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召還された召喚師  作者: 星々導々
第二章 雷と闇、迫りくる死
54/275

54話 騎士たちへの疑惑

 予約投稿を忘れていました。公開が遅れ申し訳ありません。

 マーカス駐屯地、三日目。


(やっと写本終わった……ああくそ、せっかく腱鞘炎治ってきてたってのに)


 燐光に包まれる右手を振りながら、写した教本を持って廊下を歩くマナヤ。

 彼は今、騎士の一人に先導されている。向かう先は、初日に通された応接間だ。マナヤもここ三日間、何度かスタンピードの際などの尋問に呼び出されていたので、早くも慣れ始めてきている。

 すぐに二人は、目的の扉の前へとたどり着いた。


(そういや、この応接間はちゃんと扉がついてるんだな)


 彼が宿泊した建物の部屋も、扉がついていたのは表のみ。寝室ごとまでは扉で仕切られていなかった。寝室には無いのに、応接間にはプライバシーがあるというのか。異世界とはわからない。


「団長、『マナヤ』が到着されました」

「入れ」


 扉をノックした騎士に、中から重厚な声の返答。騎士が扉を開け、マナヤを中へと促す。

 一応部屋の中に向かって、胸に手を当て一礼してから、入室。

 初日の時と同じように、ソファの左右に立っている黒魔導師ディロンと白魔導師テナイア。そして肝心の騎士団長がも対面のソファをに腰を下ろしていた。


「それが現物か」

「えっと、はい」


 どう渡したものか。先日のように、手前のソファにいったん腰を下ろすべきか。

 迷っていると、ディロンが無言でこちらに歩み寄ってくる。察したマナヤは、彼に写本した教本を手渡した。たったそれだけで、右手に痛みが走る。


「いてっ」

「マナヤさん、その手はどうされたのですか?」


 思わず声を上げてしまったところで、テナイアが眉をひそめ訊ねてくる。


「ああいえ、手を使いすぎて痛いってだけッスよ」


 大丈夫とばかりに、痛む右手をひらひらと仰いでみせる。


「よろしければ、治療しますよ」

「いえ、もうほぼ治ってるんで大丈夫です。ほら、シャラに『治療の香水』と『鎮痛の聖衣』を借りたんで」


 と、テナイアに自分を両腕を掲げてみせた。両の手首それぞれに、ブレスレット状の錬金装飾(れんきんそうしょく)が装着されている。

 碧色の小瓶のようなチャームがついている『治療の香水』は、時間経過で少しずつ地図を治癒するもの。そして台形に型取りされた布のようなチャームがついた『鎮痛の聖衣』は、その名の通り痛みを抑えるものだ。


「ふむ。ご苦労だった、マナヤ」


 そこへ、騎士団長から声。先ほどまでパラパラと音が聴こえていたが、どうやらディロンから渡された写本に目を通す音だったようだ。

 マナヤはそこでふと思い出し、部屋の中を見回す。


「あれ。今日は召喚師隊の隊長さんはいないんスか?」

「呼んでいない。あれがいると、話が進まなさそうなのでな」


 教本を閉じ長机の上に置いた団長が答える。


(王国直属騎士団の、召喚師としての話を聞きたかったんだがな)


