62話 スレシス村用の戦術指導
翌日、風が吹き荒れるスレシス村周辺の森の中。
「――見つけたぞ。ありゃ『ケンタウロス』だな、一匹だけだ」
ぶっきらぼうな男性弓術士が、森の奥を見据えながらそうつぶやく。それを聞いてテオとティナが顔を見合わせ、頷きあった。
「じゃあ、やる事は憶えてるね、ティナ。頑張って」
「……はい、マナヤさん」
テオの激励に、ぎゅっと拳を握りしめながら答えるティナ。少し肩が震えている。肩をポンと叩けば、一瞬ビクリとなった後ティナの震えが落ち着いた。
とたんに、一際強烈な風が吹きつける。テオは思わず腕を上げ、強風から顔を守った。
(うわっ。なんだかこの村、すごく風が強いんだなぁ)
しかも、今日は一段と風の勢いが強烈だ。
とはいえ隣のティナは慣れているのか、強風が吹きつけてもあまり動じていない。この村では日常茶飯事なのだろうか。
「……では、始めます」
風が少し落ち着いたところで、テオが『間引き』隊の皆を見回して宣言。周りの者達は胡乱げな目で彼らを睨んでいる。ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべている者たちも混じっているようだ。
ティナが深呼吸し、そっと手を目の前に差し出した。
「――【猫機FEL-9】召喚」
彼女が呼び出したのは、青い猫型のロボット。『機甲系』の系統を持つ下級モンスターだ。敵モンスターに狙われやすいという特徴を持っている。
ティナの手がまた震えだしたが、彼女はすぐに深呼吸し自らを落ち着ける。
「【竜巻防御】」
ティナが猫機FEL-9に手をかざせば、旋風が猫機FEL-9を取り巻く。ここまでは順調だ。
(次だ。ティナには、ちゃんとできるかな)
ごくりと喉を鳴らしつつ、テオがティナをそっと見やる。次の手順は、召喚師でありながらモンスターへの忌避感が強いティナには苦しいかもしれない。
「……っ」
覚悟を決めたように、すっと目を閉じるティナ。召喚した猫機FEL-9に視点を変更したのだ。
モンスターへ視点変更すること。マナヤは当然のようにやっていたが、この世界の者達には心情的にキツい。常日頃から人間を襲うモンスター、その視界でものを見るのだ。いくら召喚モンスターとはいえ、気分の良いものではない。
しかしティナは気丈に精神を集中。
すると猫機FEL-9が森の奥へと入り込んでいく。先ほど弓術士がケンタウロスがいると報告した方向だ。
召喚モンスターは、『待て』命令状態の時には、そのモンスター視点時に移動先を指定できる。それを利用し、ケンタウロスの射程圏内へとわざと突っ込ませたのだ。敵に狙われやすい猫機FEL-9でそれを行うことで、敵を釣ってくることができる。
「……【戻れ】!」
しばし後、ティナは猫機FEL-9に命令を下す。そして彼女はチームメンバーたちよりも十数歩ほど右斜め前へと出た。
藪の中から猫機FEL-9が飛び出してきた。思わず目を強く瞑ってしまうティナだが、猫機FEL-9は彼女の周囲をぐるぐると周り始める。
続いて森の奥からティナへと矢が飛んでくる。敵ケンタウロスのものだ。
しかしその矢は、ティナに命中する前にかくんと急に軌道を変え、左方向へと逸れていく。そのまま近くにあった木の幹に突き立った。
猫機FEL-9にかかっていた、竜巻防御の効果だ。この魔法がかかっている間、敵の矢などの軽い射撃攻撃を逸らすことができる。
頃合いを見計らい、テオが隣にいるディロンへ頷いた。頷き返したディロンが『間引き』隊の者達へと振り向く。
「そろそろ来る! 後衛の皆、準備は良いな!」
その掛け声に合わせ、弓術士達と黒魔導師達が身構えた。
がさがさと茂みから音が鳴り、下半身が馬、上半身が人間のモンスターが姿を現す。『伝承系』の中級モンスター『ケンタウロス』だ。
飛び出してきたケンタウロスは矢を弓につがえ、ティナ――の周りを回っている猫機FEL-9――に射かけた。が、その矢はやはり側面へと逸れていく。
