第十一章:髪とプライド
涼子の逆襲
かなさの「フェロモン」によって魅了された涼子の部下たちは動きを止め、彼女の命令に従い始めた。工場内はかなさが再び支配したかのような静けさに包まれる。
「これで終わりよ、涼子。あなたの部下はもう私のもの」
かなさは勝ち誇ったように微笑み、髪をなびかせる。しかし――。
「そう思うのは早いわよ」
涼子の冷たい声が工場内に響いた。
かなさが振り返ると、涼子が一人、吸引装置を操作しながら前進してきた。彼女の目には微塵の迷いもなく、髪のフェロモンの影響も受けていない。
「どうして……あなたには効かないの?」
かなさの顔が驚愕に歪む。
涼子はその問いに冷ややかな笑みを浮かべて答えた。「あなたの髪がどれだけ美しくても――私は、お前を憎んでいる。その憎しみが、お前の魔法なんかに負けるわけがない!」
かなさの喉が引き攣る。「……そんな……!」
絶体絶命の危機
「さあ、今度こそ終わりよ」
涼子は装置のスイッチを押し込み、ノズルが低い唸りを上げながら作動し始めた。吸引力が強まり、かなさの髪の先端が機械に引き寄せられていく。
「やめて……やめなさい!」
かなさは必死に髪を引き寄せ、後ろに逃れようとする。しかし、吸引力は強く、滑らかな髪の束が徐々にノズルの中に吸い込まれ始めた。
「あなたの誇りが、今壊れる瞬間よ」
涼子はかなさに顔を近づけ、耳元で囁くように言った。「自分の髪が一本残らず引き抜かれた後、どうなるかしら?想像できる?」
かなさの顔は蒼白になり、全身が震え始めた。髪が、彼女の力と存在そのものが――今まさに奪われようとしている。
「お願い……やめて……」
かなさの声が震え、涙が頬を伝う。
涼子は冷たく笑い、装置の操作パネルに手をかけた。「その姿、最高に無様ね。今まで他人を見下してきた罰よ」
ノズルはさらに髪を吸い込み、かなさの髪の先端はすでに内部へと引き込まれつつあった。
「やめて……この髪は……私の……!」
救いの一手
その瞬間――。
「かなさ様!」
鋭い叫び声と共に、側近の高嶺亮が瓦礫を飛び越え、装置に向かって全力で駆け込んできた。
涼子が振り向くより早く、亮は操作パネルに手を叩きつけ、スイッチを強制的に切った。
ノズルの唸り音が急に止まり、吸引が途絶える。
「亮……!」
かなさは震える声で亮を見つめた。彼の顔には土埃が付き、息は荒い。それでも、その目はかなさを守る決意に満ちていた。
「申し訳ありません、かなさ様。遅れました」
亮は涼子を睨みつけ、彼女とかなさの間に立ちはだかった。
「邪魔をしないで!」
涼子は怒りに声を震わせ、亮に詰め寄ろうとしたが、かなさがその隙をついて髪を引き寄せ、守るように抱きしめた。
「これ以上、私の髪に触れさせない……!」
かなさの目には涙が光り、プライドと屈辱、そして安堵が入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。
工場崩壊の予兆
「かなさ、お前の髪も、涼子の野望も――ここで終わりだ!」
工場の奥から蓮の怒声が響き渡る。彼が仕掛けた爆薬が次々と爆発し、工場全体が大きく揺れ始めた。
「工場が崩れる……!」
涼子は悔しげに叫び、部下たちを急いで退避させる。
「かなさ様、こちらへ!」
亮がかなさの手を引き、崩れる瓦礫を避けながら出口へと向かう。かなさは髪を必死に守りながら、その後ろ姿に従った。
「涼子……次は、絶対にあなたを潰す……!」
かなさは崩壊する工場の中で、かすかな声で呟いた。