 あの日同席していた召喚師隊長とは、あまり話ができなかった。しかし教本への食いつきは良さそうだったので、今日こそ話ができるかと少し楽しみにしていたのだが。


「さて。これからの君の処遇だが」


 本題とばかりに、騎士団長が切り出す。

 手で促され、対面のソファへと腰掛けるマナヤ。少し不安になりつつも、騎士団長と向かい合う。


 ディロンとテナイアが、騎士団長が座っているソファの背後へと彫像のように立つ。先ほど入室した時と同じ位置だ。直後、騎士団長が咳払いをして切り出す。


「セメイト村で起こった事象については、大まかには把握した」

「は、はい」

「後ほど、他の者にも通達するが。我々の結論としては……」


 一旦言葉を切る団長。

 マナヤは緊張に唾を飲み込む。少し間をおいた団長の、次の言葉は――


「君たちに問題があるわけではない、と判断する。少なくとも、現時点ではな」


 騎士団長の言葉を反芻。

 ワンテンポ遅れて、マナヤの全身が一気に弛緩した。見越していたかのように、タイミングよく騎士団長が言葉を続ける。


「君も察しはついているだろうが、我々はそもそも、マナヤ……いや、『テオ』が召喚師解放同盟のスパイではないかと疑っていた。完全に疑いが晴れたわけではないがな」

「そ、そうッスよね」


 まだ疑っていることを真っ向から言われるとは思わなかった。今さら隠す気はないということか、あるいはこちらに揺さぶりをかけようとしているのか。

 少し、訊ねてみる。


「……質問をしても?」

「許可する」

「この程度のことで、その嫌疑が晴れたんスか?」


 マナヤが指さしたのは、教本。

 正直、ここ三日間の尋問はもっぱら教本の内容や戦術のことばかりだった。召喚師解放同盟の件で問い詰められたことはない。あまり自分が探られているという雰囲気がなく、どうなっているのかとやきもきしていた。

 だが騎士団長は、渋い顔になり身を乗り出す。


「先に言った通り、完全に疑いが晴れたわけではない。ただ、仮に君が召喚師解放同盟の一員だとすれば、もはや君が工作員であろうとなかろうと些細(ささい)な事項だということだ」

「些細な事項? どういうことです?」


 マナヤがそう問うと、騎士団長はじっとマナヤを見つめてくる。

 また、この目だ。この駐屯地に辿り着いた際にも見た、探るような目。わけもわからず、だが目を逸らす気にもならず見つめ返した。


 しばし後、ふと騎士団長が先に目を逸らした。左後方に立っているテナイアを見上げている。

 テナイアがふるふると首を横に振ると、騎士団長はまたマナヤへと目を戻した。


「ふむ。とぼけているのであれば大したものだ」

「は、はい?」


 騎士団長は、何の話をしているのだろう。

 眉をひそめていると、騎士団長は教本を手に取り掲げてみせる。


「君は気づいていないのか。君が掲示した、この『ステータス表』の意味に」


 何のことだろうか。マナヤは首を捻る。


「え、ええと? モンスターの能力を数値化することが、なにかとんでもないことだったんでしょうか。それとも、数値になにか矛盾が?」

「……数値化されていることそのものや、数値自体が問題なのではない」

「へ?」

「が、わからないのであればそれで良い」


 と、騎士団長は表情を消し、教本を長机の上に降ろした。


(どういうことだ。あのステータス表に何の重要性があるってんだ?)


 だが、問おうにも騎士団長は腕組みをしている。その仏頂面を見るに、質問したところで答える気はなさそうだ。


(ステータス表を、なにかしら商売やら政治的ななにかに使えるってことか?)


 だが気になるのは、先ほどの会話の繋がり方だ。

 騎士団長は先ほど、もはやマナヤが工作員であろうがなかろうが関係ない、と言ってステータス表の話に繋いだ。つまり、召喚師解放同盟への対処に関わることのはず。


(つまり、あのステータス表には何か別の重要な意味合いがある。そして、その重要性を召喚師解放同盟に知られたくない。そういうことか?)


 だとすれば、『わからないならば良い』と言い放った騎士団長の態度にも説明がつく。

 だが、ならばステータス表のなにが問題だったのだろう。


「差し当たっては、マナヤ。君はどうする」

「は、はい?」


 唐突に話題を変えた騎士団長。

 目を白黒させながら問い返すと、団長は仏頂面を消した。笑顔とはいわずとも、多少柔らかくなった顔でマナヤを見つめ返す。


「この後、セメイト村に戻るか。あるいは、今しばらくこの駐屯地に留まってもよい」

「あ、ああ、そういうことッスか」


 ほっとしつつも、マナヤはまた考え込む。


(そういやそうだ。このままセメイト村に帰ってもいいもんなのか?)


