8話 家族らのとまどい
「俺が、この村の召喚師たちを鍛えます。そうすりゃ村が手薄になろうが俺が連行されようが、村を守り切れるでしょう」
「何を、言っている?」
「召喚師は他クラスと違って、能力に個人差があるわけじゃありません。正しい知識さえ身に着けりゃ、誰でも俺と同じことができる」
開き直ったマナヤは、戸惑っているノーラン隊長へ捲したてた。
今この場でどうにかする手は、もうこれしか思い浮かばない。もともと、この世界の召喚戦には物申したいことが山ほどあったのだ。
「この村にゃ、俺以外にも十一人の召喚師がいたはずです。そいつらを俺と同じレベルに鍛え上げる。俺と同じように、スタンピードの半分を単独で抑えられる召喚師……それが十一人もいりゃ、村の守りは完璧になりますよね」
「ふざけたことを! そのようなバカげた提案を我々が受け入れるとでも――」
「――いいだろう」
「ディロン殿!?」
許可を出したのは、黒魔導師ディロン。
(やっぱこの黒魔導師、急に態度が丸くなったよな)
内心首を傾げる。
当のディロンは、目を剥いているノーラン隊長へ冷淡な視線を。
「もとより、彼が先ほど語った戦術がいかなる理屈で成立しているのか、尋問する予定だったのだ。彼が進んでそれを開示するというならば、手間が省けるというもの。違うか?」
「し、しかしですな……」
「無論、条件はつける。……マナヤ、だったな。こちらの条件を呑めるというなら、今しばらく村に留まることを許可しよう」
すぐに目をマナヤへ戻した黒魔導師ディロンは、上半身を乗り出してきた。
試すようにこちらへ手を差し出し、まず一本指を立てる。
「まず一つ目。君が村の召喚師を鍛錬する場には、我々騎士隊から一人、同席させてもらう」
「望むところです」
監視、ということだろう。
むしろ好都合だ。兄である史也から教わった召喚師の戦い方。しっかりとしたデータにもとづく根拠があるというところを見せれば、きっと納得してもらえるはず。
黒魔導師ディロンは二本目の指を立てた。
「二つ目。君に与えられる時間は、十日間だ」
「十日間、ですか?」
「知っての通り、封印しそこねたモンスターは早ければ数日で再発生する」
頷くマナヤ。テオの記憶からも、それは知っている。
モンスターを倒した後に残る瘴気紋。それをを封印せずに放置すれば、数分で消える。しかしそれは瘴気という形で空気中へと戻っただけで、時間経過でまた固まりモンスターとして再発生するのだ。
「昨晩のスタンピードで多数の瘴気紋を封印しそこね、瘴気として散らしてしまったと聞いている」
「まあ……召喚師が十二人しか居なけりゃ、そうでしょうね」
「ゆえに、モンスターの再発生が激化するであろう十日目以降。そこからが勝負となる。そうなれば村の召喚師たちも遊ばせておくわけにはいかん」
「わかりました」
十日間。初心者同等の者達をマナヤのレベルまで育てるには、全く時間が足りない。
だがやるしかないだろう。ただでさえ、いつスタンピード第二波が来てもおかしくない状況。召喚師の育成を急がねばならないことには変わりないのだ。
「三つ目、これが最後だ。十日後になんらかの目に見える結果を残せなかった場合、君には素直に駐屯地へ出頭してもらう」
「……はい」
逆に言えば、十日間はこの村に留まっていられるということだ。その後も、成果次第では引きつづき村を守り続けることができる。気合を入れて、まっすぐ黒魔導師ディロンの目を睨み返した。
マナヤの視界外で、テオの両親が息を呑んでいる気配が伝わる。ちくりと、胸に針が刺さった。
「では、マナヤさん。貴方はこれからどうされますか?」
白魔導師テナイアがにこやかに訊ねてくる。
「どう、って……」
「とりあえずこの十日間、どこで暮らしますか? できる限り貴方の希望に沿いましょう」
その問いを聞いて、ノーラン隊長が思わずテナイアを睨む。だがいきり立ちそうになる隊長を、黒魔導師ディロンが手を挙げて押しとめていた。
(どこで、暮らす……)
マナヤの中では、もう決まっている。
「この家で過ごしたいッス。テオの家族を守ってやらなきゃならねえ」
村の南区画にあるこの家なら、南からのスタンピード第二波にもすぐ対応できるだろう。
白魔導師テナイアが頷き、黒魔導師ディロンへ視線を送る。ディロンもまた頷き返した。
「結構。……スコット殿にサマー殿だったな。彼を預ける」
ディロンはテオの両親へと顔を向けて言い、立ち上がる。テナイアが続き、そしてノーラン隊長も慌てたように席を立った。
(え、俺、マジでこの家にいていいのか?)
