第十二章:砕けたプライド、滲む執着
涼子の悔しさ――取り逃がした髪
工場跡の薄暗い倉庫で、涼子は一人、防護スーツのヘルメットを床に投げつけた。
「……なぜ……なぜ、あの時すぐに髪を奪わなかったの……!」
冷静を装っていた彼女の顔には悔しさがにじみ、指先は震えていた。
あと少し、ほんの数秒で――かなさの髪は自分のものになっていたはずだった。
「……あの女を挑発なんてしなければ……!」
涼子は歯を食いしばり、床に拳を打ちつけた。彼女の中には、理不尽なほどに強烈な自己嫌悪と、かなさへの憎悪が渦巻いていた。
髪質コンプレックス――涼子の過去
涼子は富裕層の娘として生まれ、何不自由ない生活を送り、容姿も聡明さも周囲に称賛されてきた。彼女にとって「完璧であること」は当然のことだった――ただ一つ、「髪」だけは違った。
彼女の髪は、一見美しく整えられているが、本人にとっては許せない「粗」があった。湿気の多い日には少しだけうねりが出たり、毛先がどうしても枝毛になりやすかったり――他の人から見れば些細なことだが、涼子にとってそれは「完璧」の邪魔をする耐え難い欠点だった。
かなさとの出会い――屈辱の記憶
その髪質コンプレックスが最も深くえぐられたのは、数年前、ある社交パーティーでかなさと出会ったときのことだった。
「素敵なドレスね、黒谷さん。でも、あなたの髪――少しパサついているんじゃない?」
かなさは美しいストレートヘアを揺らしながら、優雅に笑っていた。彼女の髪はまるで絹のようで、完璧な直線を描いていた。
その瞬間、涼子の心は粉々に砕けた。彼女にとって「誰よりも完璧な自分」が、その場で否定されたのだ。
「あの女さえいなければ……!」
その屈辱が、かなさの髪への執着に変わった。「あの髪さえ手に入れれば、私は本当の完璧になれる」――それが彼女のすべてだった。
涼子の次なる計画
「もう二度と、同じ失敗はしない」
涼子は鏡の前に立ち、自分の髪を見つめた。表面はツヤがあるが、その奥にあるわずかなうねりが彼女には耐えられなかった。
「私が手に入れるべき髪は、あの女の髪だけよ」
彼女は自分に言い聞かせるように呟くと、部下に向かって指示を出した。
「次はかなさを徹底的に追い詰める。そして、髪を奪うだけでなく、彼女に絶対の屈辱を与えるのよ」
部下が戸惑いながら尋ねた。「具体的には、どうされるおつもりで?」
「彼女の髪のダメージは少しずつ進んでいる。次は、その髪を彼女自身に見捨てさせる――いや、むしろ『諦めさせる』計画よ」
涼子の目には狂気とも取れる光が宿っていた。「あの女のプライドをへし折り、その髪を私の手にする。その日が来たら、世界は私だけを称えるわ」
かなさの髪――揺れる誇り
一方、かなさはリムジンの中で震える指先を髪に這わせていた。
「……元に戻る……すぐに戻る……」
彼女は自分に言い聞かせるように呟き続けた。
だが、髪を撫でるたび、わずかに感じる枝毛とザラつきが、彼女のプライドを容赦なく侵食していく。
「私の髪が……こんなに傷つけられるなんて……!」
その悔しさと焦りが、彼女の胸に燃え上がり始めた。
「必ず元に戻す。私の髪は、世界で唯一無二のもの――絶対に譲らない」
かなさの執着は、今まで以上に強固なものになっていた。
レジスタンスの動き
一方、蓮としずえのレジスタンスは、かなさの髪を無効化するための新たな作戦を練り始めていた。
「次の一手は慎重にやる。かなさが髪にどれだけ執着しているか――今回の件でよくわかっただろう」
蓮は真剣な目で地図を指差し、しずえに言った。「今度こそ、あの髪の支配を完全に終わらせるんだ」