 自分は、召喚師解放同盟らしき何者かに狙われているかもしれない。戻ったら、村を巻き込んでしまう可能性は、ある。

 騎士団長の言う通り、いっそ駐屯地に留まるというのも手なのか。そうすれば、連中が襲ってきてもすぐ騎士達が対処してくれるかもしれない。


「正直に言いますと。セメイト村に戻ったところで、俺がやることは少ないんスよ」

「ほう?」


 その言葉に、騎士団長は興味深そうにこちらを見つめる。


 マナヤは、あの村での生活を思い出した。

 最初は、やりがいがあった。村の召喚師たちに、自分の知る召喚戦を教えるのが楽しかった。しかし召喚師たちが育ってきて、スタンピードも処理し終えた。教本を書いたのも、マナヤが表に出る必要がなくなってきたがためだ。その教本が完成してしまった今、これ以上マナヤがやることはない。


『あんたさ、せめてなんか自分自身がやりたいこととか、欲しいものとかないの?』


 久々に表に出た日、アシュリーに言われた言葉を思い出す。

 自分は、何がしたいのだろう。今の自分に存在意義はあるのか。教えることがなくなってしまったセメイト村で、これ以上なにができるのだろうか。


(そうだよ。そもそも、この世界の神とやらから頼まれたことじゃねえか。『召喚師の戦術をこの世界に広めて欲しい』って)


 ならば自分は、セメイト村に引きこもっている場合ではないのではなかろうか。


 ――コンコン


 そんなマナヤの思考を遮るように、扉がノックされる。直後、扉の向こうから「伝令です」という騎士の声がした。


「入れ」

「失礼します」


 騎士団長が許可すると、入ってきたのはマナヤを連れてきた者とは別の騎士。騎士団長へ一礼すると、直立不動に戻り報告を始めた。


「スレシス村から、召喚師の欠員が出たとの連絡が来ました」

「召喚師の欠員? またか?」


 騎士団長が眉をひそめる。同時に、ディロンとテナイアが一瞬顔を見合わせていた。


(スレシス村? 『また』?)


 内心マナヤが首を傾げる。

 そんな中、黙していたテナイアが前に進み出て、報告の騎士に訊ねる。


「スレシス村といえば、かなり大規模の村でモンスターの討伐も安定していたはずですが。また、召喚師の欠員が出たのですか?」

「そのようです。『間引き』の最中に、過失での事故死と聞いています」

「過失での事故……」


 その報告を聞いて、テナイアは振り返る。騎士団長とディロンも、彼女と揃って顔を見合わせた。

 やがて騎士団長が報告にきた騎士に命じる。


「わかった。この駐屯地に駐留している召喚師隊から一人、一時的に派遣しよう。それから王都に通達を送れ。今年スレシス村から成人の儀を受ける者達の中から、召喚師のクラスを受ける者をもう一人見繕ってもらわねばならん」

「はっ」


 指示を受け、伝令の男と文官が退室しようとする。

 その時、マナヤは閃いた。


「待ってください。なんでしたら、俺――自分がその村に向かいましょうか?」

「何?」


 騎士団長が片眉を吊り上げる。ディロンとテナイアも怪訝な顔でマナヤを見つけてきた。

 だが視線に臆さず、マナヤは騎士団長に向き直り胸を張る。


「聞いた限り、どこかの村で召喚師が一人減って、必要人数を割ったんでしょう? なら、俺――自分が行って穴埋めして、ついでにその村で召喚師の戦い方を指導してやりますよ」


 ちょうどいい話ではないか。

 どうせ、召喚師の戦術を世界に広めねばならない。教本だけ広めてもらうのではなく、自分が直々に教えに行けばいい。


(そうだよ。セメイト村で教え終わったなら、次の村でまた教え始めりゃいい)