「【フレイムスピア】」
「【マッシヴアロー】」
黒魔導師達が一斉に炎の槍を放つ魔法を、弓術士達がオーラの篭った火力重視の矢を放つ技能を使う。
ケンタウロスは集中砲火を受け体勢を崩すが、まだ立っている。射撃モンスターとはいえ、ケンタウロスはかなり頑丈な方なので簡単には死なない。
「――ティナ!」
今度はテオがティナへと合図を。青い顔をしていたティナだったが、テオの声にはっと我を取り戻したように顔を上げる。
「い、【行け】ぇ!!」
なかば金切り声に近い勢いで、猫機FEL-9に命令するティナ。すぐさま猫機FEL-9はケンタウロスへと突撃していった。一瞬で隣接し、小さくパンチのような攻撃をケンタウロスに繰り出し始める。
猫機FEL-9は攻撃力が低く、戦力にはならない。が、今回は攻撃させること自体が目的ではない。
「今だ! 前衛!」
そのタイミングでディロンが指示を出す。すぐさま剣士達と建築士達が突撃していった。
各々の武器でケンタウロスに斬りかかる剣士達。そして中距離で地面に手を当て、ケンタウロスの足元から岩石の槍を突き出させる建築士達。
村人らに群がられるも、ケンタウロスはただ猫機FEL-9に矢を射かけ続けるのみ。人間には目もくれない。
一方的にケンタウロスは攻撃を受け続け、弱っていく。ただし猫機FEL-9も矢を受け続け、機械の体にヒビが入っていった。
「【応急修理】!」
そこへティナが猫機FEL-9に治癒魔法を。ビキビキと音を立て、煙を上げながら猫機FEL-9のヒビが塞がっていく。
「おらぁっ!」
剣士がトドメとばかりにケンタウロスの脳天へ一撃を叩き込んだ。
ぐらりとよろめき、四本脚が崩れ落ちるように倒れるケンタウロス。その肉体が粒子状に消え、地面には瘴気紋が残った。
「……ティナ、封印」
「あっ、は、はい! 【封印】」
茫然としていたティナにテオが声をかける。彼女は慌てて手をかざし瘴気紋を封印した。
満足して頷いたテオが他の皆を見回し、微笑む。
「――ご覧の通りです。『召喚師』の助けがあれば、皆さんが痛みを我慢することなく敵を倒すことも可能です」
テオの解説に対し、皆は口をへの字に曲げている。納得はしているが何か腑に落ちないという表情だ。
今回テオがティナにやらせたのは、猫機FEL-9を『囮』として使うという、単純かつ基本的な戦い方である。野良モンスターを発見したら、囮である猫機FEL-9で誘導。敵が囮をしつこく付け狙っている間に、他の者達に攻撃させる。敵モンスターは猫機FEL-9しか狙わないので、味方が怪我を負うことがない。
ノーガードで敵と殴り合う、というこの村の戦士達に合致する支援戦術だ。
「ちっ、召喚師ごときが出しゃばりやがって……」
「怪我しないから何だってんだ。傷跡は戦士の勲章だぜ」
しかし、村人はなおも舌打ちしながら厳しい目で見つめてくる。
「――そもそもよ。召喚獣が俺たちを襲ってこないとは限らないだろ」
と、一歩進み出て堂々とテオに言い放ってきた者が一人。先ほどケンタウロスを索敵していた弓術士の男性だ。
テオは彼の意見に鷹揚に頷く。
「そうですね。やはり、召喚獣が人を襲う事例があったのですか」
「ああ、この前もライアンって召喚師が呼んだ召喚獣が仲間を攻撃してきたんだ。召喚獣は、お前ら召喚師が殺意を抱いてないと人を攻撃しないんだろ?」
吐き捨てるような弓術士の言葉。テオのやや後ろにいるティナが表情を強張らせた。
しかしテオはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。召喚獣が人を襲ったのは、おそらく別の理由です」
「なんだと?」
「召喚師が殺意を抱いていなくても、召喚獣が仲間を襲う可能性はある。今回は、それを証明するために同行させていただいたんです」
ばくばくと鳴る心臓を押さえつけながら、それでも弓術士を見上げて気丈に説明するテオ。しかし弓術士は片眉を吊り上げる。
