもりか?」


 短い沈黙の後、嵐瑛がこちらを向いた。


「煌蘭が許すなら」


 煌蘭なら許すと思う、という言葉は言わずに置く。なんだか、癪な気がした。


「煌蘭のことどれだけ知ってるんだ?」

「……全く、と言っていいだろうな」

「教えてやろうか?」

「いい。自分で聞く」


 嵐瑛はくるりと体を煌蘭の方に向けてしまった。

 つまらない答えだ、と景斗は思う。なので、一方的にしゃべることにした。


「封士連は封士会と長老会の二つで成り立っている。封士会とは解部、縛部、玉部、滅部、封部の五つからなっていて、術を学びながら様々な仕事をしている。いわゆる実働部隊だ。これに対して、長老会は封士会を脱退したけれど、才能故に手放せない六十歳以上の老封士が所属している。地位的な差はないというが、実際は長老会の方が上だ」


 何を言い出すんだという目で嵐瑛がちらりと睨むが気にしない。どうせ煌蘭は目覚めない。


「長老会の上には封士連全体を統括する老師という地位がある。七年前に急にできた地位だがな。封士連のトップだ。作られたとき、就任したのが瓏老師。瓏煌蘭」


 煌蘭、と聞いた瞬間、嵐瑛が訝しげに景斗の方を振り返った。景斗はその反応に満足してにんまりと笑う。あまり滅部では見せない笑いだ。というより、彼は基本的に笑わない。


「瓏煌蘭?」

「そこで寝てるのが瓏煌蘭」

「玲は偽名か?」


 嵐瑛は肩眉を跳ね上げた。


「何だ。名字を知っていたか。玲の方が本名だ」

「なぜ?」

「煌蘭の両親が封部の人間で、その中でも五指に入るの実力の持ち主だった。親の七光りと言われるのが嫌で名字を変えた、と言ってはいるが、実際はただ単に両親を泣かせたかっただけだろうな」


 景斗はやれやれ、と言う風に苦笑して肩をすくめた。


「……煌蘭は玉部玉位だと言っていた」

「お前は、あの実力を見て本気で玉位の人間だと思うか?」

「思うわけないだろう」


 不快そうに嵐瑛は眉をひそめた。煌蘭のことを詳しく知っているという優越感から、景斗は自分が滅部では寡黙だと言うことも忘れてしゃべりまくる。


「あいつは、昔からそうだった。決定的だったのは、縛術試験の時だったか。いきなり、凝玉と精霊の召喚をやってのけた。本人曰く、ろうそくの火の中に小さな精霊を見つけたから入れてみた、らしいんだが、精霊の封印を解いた後の精霊の発言が問題だった」

「この間言っていたやつか?」

「そう。煌蘭の封珠の中、気持ちよすぎて出て来たくないよ。力も回復するみたいだし」


 途端に、嵐瑛が何とも言えない表情になった。言いたいことは口で言え、と思ったが、嵐瑛は恐らく別のことを言った。


「まあ、普通だったらあり得ないな。封珠の中ははっきり言って居心地が悪い。術者の念が籠っていて、力を吸われるような感じがする」


「そう。長老達もそれを知っていて、さあ、どうしようという話になった。十二歳という年齢で封位を与えるのは規定違反だし、仮に与えたとしても、封位の実力を著しく逸脱している。かといって、いきなり老人達の中に放り込むわけにも行かないし、与えられる地位がないからといって、放浪の準封士や、封縛使いにするにはあまりにも惜しい。煌蘭は長老たちが特例で出した、他の受験者たちとは異なった筆記試験で満点だった。その筆記試験は、後で聞いた話、おれでも解けるかどうかわからない。

 封力も、知力も申し分なかった。ならば、何の制約もない新しい地位を作ろう、ということになった。封士会のトップにすると、封部や、滅部から反発がありかねない。だから、いっそのこと、一番上に据えてしまおうと。そうすれば、長老会も従っているのだから表立って封部や滅部も文句が言えない。それで、七年前、老師という地位が新しくでき、玲煌蘭、改め瓏煌蘭は封士数万人を背負う封士連のトップになった」


「そんな……」

「後は煌蘭に聞け。その後煌蘭が何を思ったかはおれにはわからないからな」

「一つだけ。どうして、そんなお偉方がここにいる」

「煌蘭は旅が好きなんだよ。それだけだ。本当は一年中でもいろんなところに行っていたいはずだ」


 景斗は立ち上がると煌蘭のところまで来て、さらりと髪をなでた。


「でも、地位が地位だけにそう言うわけにも行かないからな。本来なら封士連本部にいてもらわなければならない瓏老師を連れ帰るためにおれたちは来たんだ」

「どうして俺にそんな話を?」

「……煌蘭の守護精霊になって欲しい。そうすれば、もっと気兼ねなくいろんな場所に行ける」


 おれが話したことは言うな。と強く言い、景斗は出ていってしまった。

 残された嵐瑛は煌蘭の顔をじっと見つめる。


「煌蘭さえいいというなら、ずっとそばにいたい……守護精霊だろうと、何だろうと、そばにいられるのなら、肩書きなんてどうでもいい」


 ふわりと掠めるように煌蘭の額に口づけを落とし、嵐瑛も部屋を出ていった。





 (タイトルの)正体も何も今更な気がしますが。

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