 そうすれば、自分の存在意義を確保できるはず。

 自信を取り戻し、騎士団長を見つめる。そんなマナヤを、その場にいるマナヤ以外の全員が神妙な顔で見つめ返した。



 ◆◆◆



 そして、翌朝。


「……」


 駐屯地の南門前で、シャラがそわそわとしていた。


「なんだよシャラ。結局お前も乗り気なんじゃねえか」

「――えっ? そ、そんなことありませんっ」


 マナヤが声をかければ、慌てたようにそっぽを向く。


「わ、私はまだ怒ってます! テオに断りもなく別の村に向かうなんて勝手に決めちゃったこと。私達の村の錬金術師さんだって、大変になっちゃうのに」


 口では文句を言っているふうでありながら、彼女の耳が赤い。そんなシャラに、マナヤは半眼になって追撃をかける。


「そう言うならシャラ、お前だけでも戻ればよかったじゃねーか」

「そ、それは! だって、スコットさんとサマーさんもついていくのに、私だけ留守番なんて! それに、私はテオのお嫁さんですっ」

「んなこと言って、村の名前聞いたとたん目の色を変えたのは誰だ?」

「う、で、ですから」


 シャラは両腕を宙に彷徨わせたり、その手で頬を掻いたりとせわしない。


「まあまあ、シャラをいじめるのもその辺にしときなさいマナヤ」


 と、馬車に荷物を積み終えたアシュリー。彼女もまた、やけに楽しげな笑顔だ。


「別にいじめてねえだろ、コロっと手のひら返したのはあいつの方じゃねーか」

「いいじゃない。あたし達一般の村に住んでる方からすれば、別の村に行く機会なんてほとんどないんだし」

「お前もお前で楽しそうでなによりだよ」


 好奇心をまるで隠そうとしていない目で、こちらを見つめてきた。


「でもま、あんたもお人よしよね。わざわざ他の村のことにまで首を突っ込むなんて」


 かと思えば、今度はからかうようにこちらの顔を覗き込んでくる。


「別にいいだろ。アシュリーだって知ってんだろ、俺の使命の事を」

「そりゃそうだけど、そんなのあの教本に任せておけばいいじゃない。騎士隊の人たちに委ねれば、確実に広めてくれるわよ? きっと」


 呆れ顔のアシュリーが肩をすくめた。しかし目はしっかり笑っていることを、マナヤは見逃してはいない。


「お前だって前言ってたじゃねーか。俺はもっと俺のやりたいことをやるべきだって」

「そうよ。だからあんたがやる気になったこと、歓迎してるんじゃない。少なくともあたしは」


 ニッと、今度はアシュリーもくったくのないさわやかな笑みを浮かべる。マナヤも不敵に笑ってみせた。


「だいたいよ。別にお前は来なくてもよかったんだぞ? アシュリー」

「ふーん、あたしだけ除け者にしようっての?」

「そらみろ。結局お前も村の外に行くのが楽しみでついてきたいだけじゃねーか」

「そりゃそうでしょ。別にいいじゃない、あたし達が抜ける分、ここの騎士隊の人が代理でセメイト村に行ってくれるっていうんだし」


 開き直った、というより隠す気もなさげに、アシュリーは目をきらきらさせている。マナヤがこの世界にやってきたばかりの頃、向けてきた目と同じ。


「……それに、あたしとしてもちょうどいい機会だし」

「ちょうどいい機会? なんのことだ?」

「こっちの話よ」


 と、唇に人差し指を立て、意味ありげにウインクするアシュリー。


(まあ実際、テオの体で好き勝手しちまってるわけだからな。それに、あいつらにも)


 再度、テオの両親とシャラに目を向ける。


(テオどころか、スコットさんやサマーさんにも手間をかけさせちまった。正直、俺の考えが足りてなかったよな)


