57話 召喚師差別、剣士の勝負 1
その少し前、スレシス村の中央農地。
「ほら、あそこがシャナ鳥の飼育場よ」
「わ、すごい。本物のシャナ鳥、初めて見た」
シャラは、ケイティが指さす先を見て感嘆していた。
岩製の柵に囲われた牧草地に、二足歩行の鳥が何十羽も群れを成して草を食んでいる。その鳥は全高としては人間の腰の高さほど。脚は妙に太く短くて、青と黄色を基調とした光沢のある羽根で体を覆われている。胴体もずんぐりむっくりとしており、しかし頭の大きさは人間の頭とほとんど変わらない。嘴もやたらと太く長く突き出ている。
なかなかの大きさではあるが、非常におとなしい性格の鳥だ。
「あっ、もしかして、その服って……」
シャナ鳥の羽根、その色合いを見てふとシャラはケイティの衣服を見下ろす。
「あ、気づいた? そうよ、シャナ鳥の羽根から作られてるの。今着てるコレ、私が作ったんだ」
ケイティがふわりとその場で一回転。彼女の体に巻き付けるように着込まれた布がふわりと舞った。日の光を受け、青い布地に縫い込まれた金色の花の刺繍がきらきらと瞬く。
「ケイティが作ったの? すごい」
「えへへ、私のデザインが正式採用されてね。他の錬金術師の人たちにも教えてるんだ。今度シャラにも教えてあげるよ」
「ほんと? ありがとう!」
ぱっと目が輝くシャラを前に、照れ臭そうに笑うケイティ。
そんな二人を尻目に、アシュリーが奥にある鳥舎を仰ぎ見て首を傾げている。
「ねえ、ケイティ。シャナ鳥が多い割に、あの鳥舎小さすぎない?」
「あぁ、あれは地下にずっと広い空間があるの。夜に眠らせる時とか竜巻の時なんかは、シャナ鳥を全部地下室に入れておくのよ」
ここスレシス村は、南東に位置する山脈からの風が吹き込み竜巻が発生することがある。特に夏場、今の時期に多い。そのため、鳥舎に限らずこの村は全ての家屋に地下室が設けられているそうだ。
「あーそっか。だからこの村じゃネルガ芋が主食なのね」
と、アシュリーが先ほど通り過ぎた、大きな木が規則的に植えられた栽培地の方を振り返る。
ネルガ芋は、草ではなく木の根っこに実る芋だ。掘ったそばから短期間ですぐにまた新しい芋が生るので、年がら年中収穫ができる。大きく丈夫な木であるため暴風にも耐えられる上、地下に実る芋。竜巻の被害をもっとも受けにくい作物ということだ。
「――あ、そうだ! ケイティ」
「どしたの? シャラ」
「ほら、村に来たばっかりの時も言いかけたんだけど。同じ村の幼馴染で妹みたいな子がいるんだよね。ティナちゃんだったっけ」
途端にケイティはビクッと体を震わせ、俯いてしまう。
「ケイティ?」
「……ごめん、シャラ。ティナの名前は、もう聞きたくない」
心配そうにケイティを覗き込むシャラだが、ケイティの顔色が優れない。
「ご、ごめんなさい。もしかして、モンスターに――」
「違うわ。……あの子は、生きてる」
「え? じゃあどうして?」
ケイティが、俯いたまま唇を噛んだ。
「……ティナは去年、『召喚師』になっちゃったの」
「え……」
「この村じゃ召喚師が死ぬなんて、よくあることよ。だから……ティナが選ばれた」
虚ろな瞳で、ケイティが目を逸らした。はっとシャラが息を呑む。
「ま、まさかケイティ、ティナちゃんが召喚師になっちゃったからって――」
「――仕方ないでしょ!?」
ケイティが鋭くシャラを睨んだ。涙を湛えた目だが、悲しみというより激昂に染まっている。
「モンスターを操る『クラス』なのよ!? 私のお父さんとお母さんを殺して、私の村を滅ぼしたモンスターを! そんな召喚師と、どうやって仲良くしろっていうの! シャラだって私と同じならわかるでしょ!?」
「ケ、ケイティ……」
その剣幕に押されるシャラ。しかし傍から聞いていたアシュリーが首を傾げる。
「ちょっと待って。村が滅ぼされたって、ケイティはこの村出身じゃないの?」