「なに言ってんだ。仮にそうだとして、召喚獣が危険なことにゃ変わりないじゃないか」
「そうではありません。原因さえわかれば、それを予防することも簡単なんですよ」
「予防だと?」
「弓術士さん、お願いがあるんです。単独の『サーヴァント・ラルヴァ』の気配を感じたら、教えてもらえませんか」
真摯な目つきで弓術士を見上げるテオ。
ちらりと弓術士が横へ視線を移せば、鋭い視線で睨んでいるディロン。弓術士は舌打ちし目を逸らした。
「くそっ、騎士隊を盾に取りやがって」
「……申し訳ありません」
弓術士の悪態に、しかし素直に謝るテオ。鼻白んだ弓術士は目を逸らし、ぶつぶつと何ごとか呟きながら歩き始めた。
「見つけたぞ、単独の『サーヴァント・ラルヴァ』だ。あっちに」
しばらく皆を先導しながら歩いた弓術士が、立ち止まって北方向を指さす。
テオが頷いた。
「ありがとうございます。それじゃあ皆さん、あいつを使って説明したいと思います。シャラ」
テオが声をかけると、同じく緊張の面持ちをしたシャラが進み出てくる。手には『衝撃の錫杖』を握りしめていた。
「十二番と十四番、お願いねシャラ」
「うん。……気をつけてね、テ――マナヤさん」
不安そうなシャラが、鞄から二つの錬金装飾を取り出す。それをテオの両手首に装着した。
――【防刃の帷子】
――【吸邪の宝珠】
鎖が連なったようなチャームの錬金装飾は、右手首に。
橙色の珠がついた錬金装飾は、左手首に。
「お、おい、来たぞ!」
弓術士が顔をしかめながら後ずさった。
テオが改めて視線を前方に戻すと、藪をかき分けて気持ちの悪い肉塊が出現する。
濃い肌色の体皮を持った、人間とほぼ同じ大きさのイモムシ。タコのような触手が何本も生えていて、それでずるずると地面を上を這いずっている。そして前面の触手のうち一本が、ホラ貝のような笛を把持していた。その気持ち悪いイモムシが、全身に黒い瘴気を纏っている。
冒涜系の中級モンスター、『奉仕幼体』。実物を見るのはテオも初めてだ。気味悪さに顔をしかめ、ローブの胸元をぎゅっと握りしめる。
(大丈夫。教本でしっかり勉強したし、カルさんたちと討論も何度も繰り返したんだ。ぜったいうまくいく)
そう自分自身に言い聞かせ、テオはゆっくりとサーヴァント・ラルヴァに自ら近づく。
「お、おい」
「【ガルウルフ】召喚」
戸惑ったような弓術士の声を背に、テオは前方へ手をかざした。現れた召喚紋の中から、灰色の狼が現れる。
「今からこのガルウルフを突撃させます。たぶん、途中でガルウルフは僕を攻撃してくるでしょう」
「は?」
背後の弓術士の戸惑ったような声。
しかしテオは一度深呼吸した後、サーヴァント・ラルヴァを鋭く睨みつけた。
「【行け】!」
すぐさま地を蹴り、サーヴァント・ラルヴァへ突撃していくガルウルフ。
直後、サーヴァント・ラルヴァは笛を口らしき場所へと持っていった。奇妙な音階の音が鳴り響く。
「――」
途端、ガルウルフは動きを止める。
しかしすぐにくるりと旋回し、来た道を戻るように突撃した。すなわち、まっすぐテオに向かって。
「なっ!?」
弓術士のみならず、他の間引きメンバーも息を呑む。後方で見ていたテナイアも思わず身構えていた。
ガルウルフは遠慮なしにテオへ突進し、前足の鉤爪を振るう。
「く――」
思わず右腕でわが身を庇おうとするテオ。
――直後、じゃらりと鳴る金属音。
テオの右手首に装着されているブレスレットから、何かが飛び出した。金属製の帯だ。『防刃の帷子』から飛び出した金属のベルトが、ガルウルフの攻撃を受け止めている。
(びっ、くりした。自動的に斬撃を感知して防いでくれるってわかってても、心臓に悪いよ)
思わずへたり込んでしまいそうになる。
だがテオはすぐに気を引き締め、声を張り上げた。
「【戻れ】!」
「マ、マナヤさん!?」
ティナが金切り声を。