 少し罪悪感に苛まれつつも、マナヤは昨日の出来事を思い出した。




 結局マナヤの提案が通り、騎士団長はマナヤはスレシス村へと送る許可を降ろした。

 もっとも、問題がなかったわけではない。


『スレシス村から成人の儀を受けた、新しい召喚師が帰還してくるまで。一年近く、あなたもスレシス村に滞在し続けなければいけないのですよ。マナヤさんは、それでよろしいのですか』

『それに、あなたはテオさんの身体を使っているのでしょう。テオさんの意思はどうするのですか? テオさんの両親や、シャラさん、アシュリーさんの意見は?』


 などと、テナイアにさえも粛々とした様子で諭されたのだ。

 だが、騎士団長はマナヤの提案を許可した。ただし任期は一年ではなく、最長()()()とのこと。


『我々としても、君が〝どちら側〟なのか、君が新たな村で召喚師達をどのように指導するのか、興味がある』


 とは、騎士団長の談。

 その意見に、結局テナイアも折れた。ディロンは終始無表情で事の成り行きを見守っていただけだったのだが。




(だが、どう考えてもそれだけじゃねえ)


 荷物を馬車の近くまで持ち込んできたディロンとテナイアを見つめながら、マナヤは考える。

 自分の立ち位置を見極めるだの、召喚師の指導法への興味だのは、目くらましではないか。


(だって、俺が召喚師解放同盟とやらと繋がってるってまだ疑ってるみてえなのに。仮に繋がってなかったとして、そのスレシス村ってとこに迷惑をかけるかもしれねえのに)


 マナヤが無実ならば、召喚師解放同盟に明確に狙われている。つまり自分がスレシス村とやらに向かうということは、その村が召喚師解放同盟に襲われる可能性があるはずなのだ。

 もっともマナヤも、後になってからそこに思い至ったのだが。


(あの騎士団長……それに、ディロンとテナイアだってそれはわかってたはずだろ。なのに、許可を降ろした)


 ちらりと、同じ場所にいる黒魔導師ディロンと白魔導師テナイアを見やる。二人とも、こちらと同じように馬車に乗り込む準備をしているようだ。


(つまるところ、あいつらはまだ何かを隠してる)


 そもそも騎士団長からしてそうだ。マナヤをさほど警戒している様子がなかった。

 セメイト村では、スタンピード対処にかけつけた騎士隊を率いるノーラン隊長がマナヤをすこぶる疑っていた。今思えば、あれこそが普通の反応だ。異世界から転生してきたなど、頭がおかしくなったとしか思えないはず。

 にもかかわらず、ディロンとテナイアどころか騎士団長でさえも妙にマナヤに甘い。


 やはりステータス表か。あれになにかあるのだろうか。

 だがディロンとテナイア……特に後者がマナヤを信用する方向に傾いたのは、ステータス表を見せる前だ。もっと厳密に言えば――


(……待て。ちょっと、待て)


 はっとマナヤは顔を上げる。

 ディロンとテナイアの二人がマナヤを信じる側に傾いたタイミング、それは……



 ――『転生してきたことをマナヤが説明した』直後、だ。



(まさか、()()()()()()()のか? あの二人)