ここまで怪しまれていたのだ。この騎士達が泊まっている宿舎に連れていかれ、そこで監視されると思っていたのだが。
「……」
ノーラン隊長がちらりと、厳しい目つきでマナヤへ振り返る。
が、すぐに黒魔導師と白魔導師に続き、部屋から立ち去っていった。
◆◆◆
「……」
部屋に漂う沈黙。
そして、マナヤをちらちらと見ながらも視線を逸らす家族ら。
(ちくしょう。だから言いたくなかったんだ)
だが自分にテオの演技ができたかといえば、怪しい。
いたたまれなくなり、マナヤは俯く。
(い、いや待て、こうしちゃいられねえ!)
いつ第二波が襲ってくるかわからないのだ。
動くなら早い方がいい。すぐにでも召喚師たちの育成にとりかからねば。
「――ね、あんたさっき起きたばっかりなんでしょ?」
「へ? あ、ああ」
底抜けに明るい声で沈黙を破ったのは、赤毛の女剣士アシュリーだ。
「じゃ、お腹空いてるでしょ。スコットさん、サマーさん、何か彼が食べるものありません?」
「え……え、ええ。ちょうどエタリアができてるわ」
彼女の提案にサマーがおずおずと答え、立ち上がった。
「待てよ! 今は食ってる場合なんかじゃ――」
「病み上がりが何言ってんのよ。そんな状態で、体力もつけずに何ができるの?」
マナヤをぴしゃりと遮るアシュリー。
丁度くぅ、と腹が鳴り、同時に軽くめまいがした。彼女の言う通り、まだ身体が本調子ではないようだ。
「お腹がカラじゃ間引きもできない。そうでしょ?」
『……〝腹が減っては戦もできぬ〟ってことか』
「え?」
「あ、す、すまん。俺の世界の言葉だ」
思わず日本語が口から出てしまった。
ちなみにアシュリーが言った『間引き』というのは、村周辺の森でモンスターを狩る作業のことを言う。
「……取ってくるわね」
サマーがやや戸惑いがちに、台所へと向かった。
(確かに、体力はつけねえと)
騎士達が村の周囲を見張っているというのだ。とりあえず、何かあればすぐ対処はできるはず。
いったん深呼吸し、気持ちを落ち着けるマナヤ。
(……しまった)
と、残ったスコットとシャラが、異様な目をこちらに向けていることに気づいた。テオであった人間が、得体のしれない言語を発したのだ。無理もない。
対照的に、キラキラとした目で見つめてくるアシュリー。
「ホントに別世界の人間なんだ。そうそう、今のあんたのこと〝マナヤ〟って呼べば良いのよね?」
「あ、ああ、そうして貰えると助かる」
「ね、ね、あんたの住んでた世界ってどんなとこなの?」
元のテオとあまり面識が無いからだろうか。彼女はむしろワクワクした様子で訊ねてくる。
「あー……そうだな。モンスターがいないってのは言ったよな? だから一般人は戦う力を持ってねーんだ」
「そうなの? じゃ、狩りとかはどうしてんの?」
「狩りは、それ専用の武器を持って専門の狩人がやってる。あと牧場だろ」
「ふーん、牧場はあるんだ。じゃ一般人は普段なにしてるの?」
マナヤ自身に馴染みのある話題となって、話が弾んだ。孤独感が癒されるような気分になる。
「――へー、学び舎がたくさんあるんだ」
「ああ、こっちにもそういうのがあんだな?」
「ええ、あたしは孤児院出身だからね。そこが学び舎を兼ねてるの」
「……悪ぃ」
「気にしないでよ。あたしは捨て子みたいなもんだから、元から親の顔も知らないし」
「い、いやそりゃ却って気にするだろーが」
だが、アシュリーはむしろ胸を張るように言った。
「それにお父さんは英雄として生きてるらしいのよ。いつか会いに行くわ」
「英雄?」
「そ。あたし自身も英雄を目指して、いずれ並び立つの」
「……んな簡単にいくかね」
「そうね。さっそくあんたに〝英雄〟の座を取られちゃったし?」
アシュリーがこつん、と軽く裏拳でマナヤの額を叩く。
思わず笑みが漏れた。軽口を叩くような彼女の気安さが、今の自分にはありがたい。
「ま、だからあたしはまだマシな方なの。珍しくもないのよ? 両親がいない子なんて」
アシュリーのその台詞に、シャラがピクリと反応した。
横目でそれを確認して、マナヤも察する。シャラのような境遇の者はこの世界に相当数いるようだ。だからこそ、召喚師が……
「それで、そっちの学び舎ってどんな風に教えてるの?」
「おう、それはな……えーと……」
記憶を探ろうとし、凍り付いた。
(――あれ?)