先ほどテオを狙ってきたガルウルフは、急に攻撃をやめ横を向いた。そして、何ごともなかったかのようにテオの周りを回り始める。
「シャラ!」
「【リベレイション】!」
テオの合図に合わせ、シャラが『衝撃の錫杖』を振るった。
突然、サーヴァント・ラルヴァが吹き飛ばされ藪の奥へと消えていく。これで、とりあえずの安全は確保した。
テナイアが緊張が解けたように胸を撫でおろしていた。ディロンは仏頂面のままだが。
「お、おい見たか。あのマナヤって奴の言った通りになったぞ」
「あ、ああ。召喚獣が、召喚主にまで攻撃するなんて」
「そんなことあるのか? っていうか、できるのか?」
間引きメンバーたちが戸惑いに小声で囁きあっている。
予定通りだ。テオはひそかに呼吸を整え、振り向いた。
「ご覧の通りです。召喚獣もこうなると、召喚主である僕にすら牙を剥くことがある」
「そ、そうは言ってもよ。結局、なんでそんなことになるんだ?」
まだ戸惑いを隠せずに問いかけてきたのは、先ほどの弓術士。
「答えは、先ほどの『サーヴァント・ラルヴァ』や『ピクシー』の攻撃です。この二種は、音波による精神攻撃を行ってくる。それは皆さんもご存じですよね」
遠慮がちに、間引きメンバーらが頷いた。
サーヴァント・ラルヴァと、精霊系の中級モンスターである『ピクシー』。これらはどちらも、敵が近づくと特殊な音を発して攻撃してくる。これらはいわゆる『精神攻撃』であり、この音波を至近距離で聞くとマナを削られてしまうのだ。
「僕達人間の場合、あの音波を受けてもマナを減らされ、頭が少しくらっとする程度です。でもモンスターはそれだけじゃ済まない。生物モンスターがあの音波を受けると『混乱』状態になってしまうんです」
「混乱、だと?」
弓術士の問いに、テオはこくりと頷いた。
「はい。十秒間ほど、敵味方の区別がつかない状態になってしまうんです。召喚師が殺意を抱いているかどうかは関係がないんですよ」
先ほどガルウルフがテオを襲いに反転したのは、そのためだ。
敵味方の区別がつかない状態であり、かつあの瞬間はサーヴァント・ラルヴァよりもテオの方がガルウルフに近かった。だから、最寄の対象を狙ってガルウルフはテオを攻撃しにいったのだ。
「この村は、サーヴァント・ラルヴァやピクシーがよく出現すると聞きました。だから、こうやって召喚獣が混乱するという自体が頻発したんじゃないでしょうか」
「か、仮にそうだとするぞ。でも、だったらやっぱり召喚獣なんざ危なっかしくて使えないじゃないか」
少し落ち着いたか、弓術士はそう指摘。他の村人もそこに思い至ったようで、そうだそうだとヤジを飛ばしはじめる。
しかしテオはにこりと朗らかな笑みを作った。
「そんなことはありません、対処法はちゃんとあります。たとえば、いま僕がやったように『戻れ』命令を下すとか」
と、テオは今なお自分の周りを回り続けるガルウルフを見下ろす。ティナがはっと我に返ったようにテオを見据えた。
「そ、そうだ! テオさん、そんな混乱したガルウルフに『戻れ』なんて命じて、大丈夫だったんですか!?」
「大丈夫だよティナ。混乱した召喚獣も、『戻れ』命令状態なら誰も攻撃しないんだ」
安心させるように説明するテオ。
召喚獣に下す『戻れ』命令というのは、あらゆる攻撃を中断し召喚師の元へと撤退してこいという指示を出すもの。たとえ『混乱』状態であっても、『戻れ』状態であれば何に対しても攻撃することはない。
「だ、だがよ。それじゃ召喚獣は戦力にゃならねえぞ」
しかし弓術士はなおも納得せず、テオを睨みつける。しかしテオは冷静に振り向いた。
「その通りです。これは、混乱させてしまった場合の応急処置にすぎません」
「だったら」
「大丈夫です、もっと根本的な解決法があるんです。たとえば」
藪がガサガサと動き、テオはそちらへと目を移した。
先ほど吹き飛ばされたサーヴァント・ラルヴァが戻ってきたのだ。テオはそちらへ手をかざした。
「【狼機K-9】召喚、【行け】!」