 マナヤは、険しい目でディロンとテナイアを見つめた。


「――あ、そういえば、ディロンさん」


 ふと見れば、ディロンとテナイアの方へと歩み寄っていくアシュリー。


「ノーラン隊長は不在なんですか? 全然見かけませんでしたけど」


 と、二人へ訊ねていた。

 三カ月前、セメイト村でスタンピードが発生した時に駆けつけた騎士隊の隊長が、ノーランだった。


「彼は虐殺事件の被害状況を確認しに、ある開拓村へと向かっている」

「虐殺事件……こっちの世界にもあるんスね」


 アシュリーらの真横までたどり着いたマナヤ。さりげなく会話に混じると、ディロンが馬車の方を向いたまま視線だけマナヤに向ける。


「……ああ。愚かな真似をする者は、召喚師解放同盟だけではないということだ」


 それだけ答え、ディロンはテナイアの手から荷物を取り、馬車へ積み込むべくマナヤらから離れていく。


「あ。もしかしてお二人って、夫婦なんです?」

「お、おいアシュリー?」


 突然テナイアへ訊ねたアシュリー。

 急な話題転換にマナヤはうろたえるが、当のテナイアはただにこりと笑った。


「はい、その通りです。五年ほど前に婚姻しました」

「でも、お二人は家名が……あっ、も、申し訳ありません」

「構いませんよ。こればかりは、神からの贈り物ですからね」


 自らの失言に気づいたように慌てて謝罪するアシュリーだが、テナイアはおおらかに微笑んむのみ。そのまま、ディロンのあとをついていってしまった。

 小首を傾げるマナヤ。それに気づいたアシュリーが小声で耳打ちしてくる。


「なに、今度は何にひっかかってるの?」

「いや、なんでお前、さっき謝ったんだ? 家名がどうのこうので」

「……ああ。ほら、前も教えたでしょ」


 呆れ顔で答えるアシュリー。


「あの二人に、子供が生まれてないってことよ。家名が違うままってことは」

「あ」


 マナヤは思い出す。

 実はあれから一度、この世界の風習などをアシュリーから集中的に教わったことがあった。その際、説明されたことの一つだ。


「あれか。この世界じゃ割と軽い感覚で『結婚』するが、祝言を挙げれるのは初子が生まれてからってやつか」


 この世界では、家名を持つ者は珍しい。貴族か、大きな功績を挙げた者のみが家名を名乗ることを許される。

 だが家名持ち同士が夫婦になった場合、子が生まれない限り家名を変えることが許されないのだそうだ。だからディロンとテナイアは、結婚していながら別々の家名を名乗っているということか。


(初子が生まれることが、元の世界の感覚でいうところの結婚、みたいなもんなんだな)


 五年間結婚しているにも関わらず、子をなしていない。それを遠まわしに指摘する形になってしまったのをアシュリーは謝った、ということか。

 相変わらず、異世界はわからない。心の中でそう独り言ちる。


(だから、テオとシャラも祝言を挙げなかったのか)


 自分がいるせいで、テオもシャラもその辺りを遠慮しているのかもしれない。

 罪悪感に苛まれつつ、テオの両親と話をしているシャラをちらりと見やる。


「村のみんななら大丈夫さ、シャラちゃん。うちの村には、ユーリアさんという新人も来たんだしな」

「ちょっとした休暇とでも思えば良いのよ。まあ錬金術師はどの村でも貴重でしょうから、スレシス村に行ってもシャラちゃんは仕事があるかもしれないわね」

「あ、は、はい! そうですよね」


 テオの両親もまた、馬車に乗り込む準備をしながらシャラをフォローしていた。

 サマーは、またキラキラとした目に戻ったシャラにくすりと笑う。


「シャラちゃんも、やっぱり楽しそうね」

「そう、そうなんです! スレシス村ってことは、もしかしたらケイティと再会できるかもしれません!」

「そうそう。たしか、シャラちゃんが学園時代に仲良くなった子なのよね」

「はい! 楽しみだな、もしかしたらティナちゃんを紹介してくれるかも!」


 少し興奮した様子で、シャラは笑っている。


(あいつも、とりあえず楽しそうだしな。ま、新婚旅行をさせたとでも思えばいいか)