「……ケイティとティナちゃんは、もともと開拓村で生まれ育ったんだそうです」
アシュリーの疑問に、シャラが目を伏せながら振り向く。
ケイティの故郷は七年前、モンスター襲撃によって壊滅してしまったのだという。その時、ケイティやティナの両親を含め、村人もほとんどが亡くなってしまった。
その後ティナと一緒に、大きくて安定しているこのスレシス村に移り住んだのだという。
「そ、か。故郷をなくした人って、一旦騎士隊預かりになってから他の村に移されるんだったわね」
アシュリーも声が沈んでいた。
本来、そういう人間は新たに作られた開拓村へと回されることが多い。が、ケイティらの場合は村の生き残りがたった二人しかいなかったため、安定しているこの村に移されたのだろう。
「――おう、ここに居やがったか。探したぜ?」
と、そこへ聞き覚えのある乱暴な声。
どすどすと足音を立てながら、青髪の男性がシャラを見つめながらこちらに歩み寄ってくる。
「……だ、ダスティン」
涙目のまま、茫然と呟くケイティ。
ちらりと彼女を軽く一瞥してから、青髪の剣士はシャラに視線を戻した。ニヤニヤしながら、シャラとアシュリーに無遠慮に近づく。
「聞いたぞ? テメェら騎士隊じゃねえらしいな、どっか別の村の一般人だと? この俺をだましやがって」
「……騙したつもりはありません。ですが、誤解させてしまったのであれば謝罪します」
警戒した目でダスティンを見つめながらも、凛とした態度で答えるシャラ。
だが彼は近づきながらも両手のひらを掲げ、呆れ顔になった。
「おいおい、落ち着けよ。俺は別にテメェらの謝罪が欲しいわけじゃねえ。そんなことでイチイチ目くじら立てるほど狭量じゃねェからな」
「……よく言うわよ」
ボソ、と小声でケイティが呟く声が聞こえた。ダスティンが再びケイティの方を睨む。
「テメェにゃ話してねェよ、引っ込んでな。俺はそこの嬢ちゃんに話があんだよ」
「どうせまた問題起こすつもりでしょ? 今度こそあんたのご両親が黙っちゃいないわよ」
「また親父とお袋を持ち出すのかよ。芸がねえな」
涙を拭ってから睨みつけるケイティの視線を受け、しかしダスティンは鼻で笑う。
「言っとくが、もう親父は俺をとやかくできやしねえよ」
「……ちょ、ちょっとダスティン! あんたまさか、よりによって腕を失くしたあんたのお父さんに!?」
「何が悪い。モンスターに腕を奪われた程度の出来損ない剣士が、前線で活躍してる俺サマに説教しようとしてんのがそもそも間違ってんだよ」
勝ち誇ったような顔でケイティを見下ろすダスティン。ケイティは顔色を変え、一歩二歩後ずさった。
「とにかく、すっこんでろ。シャラとかいったか、俺はこいつに話があるんだ」
「……話とは、何でしょうか」
なおも近づいてくるダスティンから一歩下がるシャラ。しかしダスティンはさらに踏み込んできて――
「――えっ」
シャラの片手を取り、それを自身の両手で包み込んできた。シャラが、包み込まれた自分の手を茫然と見つめる。
「お前、『錬金術師』らしいな? しかも上玉で、ケイティと違って控え目ときたもんだ。そういう女は、嫌いじゃねェぜ?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、ダスティンはシャラにぐいっと顔を近づけた。
相手の手を、自身の両手のひらで包み込む。この世界においては、それは『求婚』を意味する。
「……申し訳ありませんが」
しかしシャラは、彼の手を一つずつゆっくりと自分の手から剥がした。
「私は、もう結婚している身です。応じることはできません」
手がかすかに震えつつも、ダスティンの目を正面から睨み返した。だが彼は笑みを崩さず、くつくつと嗤う。
「ああ、そうらしいな。あろうことか、あのマナヤとかいう召喚師の嫁になったんだって? 村長補佐から聞いたぜ」