召喚紋から現れたのは、緑色の金属の身体を持つ機械の狼。
すぐさま、サーヴァント・ラルヴァへと突撃していく。
先ほど同様、サーヴァント・ラルヴァを笛を鳴らした。
奇妙な音階で、重音を鳴り響かせる。
しかし狼機K-9は全く意に介さない。鋭い鉤爪で、ぶよぶよとしたサーヴァント・ラルヴァの肉体を割いた。真っ黒い体液が舞う。
「お、おい。今度は普通に攻撃してるぞ」
眉をひそめながらテオに問い質す弓術士。テオが頷く。
「はい。精神攻撃に対する対策は簡単、精神を持たない『機械モンスター』を使えばいいんです」
「精神を持たない、だと?」
「皆さんは、見た目以外ではあまり区別していないと思いますけれど。混乱するのは『生物モンスター』だけ。機械モンスターや亜空モンスターは混乱しないんです」
マナヤの世界を記憶で少しだけ垣間見た今のテオだから、わかる。
機械というものに『意思』は宿らない。これまで自分達が信じてきたこととは違って、機械モンスターと生物モンスターとの間には大きな隔たりがあるのだ。
「機械モンスターはMPを持っていませんし、亜空モンスターは精神の構造が生物モンスターと違う。だから、生物を混乱させる音波は、機械や亜空モンスターには通用しないんですよ」
正確には、『亜空』モンスターには精神攻撃によるMPダメージだけは通る。が、混乱しないという一点に関しては機械モンスターと同じだ。
「だから、機械モンスターや亜空モンスターを主体に使えばいい。これなら、召喚獣が同士討ちすることはありません」
「そ、そういえば、仲間を攻撃したっていうライアンさんの召喚獣は、生物モンスターの『イス・ビートル』でした」
思い出したように、ティナが震え声でつぶやいていた。
先ほどの弓術士は周りのメンバーと顔を見合わせ、当惑している。
「それからもう一つ。生物の召喚獣であっても、混乱させない方法はあります」
テオは再度皆を見回す。全員の視線が集中しているのを確認し、今なおテオの周囲を周っているガルウルフへと手を向けた。
「【精神防御】、【行け】!」
紫色の防御膜がガルウルフを覆う。
その状態でガルウルフは突撃していった。狼機K-9と混ざり、並んでサーヴァント・ラルヴァへ爪を立てる。先ほどのようにテオに攻撃したりはしてこない。
「お、おい。どうなってんだ」
「要は、精神攻撃を受けなければいいだけ。だから、精神攻撃を防ぐ精神防御をかければ混乱することもないんですよ」
ガルウルフとテオの顔を見比べる弓術士に対し、にこりと笑ってテオは説明。
精神防御は、三十秒間だけ指定した召喚獣への精神攻撃を無効化するという補助魔法だ。当然ながら、サーヴァント・ラルヴァの精神攻撃に付与されている『混乱』効果も受け付けない。
テオは、サーヴァント・ラルヴァへ一方的に攻撃している自身の召喚獣二体を見つめた。
「サーヴァント・ラルヴァもピクシーも、僕たち人間が下手に近寄ればマナを削られてしまう。だから皆さんも苦労されてたはずですよね」
「……」
渋い顔をする弓術士。テオはなおも続けた。
「でも、こうやって『混乱』対策をとった召喚獣を使えば、足止めし続けることができる。この間に、弓術士さんか黒魔導師さんが遠隔から安全に仕留められるはずですよ。それか――」
テオの言葉が途切れる。ほぼ同時に、サーヴァント・ラルヴァの身体が崩れ落ちた。鉤爪で裂かれた無数の傷跡から黒い体液を流し、溶けるように消えていってしまう。
「こうやって、そのまま召喚獣に任せておけば勝手に倒してくれます。【封印】」
テオが手をかざせば、地面に残った瘴気紋が浮かび上がった。黒い紋が金色へと変化し、粒子化してテオの手のひらへと吸い込まれていく。
振り向くと、戸惑っているような気まずいような表情をしている村人達の顔、顔、顔。テオはゆっくりと口を開いた。
「こういうことなんです。原理さえ理解しておけば、召喚獣は危険なものでも不安定なものでもありません。要は、使い方なんです」
