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召還された召喚師  作者: 星々導々
第一章 転生者の降臨・消滅・そして再臨
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8話 家族らのとまどい

「俺が、この村の召喚師たちを鍛えます。そうすりゃ村が手薄になろうが俺が連行されようが、村を守り切れるでしょう」

「何を、言っている?」

「召喚師は他クラスと違って、能力(スペック)に個人差があるわけじゃありません。正しい知識さえ身に着けりゃ、誰でも俺と同じことができる」


 開き直ったマナヤは、戸惑っているノーラン隊長へ(まく)したてた。

 今この場でどうにかする手は、もうこれしか思い浮かばない。もともと、この世界の召喚戦には物申したいことが山ほどあったのだ。


「この村にゃ、俺以外にも十一人の召喚師がいたはずです。そいつらを俺と同じレベルに鍛え上げる。俺と同じように、スタンピードの半分を単独で抑えられる召喚師……それが十一人もいりゃ、村の守りは完璧になりますよね」

「ふざけたことを! そのようなバカげた提案を我々が受け入れるとでも――」

「――いいだろう」

「ディロン殿!?」


 許可を出したのは、黒魔導師ディロン。


(やっぱこの黒魔導師、急に態度が丸くなったよな)


 内心首を傾げる。

 当のディロンは、目を剥いているノーラン隊長へ冷淡な視線を。


「もとより、彼が先ほど語った戦術がいかなる理屈で成立しているのか、尋問する予定だったのだ。彼が進んでそれを開示するというならば、手間が省けるというもの。違うか?」

「し、しかしですな……」

「無論、条件はつける。……マナヤ、だったな。こちらの条件を呑めるというなら、今しばらく村に留まることを許可しよう」


 すぐに目をマナヤへ戻した黒魔導師ディロンは、上半身を乗り出してきた。

 試すようにこちらへ手を差し出し、まず一本指を立てる。


「まず一つ目。君が村の召喚師を鍛錬する場には、我々騎士隊から一人、同席させてもらう」

「望むところです」


 監視、ということだろう。

 むしろ好都合だ。兄である史也(ふみや)から教わった召喚師の戦い方。しっかりとしたデータにもとづく根拠があるというところを見せれば、きっと納得してもらえるはず。

 黒魔導師ディロンは二本目の指を立てた。


「二つ目。君に与えられる時間は、十日間だ」

「十日間、ですか?」

「知っての通り、封印しそこねたモンスターは早ければ数日で再発生する」


 頷くマナヤ。テオの記憶からも、それは知っている。

 モンスターを倒した後に残る瘴気紋。それをを封印せずに放置すれば、数分で消える。しかしそれは瘴気という形で空気中へと戻っただけで、時間経過でまた固まりモンスターとして再発生するのだ。


「昨晩のスタンピードで多数の瘴気紋を封印しそこね、瘴気として散らしてしまったと聞いている」

「まあ……召喚師が十二人しか居なけりゃ、そうでしょうね」

「ゆえに、モンスターの再発生が激化するであろう十日目以降。そこからが勝負となる。そうなれば村の召喚師たちも遊ばせておくわけにはいかん」

「わかりました」


 十日間。初心者同等の者達をマナヤのレベルまで育てるには、全く時間が足りない。

 だがやるしかないだろう。ただでさえ、いつスタンピード第二波が来てもおかしくない状況。召喚師の育成を急がねばならないことには変わりないのだ。


「三つ目、これが最後だ。十日後になんらかの目に見える結果を残せなかった場合、君には素直に駐屯地へ出頭してもらう」

「……はい」


 逆に言えば、十日間はこの村に留まっていられるということだ。その後も、成果次第では引きつづき村を守り続けることができる。気合を入れて、まっすぐ黒魔導師ディロンの目を睨み返した。

 マナヤの視界外で、テオの両親が息を呑んでいる気配が伝わる。ちくりと、胸に針が刺さった。


「では、マナヤさん。貴方はこれからどうされますか?」


 白魔導師テナイアがにこやかに訊ねてくる。


「どう、って……」

「とりあえずこの十日間、どこで暮らしますか? できる限り貴方の希望に沿いましょう」


 その問いを聞いて、ノーラン隊長が思わずテナイアを睨む。だがいきり立ちそうになる隊長を、黒魔導師ディロンが手を挙げて押しとめていた。


(どこで、暮らす……)


 マナヤの中では、もう決まっている。


「この家で過ごしたいッス。テオの家族を守ってやらなきゃならねえ」


 村の南区画にあるこの家なら、南からのスタンピード第二波にもすぐ対応できるだろう。

 白魔導師テナイアが頷き、黒魔導師ディロンへ視線を送る。ディロンもまた頷き返した。


「結構。……スコット殿にサマー殿だったな。彼を預ける」


 ディロンはテオの両親へと顔を向けて言い、立ち上がる。テナイアが続き、そしてノーラン隊長も慌てたように席を立った。


(え、俺、マジでこの家にいていいのか?)