「な――」
ケイティが信じられぬ者を見る目で、シャラへと振り返った。
ダスティンはなおもシャラに詰め寄り、彼女の顎に手を沿える。
「一体何の弱みを握られたか知らねェが、召喚師なんざと結婚して不本意だろ? 俺は、お前をその地獄から救ってやろうって言ってンだよ」
ぐい、とシャラの顔を自分の方へと向けさせるダスティン。それを振り払おうとするシャラだったが、彼の腕はぴくりとも動かせない。
「っ、彼との結婚は、私自身が望んだことです。私にとって不本意でもなんでもありません。今の私は彼と共にいられて、これ以上ないくらい幸せなんです。あなたにとやかく言われる筋合いはありませんっ」
それでも懸命にダスティンを睨み返し、啖呵を切るシャラ。ふふっ、とアシュリーが笑い声を漏らした。
ダスティンが舌打ちし、手をシャラの顎から外した。すぐさま離れようとするシャラだが、今度は腕をがっしりと掴まれる。
「仮にも錬金術師が、召喚師なんざに洗脳されやがって。おら、来い! テメェの目を覚まさせてやらぁ!」
「は、離してっ……!」
「ちょ、ちょっとダスティン! あんたいい加減にしなさいっ!」
嫌がるシャラが、無我夢中でその腕を引きはがそうとする。我に返ったように、ケイティも駆け寄った。
――そこへ。
「ぐェッ!?」
突然ダスティンの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「嫌がる女を無理やり連れていくのが、この村の流儀なのかしら? だとしたらとんだ野蛮人だけど」
アシュリーが鞘に納めたままの剣で、ダスティンの腕を素早く絡め取ってシャラから引きはがし、彼を身体ごと投げ飛ばしたのだ。シャラは腕が解放され、慌てて後ずさる。
地面に倒れ込んだまま軽くせき込むダスティンを、アシュリーが微笑を浮かべ見下ろす。
「こっ、このアマぁッ……!」
ダスティンは片腕を抑えながらも、なんとか体を起こしアシュリーを睨みつけた。ギラギラと光る彼の目を、アシュリーは冷ややかに見上げる。
「そんなに暴れ足りないなら、あんた、あたしと勝負しない?」
「あ!?」
「ここに来る途中に、剣士の訓練場があったわね。そこであたしと模擬戦してみない? あたしが一本取れたら、あんたは二度とシャラには近づかない。どう?」
アシュリーは自信たっぷりの笑みで、納刀された剣を横向きに突き出す。しかしダスティンはそれを軽く手で払いのけた。
「ハッ、そんな勝負を引き受けて俺になんの得があるってんだよ」
「もしあんたがあたしから一本取れたら、あたしを好きにしていいわよ」
「――ヘェ?」
「アシュリーさん!?」
ダスティンは、今度はアシュリーの健康的な肢体を舐めるように眺めまわす。シャラが顔色を変えてアシュリーの肩を後ろから掴んだが、アシュリーは一顧だにせずダスティンを見上げ続ける。
やがてダスティンは、下卑た笑みを浮かべた。
「……いいぜ、相手してやるよ。その約束、忘れんじゃねえぞ」
「当然。あたしは物覚えがいい方なのよ。シャラに何度拒否られてもまるで頭に入ってないあんたとは違って、ね」
「テメェ……ッ」
ギリ、と歯ぎしりするダスティンを余裕の表情で見つめ返すアシュリー。
ケイティが慌ててアシュリーの腕を掴み引き留めた。
「ちょ、ちょっと、まずいわよ! えっと、アシュリーさん、だったよね」
「ええ。まずいって、何が?」
アシュリーは涼しい顔で問い返す。対するケイティの表情には焦りが見えた。
「ダスティンはクズだけど、剣士としては滅茶苦茶強いのよ! そんな安請け合いしちゃ!」
「滅茶苦茶強い、ね」
アシュリーが横目でダスティンの全身を見渡す。そしてすぐケイティに目を戻した。
「大丈夫よ、ケイティ。あたしの『目』を、信じて」
「……目?」
ケイティが目をぱちくりさせる。そんな彼女に、アシュリーは笑顔でウインクした。