「……」
「僕たちはこれから、この村の召喚師たちにこういった召喚獣の扱い方を教えていきます。そうなればきっと、召喚師が役に立てるという事を皆さんに示すことができるはず。皆さん、どうか僕に、召喚師のみんなにチャンスを頂けませんか」
じっと、再度チームメンバーを見回すテオ。みな、神妙な顔をしてはいるが、『まだ信じられない』という感情がテオには伝わってくる。
(わかってる、一朝一夕でどうにかなるものじゃないって。でも)
できれば、少しずつ皆に理解されるようにしていきたい。とりあえず、怒りや敵意の色は薄れたのだ。今はそれで良しとしなければ。
「――よし。次は、どちらへ向かう?」
突然、しばらく黙っていたディロンが問う。先ほどの弓術士は身を跳ねさせ、慌ててそちらへ振り向いた。
「あ、ええと。次はここから西へ、の予定です」
「結構、間引きを続けよう。君達の提案通り、我々騎士隊が召喚師を監視する。君達に危害は加えさせん」
「は、はい」
震えながら頷く弓術士。
しかしディロンが異様な威圧感のある視線を彼に向けていることに、テオは少しその弓術士のことが不憫になった。守ると言っておきながら、むしろ弓術士の方がディロンに殺されそう。そんな弓術士の戸惑いが感じられる。
「じゃ、じゃあみんな行くぞ。こっちだ」
それでも彼は気を取り直し、移動が再開された。
「ま、マナヤさん。ありがとうございます」
すると、隣に並んできたティナがテオへと小声で話しかけてくる。やや興奮気味だ。
「マナヤさんの言ったことが本当なら、私達召喚師はちゃんと戦えるんですよね」
「うん。大丈夫、きっとうまくいくよ」
テオが彼女へ笑顔を向ける。
今はまだ、村人達の不審や怒りが解けたわけではない。だが、いずれ召喚師の便利さもきっとわかってもらえる。少なくとも、テオはそう信じたかった。
ティナが、淡い微笑みを浮かべていた。彼女と会って、初めての笑顔だ。
「はい。……それにしてもマナヤさん」
「うん? なに?」
「最初の頃と、ずいぶん性格が違うんですけど。どうして最初はあんなに尊大だったんですか?」
ぎくりと、テオの顔が強張る。
「あー、えっと、その。ほら、自信がない召喚師に教えるにはさ、まずはこっちから自信を見せつけていかなきゃいけないのかなって。見本として」
「……たぶん、逆効果だったと思いますよ?」
「そ、そうだね。ごめんね」
ティナが唇を尖らせる。テオは冷や汗を隠すのに手いっぱいだ。
「でも、良かった。マナヤさんの素の性格が、そっちの方で」
「あ、ありがとう……?」
「あ、そうだ。あの教本を少し見たんですけど、色々わからないところがあって。あとで質問してもいいですか?」
「え? う、うん」
先ほどとは違う意味で気まずくなってしまうテオ。
正直、テオ自身もまだ勉強中の身だ。なにか突っ込んだ質問をされたら、マナヤのような受け答えができる自信がない。そもそもマナヤがどうやって指導していたのか良くは知らないのだ。
(ま、まあ、大丈夫だよね。マナヤが出てきたら、後はマナヤさんに引き継ぐつもりだし)
自分は、マナヤが戻ってくるまでの代理に過ぎない。だからこそ、マナヤの名前をそのまま使っているのだ。
嘘をついていることに心を痛めつつ、テオは間引きを続けた。
◆◆◆
間引きから帰還後、さらに風が強くなってきたスレシス村中心部。
「ディロンさん、テナイアさん。今日はありがとうございました」
孤児院前まで戻ってきたテオは、ディロンとテナイアに向かって胸に手を当て一礼した。シャラも一緒だ。
「構わない。これが我々の仕事でもある」
と、相変わらず鋭い視線のまま淡々と語るディロン。
(……この人、ちょっと苦手だな)
表情には出さないように注意しつつも、心の中でテオは独り言ちる。
時折、強烈な殺気のような視線が飛ばしてくるというのもある。が、何よりも厄介なのは『感情が読みづらい』ことだ。