 そう苦笑していると、スコットとサマーがこちらに気づき、歩み寄ってきた。


「マナヤくん、君が気に病むことはない。君がやるべきことを見つけられて何よりだ」

「そうよ。せっかく、マナヤさんは(いかずち)に溢れてるんだから」


 マナヤを気遣うように笑う二人。


「は、はあ。……って、(いかずち)?」


 サマーの一言に、マナヤ鼻白む。

 人を『(いかずち)』で表す。それには聞き覚えがあった。


「それって、俺がガキっぽいってことか?」


 思わず仏頂面になってしまった。

 この世界には、『子供は(いかずち)』という慣用句があったはず。


「そうじゃない。サマーが言いたいのは、君が希望に溢れてるということさ」


 が、そう否定し苦笑したのはスコット。


「は? 希望って、なんで」

「マナヤくんは知らないかい? 聖典の伝承を」

「聖典の伝承?」


 元の世界でいう、聖書や仏教法典のようなものだろうか。

 スコットは微笑みながら説明し始める。


「学び舎で学習することなんだがね。聖典によれば、人の体は『炎』と『氷』で、人の心は『(いかずち)』と『(やみ)』でできていると云われているんだ」

「体が炎と氷? で、心が雷と、闇……主要四属性じゃねえか」


 火炎、冷気、電撃、闇撃。

 この世界で主に使われている主な属性四種だ。この世界では、それをなにか宗教的な意味付けをしているのだろうか。


「そうさ。そして(いかずち)というのは『希望』を意味するんだ。子供がみな、希望に満ち溢れているようにね」


 と、スコットはじっとマナヤを見つめてくる。正確には、体を共有しているテオを見つめている、のだろうか。


「マナヤさんは、テオに、召喚師のみんなに希望を与えてくれたわ。召喚師だってちゃんと活躍できるんだって、ちゃんと受け入れられるんだって希望を」


 サマーも穏やかに微笑みながら口を開き、マナヤを見つめた。


「だから私達は、マナヤさんに希望の(いかずち)を絶やしてほしくないのよ」

「希望の、雷……」


 口に出して、つぶやく。

 希望を、光や炎で例えるならわかる。が、雷という発想はなかった。


「……ん、あれ? 心は雷と闇からできてるって言ってたよな、さっき」


 ふいに顔を上げ、スコットに問いかけるマナヤ。


「じゃ、『(いかずち)』は希望として、『闇』は何を表してるんだ? 絶望か?」

「ああ、闇は――」


 が、スコットが説明しようとしたその時。


「皆さん、そろそろ出発しますよ」


 馬車から、テナイアが呼ぶ声。

 スコットが「おっと」と説明を中断する。


「さあ、私達も急ごう。乗り遅れたら大変だ」

「え、あ、ああ」


 小走りで馬車へ向かうスコットに促される。

 話の続きは、馬車に乗り込んでからでいいだろう。そう考え、マナヤも駆け足でついていく。しかしその時。


「――マナヤ」

「へ?」


 背後から呼び止める声。

 振り向けば、ディロンが神妙な顔でこちらを見つめてきていた。視線に、妙な威圧感がある。


「出発する前に、一つ。今後も召喚師解放同盟が襲ってくる可能性は少なくないと見る」

「え、ええ」

「ゆえに、今のうちに召喚師を良く知る君の意見を聞いておきたい」

「ええと、何のです?」

「仮に、敵の召喚師と戦うことになった場合。我々は、どのように戦えば良いと考える?」


 マナヤは一瞬、硬直した。


(召喚師の俺に、召喚師の対処法を教えてくれってか)


 自分の弱点を白状しろ。ディロンは、そう言っているのだろうか。


(どうする。素直に言っていいもんか?)


 実際マナヤは、ゲームで召喚師同士の戦い方を知っている。補助魔法などを絡めた戦いにおいての、ゴールデンルールがあるのだ。おそらく、同じように『属性』を取り扱う黒魔導師にもある程度転用できるだろう。


 だが、ディロンの狙いがわからない。

 本当に召喚師解放同盟に対抗したいだけなのだろうか。


(いざって時、俺を殺す準備をしたいだけか? それとも、俺がちゃんと本当のことを言うか試されてんのか?)


 対処法を素直に言うべきか。あるいは、あえて嘘をつくべきか。

 少しの間、逡巡。やがて、マナヤはディロンをまっすぐ見上げた。


「……そうですね、例えば――」


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