思い出せない。
小学校などに通っていた間の記憶が、なにも。
いや、学校どころではない。子供時代の記憶そのものが全く残っていないのだ。霞みがかった、などという生易しいものではない。最初から記憶など無かったかのように、からっぽだ。
ぞっと冷える背筋。
「マナヤ?」
様子がおかしいことに気づいたか、アシュリーが顔を覗き込んでくる。だが、マナヤはそれどころではない。
(なんだよ、これ……まさか、あの神とやらの仕業か?)
この世界に、余計な地球の知識や文化を取り入れさせないための措置だろうか。だがだとしたら、なぜ子供時代だけなどという中途半端な記憶消去をしたのか。
混乱と寒気で、全身がおぞけ立ってくる。
「持ってきたわ」
盆を持ってきたサマーの声に、はっと我に返る。
マナヤの前に置かれた盆の上には、何やら黄色い小さな粒が器にこんもりと盛り付けてあった。その粒の山にかけられているのは、茶色いソースらしきもの。
「あ、ああ、すんません」
「いえ、いいのよ……」
声をかけてみるマナヤだったが、サマーの返答はどこかぎこちない。
と、そこへ「あー」とアシュリーの残念そうな声が。
「ごめん、あたしそろそろ交代に行かなきゃ」
彼女は、机の上に置いてあった時計らしきものを見ていた。
置き時計に相当するものだろうか。黒い板のようなものに、時刻を示すこの世界の数字が浮かび上がっている。さすがに液晶パネルではないようだが、デジタル時計のそれに近い。
「交代?」
「警備の交代よ。防壁の修復が済んでないから、モンスター襲撃に備えた警備」
そう言ってくるりと、スコットとサマーの方を向くアシュリー。
「じゃあ、お邪魔しました。スコットさん、サマーさん」
「あ、ああ……」
「ありがとうね、アシュリーさん」
それぞれ戸惑いがちに返答するが、そこへアシュリーが人差し指を立てて二人にぴしゃりと言い放つ。
「それから、マナヤをそんな目で見ないであげてくださいよ? 彼が望んでなったわけじゃないって、わかってますよね?」
そう言われて、二人はハッとマナヤの方を見る。
「じゃ、また話聞かせてね。マナヤ」
アシュリーはこちらへ笑顔を見せ、爽やかに去っていった。目を伏せたままのシャラを、最後にちらりと横目で見ながら。
彼女の背を見送った後、テオの両親がマナヤへ向き直る。
「その、すまなかった、マナヤくん」
「あなたは、私達の村を守ってくれたのよね」
そう言って、スコットとサマーは表情を緩めた。だが、まだ戸惑いは隠しきれないようだ。
「ああいや、気にしないでくれ。スコットさん、サマーさん」
答えながらマナヤは、目の前に出された食べ物らしきものをテオの記憶から探る。
エタリア。一粒一粒はビーズほどの大きさの小さな穀物を炊いたものだ。米や小麦に相当する、この村の炭水化物源ということらしい。
(……消えた記憶に関しては、いったん置いとこう。今は腹ごしらえだ)
細いスプーンのような、金属製の匙を手に取る。まずはソースがかかっていない部分をすくい上げ、口に入れてみる。
思いのほか弾力のある食感が歯に返ってきた。あまり味はしない。ただほのかに何か、形容しがたいエスニックな香りが口の中に広がる。
今度はソースに絡めて口にしてみた。ソースに強い塩味と、何か食欲をそそるスパイスのようなものを感じる。エタリアという穀物との相性も悪くない。
「うまい」
ぽつりと呟き、そのまま食べ進めた。
地球で食べていた日本食とはずいぶんと違うが、これはこれで悪くはない。飯マズな世界ではなかったか、と安堵の息をつく。
「……すみません、サマーさん。私も、仕事に戻らなきゃ」
そんな中、シャラが顔を伏せたまま立ち上がり、いまだ沈んだ声でサマーに告げた。
「ええ。……看病を手伝ってくれてありがとう。シャラちゃん」
「いえ……」
こちらとは目を合わせぬまま、シャラは立ち去ってしまう。
彼女もまだ折り合いが付かないのだろう。当然か、とマナヤもそれを黙ってそれを見送った。
「少し、聞いても良いかな、マナヤくん」
「ん?」
あらかた食べ終えて腹も膨れたところで、スコットがたずねてくる。
「テオの、村がスタンピードに滅ぼされた記憶があると言っていたね」
「ああ」
「詳しく聞いても構わないか」
「……気持ちの良い話にゃならねーが、それでも良いか?」
テオの記憶に引っ張られているのか、スコットやサマーに丁寧語を使う気にはなれない。彼らを〝父さん〟や〝母さん〟と呼ぶのは躊躇したというのに、我ながら一貫しない感情だ。
「君が覚えている、テオの最後の様子を聞きたいんだ」
ぎゅ、と唇を結んでスコットが絞り出すように言った。サマーが気遣うように彼の肩に右手を添えている。
そんな二人を見て、マナヤの頬が引き締まった。
「わかった」