テオは、大抵の人の感情はなんとなく読むことができる。ディロンの隣で苦笑しているテナイアならば、感情がなんとなくわかって安心できた。だが、なぜかディロンの感情だけは異様に薄いように見えるのだ。
(なんだか、何かをものすごく強く押さえ込んでいるみたいな)
その押さえ込んでいる何かが、時々抑えきれずに殺気として飛び出してくる。それが、ディロンだ。何を考えているのかよくわからず、それがテオを落ち着かせない。
「テオさん。マナヤさんにもお礼を言っておいてください、私達に代わって」
テナイアがそっとディロンの肩に手を置きつつ、鈴のような声でそう告げた。
「え? ええと、はい。全然出てきてくれないんですけれどね」
曖昧に笑ってそう返すテオ。
だが。
「――え?」
テナイアの表情が変わった。
彼女の隣にいるディロンも突然眉間にしわを寄せ、テナイアと目を合わせる。直後、おそろしく険しい面構えですぐさまこちらへと詰め寄ってきた。
「テオ。マナヤが出てきていないとはどういうことだ」
「え、えっと?」
「君は四日前、セメイト村の召喚師たちを呼び寄せたいと私に依頼してきたな。あれはマナヤのアイデアではないのか?」
テオの両肩を掴み、テオを殺しかねない勢いで睨みつけてくるディロン。テオは背筋が凍りついてしまうが、それでもなんとか声を振り絞る。
「い、いえ、僕とシャラのアイデア、です」
「ではまさか、マナヤさんは今回の指導案には何も関わっていないのですか?」
テナイアも慌てたように問いかけてきた。
不安、深憂、焦り。そういった、ディロンと比べればよほどわかりやすい彼女の感情が流れ込んでくる。
「は、はい」
なんとか、テオが頷く。隣のシャラが、おろおろとしながらどうするべきか戸惑っていた。
一方、こちらの両肩を解放したディロンは、テナイアと目くばせ。そして、こめかみに手を当てる。
「……厄介なことになったかもしれん」
彼の言葉に、テオは別の意味で血相を変えた。
「あ、あの。僕、何かまずいことをしてしまったんでしょうか。マナヤさんのアイデアじゃないから、この村に悪影響を与えるとか」
思わずそう問いかける。ディロンは一旦顔を上げるが、そのこめかみには一筋の冷や汗が伝っていた。
「いや、君がやったこと自体は間違ってはいない。ただ」
そう言ってちらりと、ディロンはテナイアへと視線を。テナイアが代わるように前へ進み出た。
「テオさん。おそらくマナヤさんのお手伝いがしたかったからということであると推測しますが」
「そ、その通りです」
「あなたがしたことは、逆にマナヤさんを追い詰めるかもしれません」
「ど、どういうことですか!?」
困惑し、テナイアへ問い詰めるテオ。シャラも不安そうに彼女を見上げている。
ちらりと周囲を軽く見回したテナイアは、小さくため息をついた。
「ここでは、落ち着いて話ができませんね。テオさん、貴方がたの宿泊している部屋へ案内してください」
テオとシャラが泊っている部屋。
「それで、ディロン様、テナイア様。マナヤくんのことで話とは、一体?」
この部屋へと呼びだされたスコットが問いかける。緊張した面持ちのサマーも一緒だ。
テオとシャラも寝具の上に腰掛け、不安そうにディロンとテナイアを見つめている。進めた椅子に腰かけているこの二人は、表情が妙に深刻だ。
「マナヤさんの件で、テオさんとご両親、そしてできればシャラさんにも協力を仰ぎたいので、同席して頂きました」
そう口火を切ったのはテナイア。
テオは不安と戸惑いを隠せない。マナヤの件だとすれば自分と両親はわかるが、なぜシャラも一緒なのだろうか。
「今回の、スレシス村所属召喚師への指導。それがマナヤさんを追い詰める可能性があるという話です。……結論から言いましょう」
テナイアは、神妙な顔をして一度目を閉じる。数秒ほどじっとしていた後、意を決したようにゆっくりと目を開いた。
「――『自己犠牲の精神』。今、マナヤさんはそれに囚われてしまっている可能性が高いのです」