 ここまで怪しまれていたのだ。この騎士達が泊まっている宿舎に連れていかれ、そこで監視されると思っていたのだが。


「……」


 ノーラン隊長がちらりと、厳しい目つきでマナヤへ振り返る。

 が、すぐに黒魔導師と白魔導師に続き、部屋から立ち去っていった。



 ◆◆◆



「……」


 部屋に漂う沈黙。

 そして、マナヤをちらちらと見ながらも視線を逸らす家族ら。


(ちくしょう。だから言いたくなかったんだ)


 だが自分にテオの演技ができたかといえば、怪しい。

 いたたまれなくなり、マナヤは俯く。


(い、いや待て、こうしちゃいられねえ!)


 いつ第二波が襲ってくるかわからないのだ。

 動くなら早い方がいい。すぐにでも召喚師たちの育成にとりかからねば。


「――ね、あんたさっき起きたばっかりなんでしょ?」

「へ? あ、ああ」


 底抜けに明るい声で沈黙を破ったのは、赤毛の女剣士アシュリーだ。


「じゃ、お腹空いてるでしょ。スコットさん、サマーさん、何か彼が食べるものありません?」

「え……え、ええ。ちょうどエタリアができてるわ」


 彼女の提案にサマーがおずおずと答え、立ち上がった。


「待てよ! 今は食ってる場合なんかじゃ――」

「病み上がりが何言ってんのよ。そんな状態で、体力もつけずに何ができるの?」


 マナヤをぴしゃりと遮るアシュリー。

 丁度くぅ、と腹が鳴り、同時に軽くめまいがした。彼女の言う通り、まだ身体が本調子ではないようだ。


「お腹がカラじゃ()()()もできない。そうでしょ?」

『……〝腹が減っては戦もできぬ〟ってことか』

「え?」

「あ、す、すまん。俺の世界の言葉だ」


 思わず日本語が口から出てしまった。

 ちなみにアシュリーが言った『間引き』というのは、村周辺の森でモンスターを狩る作業のことを言う。


「……取ってくるわね」


 サマーがやや戸惑いがちに、台所へと向かった。


(確かに、体力はつけねえと)


 騎士達が村の周囲を見張っているというのだ。とりあえず、何かあればすぐ対処はできるはず。

 いったん深呼吸し、気持ちを落ち着けるマナヤ。


(……しまった)


 と、残ったスコットとシャラが、異様な目をこちらに向けていることに気づいた。テオであった人間が、得体のしれない言語を発したのだ。無理もない。

 対照的に、キラキラとした目で見つめてくるアシュリー。


「ホントに別世界の人間なんだ。そうそう、今のあんたのこと〝マナヤ〟って呼べば良いのよね?」

「あ、ああ、そうして貰えると助かる」

「ね、ね、あんたの住んでた世界ってどんなとこなの?」


 元のテオとあまり面識が無いからだろうか。彼女はむしろワクワクした様子で訊ねてくる。


「あー……そうだな。モンスターがいないってのは言ったよな? だから一般人は戦う力を持ってねーんだ」

「そうなの? じゃ、狩りとかはどうしてんの?」

「狩りは、それ専用の武器を持って専門の狩人がやってる。あと牧場だろ」

「ふーん、牧場はあるんだ。じゃ一般人は普段なにしてるの?」


 マナヤ自身に馴染みのある話題となって、話が弾んだ。孤独感が癒されるような気分になる。


「――へー、学び舎がたくさんあるんだ」

「ああ、こっちにもそういうのがあんだな?」

「ええ、あたしは孤児院出身だからね。そこが学び舎を兼ねてるの」

「……(わり)ぃ」

「気にしないでよ。あたしは捨て子みたいなもんだから、元から親の顔も知らないし」

「い、いやそりゃ(かえ)って気にするだろーが」


 だが、アシュリーはむしろ胸を張るように言った。


「それにお父さんは英雄として生きてるらしいのよ。いつか会いに行くわ」

「英雄?」

「そ。あたし自身も英雄を目指して、いずれ並び立つの」

「……んな簡単にいくかね」

「そうね。さっそくあんたに〝英雄〟の座を取られちゃったし?」


 アシュリーがこつん、と軽く裏拳でマナヤの額を叩く。

 思わず笑みが漏れた。軽口を叩くような彼女の気安さが、今の自分にはありがたい。


「ま、だからあたしはまだマシな方なの。珍しくもないのよ? 両親がいない子なんて」


 アシュリーのその台詞に、シャラがピクリと反応した。

 横目でそれを確認して、マナヤも察する。シャラのような境遇の者はこの世界に相当数いるようだ。だからこそ、召喚師が……


「それで、そっちの学び舎ってどんな風に教えてるの?」

「おう、それはな……えーと……」


 記憶を探ろうとし、凍り付いた。


(――あれ?)


 思い出せない。

 小学校などに通っていた間の記憶が、なにも。

 いや、学校どころではない。子供時代の記憶そのものが()()()()()()()()のだ。霞みがかった、などという生易しいものではない。最初から記憶など無かったかのように、からっぽだ。

 ぞっと冷える背筋。


「マナヤ?」


 様子がおかしいことに気づいたか、アシュリーが顔を覗き込んでくる。だが、マナヤはそれどころではない。


(なんだよ、これ……まさか、あの神とやらの仕業か?)


 この世界に、余計な地球の知識や文化を取り入れさせないための措置だろうか。だがだとしたら、なぜ子供時代だけなどという中途半端な記憶消去をしたのか。

 混乱と寒気で、全身がおぞけ立ってくる。


「持ってきたわ」


 盆を持ってきたサマーの声に、はっと我に返る。

 マナヤの前に置かれた盆の上には、何やら黄色い小さな粒が器にこんもりと盛り付けてあった。その粒の山にかけられているのは、茶色いソースらしきもの。


「あ、ああ、すんません」

「いえ、いいのよ……」


 声をかけてみるマナヤだったが、サマーの返答はどこかぎこちない。

 と、そこへ「あー」とアシュリーの残念そうな声が。


「ごめん、あたしそろそろ交代に行かなきゃ」


 彼女は、机の上に置いてあった時計らしきものを見ていた。

 置き時計に相当するものだろうか。黒い板のようなものに、時刻を示すこの世界の数字が浮かび上がっている。さすがに液晶パネルではないようだが、デジタル時計のそれに近い。


「交代?」

「警備の交代よ。防壁の修復が済んでないから、モンスター襲撃に備えた警備」


 そう言ってくるりと、スコットとサマーの方を向くアシュリー。


「じゃあ、お邪魔しました。スコットさん、サマーさん」

「あ、ああ……」

「ありがとうね、アシュリーさん」


 それぞれ戸惑いがちに返答するが、そこへアシュリーが人差し指を立てて二人にぴしゃりと言い放つ。


「それから、マナヤをそんな目で見ないであげてくださいよ? 彼が望んでなったわけじゃないって、わかってますよね?」


 そう言われて、二人はハッとマナヤの方を見る。


「じゃ、また話聞かせてね。マナヤ」


 アシュリーはこちらへ笑顔を見せ、爽やかに去っていった。目を伏せたままのシャラを、最後にちらりと横目で見ながら。

 彼女の背を見送った後、テオの両親がマナヤへ向き直る。


「その、すまなかった、マナヤくん」

「あなたは、私達の村を守ってくれたのよね」


 そう言って、スコットとサマーは表情を緩めた。だが、まだ戸惑いは隠しきれないようだ。


「ああいや、気にしないでくれ。スコットさん、サマーさん」


 答えながらマナヤは、目の前に出された食べ物らしきものをテオの記憶から探る。

 エタリア。一粒一粒はビーズほどの大きさの小さな穀物を炊いたものだ。米や小麦に相当する、この村の炭水化物源ということらしい。


(……消えた記憶に関しては、いったん置いとこう。今は腹ごしらえだ)


 細いスプーンのような、金属製の匙を手に取る。まずはソースがかかっていない部分をすくい上げ、口に入れてみる。

 思いのほか弾力のある食感が歯に返ってきた。あまり味はしない。ただほのかに何か、形容しがたいエスニックな香りが口の中に広がる。

 今度はソースに絡めて口にしてみた。ソースに強い塩味と、何か食欲をそそるスパイスのようなものを感じる。エタリアという穀物との相性も悪くない。


「うまい」


 ぽつりと呟き、そのまま食べ進めた。

 地球で食べていた日本食とはずいぶんと違うが、これはこれで悪くはない。飯マズな世界ではなかったか、と安堵の息をつく。


「……すみません、サマーさん。私も、仕事に戻らなきゃ」


 そんな中、シャラが顔を伏せたまま立ち上がり、いまだ沈んだ声でサマーに告げた。


「ええ。……看病を手伝ってくれてありがとう。シャラちゃん」

「いえ……」


 こちらとは目を合わせぬまま、シャラは立ち去ってしまう。

 彼女もまだ折り合いが付かないのだろう。当然か、とマナヤもそれを黙ってそれを見送った。


「少し、聞いても良いかな、マナヤくん」

「ん?」


 あらかた食べ終えて腹も膨れたところで、スコットがたずねてくる。


「テオの、村がスタンピードに滅ぼされた記憶があると言っていたね」

「ああ」

「詳しく聞いても構わないか」

「……気持ちの良い話にゃならねーが、それでも良いか?」


 テオの記憶に引っ張られているのか、スコットやサマーに丁寧語を使う気にはなれない。彼らを〝父さん〟や〝母さん〟と呼ぶのは躊躇したというのに、我ながら一貫しない感情だ。


「君が覚えている、テオの最後の様子を聞きたいんだ」


 ぎゅ、と唇を結んでスコットが絞り出すように言った。サマーが気遣うように彼の肩に右手を添えている。

 そんな二人を見て、マナヤの頬が引き締まった。


「わかった」


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